第二十二話 決闘・3
22話現在、作中で最も名前を呼ばれているのはベネディクトゥス説。
ローブを纏い、杖を両手で握りしめ石畳の舞台に足を踏み入れる。僕とセレスは横に並んで舞台の中央まで歩いた。僕たちとベネディクトゥスの距離が一メートル程まで近づく。僕は目の前のベネディクトゥスを睨みつける。
「ふん、こんなガキを相手に決闘とは。どうやら王はよほど僕を失うのが惜しいらしい。まったく自分の有能さに鳥肌が立ってしまうよ」
そういって前髪を払いのけるベネディクトゥス。顔を腫らしたままなので恰好はついていないが憎たらしさは伝わってくる。
今に見てろ。この決闘勝つのは僕らだ。
闘志を燃やす僕らの間に一人の兵士が割って入る。その兵士は顔を目の部分だけマスクで隠している。
「私はこの度の決闘の主審を任されたものだ。反則負けや、証の破壊を見届ける者である。それでは、両者ともにこのまま後ろを向なさい。そしてそのまま十五歩進みなさい」
僕は兵士の指示に従い後ろを向き、十五歩歩いた。
「両者振り返りなさい」
僕といセレスは振り返り、舞台の中央を向く。僕らよりも歩幅が大きいためか、僕らよりも中央から離れた位置にいるベネディクトゥス。
「構え」
兵士の合図に合わせてベネディクトゥスは剣を抜き、僕らは杖を構える。
「始め!」
兵士の決闘開始の合図と同時にベネディクトゥスはこちらに向かって走り出す。その速度はただ走るよりも早く、十五メートルはあったであろう距離を二秒とかからずに詰め寄る速さだ。
しかしこちらとて何もしていないわけではない。
「エアカッター」
周りの兵士たちが声を上げる。
セレスも兵士の合図とともに魔法を発動していたのである。本来の技量ならベネディクトゥスはその魔法を避ける事等たやすい事だったであろう。しかし、僕らの歳の子供が魔法を使った事に虚を突かれた為かベネディクトゥスは風の刃をギリギリのタイミングで剣を盾にする事で何とか防ぐ。
一瞬動きの止まったベネディクトゥスの隙を見逃さずに僕は身体強化によりベネディクトゥスの懐まで入り込む。魔力を腕に集中し、そのまま力いっぱいに杖を奴の胸の証に向かって振り下ろす。
僕らの作戦は敵の慢心、油断をついて速攻で潰すという作戦だ。この作戦は相手が油断していなければそもそもの前提が崩れる。そこが賭けだった。ただ、奴の言動や態度を顧みるにこちらに分のある賭けでもあった。
「くっ!」
僕の杖が奴の証に当たる寸前、ベネディクトゥスは後ろに飛びのく。僕の杖は空ぶってしまい、地面に激突する。身体強化で腕力を集中して向上させたおかげで僕の攻撃はおおよそ七歳児の繰り出せる力を遥かに超えた威力を生み出した。
杖がぶつかった部分の石畳が砕け、破片が飛び散る。その破片に向かってセレスが風の魔法を発動する。
初撃で決まれば一番だったけれど、奴が避ける事も想定内だ。
「クリエイトウィンド」
クリエイトウォーターと並ぶ初級魔法のクリエイト系、その風属性魔法だ。僕が砕いて飛び散った破片がベネディクトゥスに向かって飛んでいく。しかしクリエイト系の魔法は発動後簡単な操作が容易ではあるが、そもそもの出力が低い。相手に怪我を負わせることのできる程の威力は期待できない。しかし足止めは出来る。
僕は魔力を足に集中させ、先ほどのダッシュよりも速い速度でベネディクトゥスを追撃する。
礫攻撃に対応する為にベネディクトゥスは剣を一振りし、礫を粉砕した。振りぬいた剣に向かって僕は杖を叩きつける。奴の武器を先に折ってしまえば、攻撃の手段はなくなる。素考えての攻撃だった。
しかし僕の目論見は外れた。
全力で叩きつけた杖を持つ手がジンジンと痺れた。僕は奴の剣を見る。そこにはヒビ一つ入っていない奴の剣があった。
まずい。
僕は後方に飛んだ。瞬間僕の目と鼻の先を奴の刃がかすめる。宙に舞う僕の前髪。ベネディクトゥスは剣をふるった姿勢のまま僕に向かって体当たりを仕掛ける。
とっさに後ろに飛んだばかりだった僕は上手く次の行動に移れる体勢を取れていなかった。回避鼓動は間に合わずベネディクトゥスの体当たりを諸に受けてしまう。
大人の質量に身体強化による加速も加わった体当たりは僕の体をセレスのいる所まで吹っ飛ばした。
地面に着地する瞬間右腕が地面にぶつかりそうになる。僕は腕輪を庇うために右腕を抱きしめる。その結果地面に背中から受け身を取ることもできず叩きつけられる。
僕を追撃しようとするベネディクトゥスをセレスがエアカッターの乱射で足止めする。
「アルノルトさん! 大丈夫ですか?」
「大丈夫。腕輪は無事!」
僕はすぐに地面から起き上がった。その瞬間背中に激痛が走る。背中を痛めたか。
「作戦は失敗ですね。さて、これからどうしましょうか」
正面を向くセレスの顔は見えないが、その声からは焦りが感じ取れた。正直僕も早くも打つ手なしという状況だ。
よく奴の剣の柄を見ると、明らかに安物ではない事がわかる。奴の剣はおそらく自前のもの。安物の剣ではない為に僕の攻撃で折れなかったのだ。予想が甘かった。僕はその事を痛感する。
「もう一度僕が特攻を仕掛ける?」
「いえ、もう彼に油断はないでしょう。先ほどの二の舞になって終わりでしょう」
「だよね」
どうしたものかと困っていると、セレスの放つエアカッターの弾幕を抜け、石の礫いくつも飛んでくる。
僕とセレスはそれを回避するために横に飛んだ。くっ、背中が痛い。
そうだ忘れていた、奴はすぐに剣を抜こうとするしぐさが多いため失念していたが、奴も貴族。当然戦闘に魔法を使えるはずだったのだ。
避けた方向は僕が右、セレスは左。まずいな、距離が離れた。僕らの間に割って入る様にベネディクトゥスは駆け出し、セレスのいる方向に向かった。先に遠距離があり弾幕を張る事のできるセレスをつぶす作戦か。
僕は慌てて、ベネディクトゥスに向かって駆ける。しかしそれは奴の思惑通りだった。奴は僕の接近にたいして僕の進路上にスパイク状に地面を隆起させる。僕はそれを杖を振る事で石を砕き、回避する。
「『アル避けて!』」
砕け散る礫の中を突っ切る僕。その前に待ち受けていたのは無数の風の刃だった。僕は腕輪をガードする為に左手で腕輪の魔石部分を抑える。そのまま僕は風の刃で全身を切り裂かれる。
一瞬目の前に見えたのはこちらに向かって魔法を飛ばしたであろうセレスとそれを回避したであろうベネディクトゥス。
くそ、フレンドリーファイアだ!
特殊なローブのおかげか、僕の体は魔法を直撃した割にはダメージが少ない方だった。しかし、体の至るところから血が流れだしているのがわかる。
「っ!」
遠くからセレスの苦しむような声がする。顔を上げればベネディクトゥスがセレスの胸元のローブを掴み、持ち上げ、セレスの顔を髪飾りごと何度も殴りつけていた。
威力から察するにその拳に身体強化は施されていない。ただ相手を痛めつける為に何度も殴りつけているのだ。
砕けた髪飾りのせいだろう、セレスの頭からは血が流れていた。
セレスの元に駆け寄ろうと、体を動かそうとするが、全身に刻まれた切り傷と背中の痛みが強く、すぐに立ち上がる事が出来なかった。
その間にベネディクトゥスはセレスを放り投げる。
僕はセレスが地面に激突しないように最後の力を振り絞り、セレスと地面の間に滑り込む。セレスが僕とぶつかった衝撃で背中の痛みはより強くなり。僕はそのまま立ち上がる事が出来なくなった。
倒れた僕の元までニヤニヤとしながら歩いてくるベネディクトゥス。勝利を確信した笑みだろう、
一歩一歩近づいてくる奴の足音に僕の体は震え始めた。流れ出す血に真っ赤に染まった手が震えている。セレスを庇う際の衝撃で僕の周りには血が飛び散っている。血ににじんだ手からポタポタと血が流れ落ちる。
そこで僕はふと思い出した。僕が魔力放出の練習していた時、とある理由で試さなかった方法があった事に。背に腹は代えられない。それに今はもう全身傷だらけなんだ。ちょっと傷が増えるくらいどうってことない。
どうせ、ピンチならぶっつけ本番で試してみるしかないな。
かつて試さなかった方法。それは僕自身の魔力に満ちた血液を使った魔法の発動である。
僕はセレスの髪に付着していた髪飾りの残骸を手に取る。その破片は鋭く尖っていて、人の体を傷つけるのにはもってこいだった。
僕は覚悟を決め、右手に破片を持ち、左腕を裏返す。肘の裏あたりにうっすらとした血管が見える。そこに髪飾りの破片を突き刺し、一気に手首の辺りまで髪飾りを引き抜く。血液が、ドクドクと傷口からあふれ出す。
激痛に耐えながら僕は左手をベネディクトゥスに向ける。
僕の奇行に呆けていたベネディクトゥス。しかし僕が手を向けた瞬間何かを察したのか、先ほどまでの余裕の表情を崩し、身体強化で僕に向かって急接近する。
僕は昔から知識を蓄えてから実行に移すタイプだった。こちらの世界に来てから実行に移せずに知識だけ蓄えられていたものがある。
魔法の知識だ。なぜだか僕は格好つけて手から魔法を繰り出す事にこだわっていて、ろくに魔法の発動をしてこなかった。かっこいい魔法は手から出す。そんな幼稚な憧れを捨てきれず、今まではクリエイト系の魔法を口から出した靄状の魔力を使って体外での魔法の操作を行うくらいだった。
だけど、僕は先生にもらった本に載っていた数々の魔法を使う自分を毎日寝る前にイメージしていた。何年経ってもできないままで恥ずかしいけれど、イメージトレーニングだけは積み重ねていた。
今ならそのイメージ通りに魔法……打てるかなぁ?
僕はベネディクトゥスに手の平の照準を合わせ、本で見て憧れていた魔法の名を告げる。それは魔法の存在を知った時に憧れた炎の魔法の名前。
「フレイムブラスト」
傷口からあふれる血液を手の平に集め、濃縮し放った魔法はベネディクトゥスの全身を炎で包み込んだ。
「『やった……か?』」
僕はその言葉を言い残し、意識を失った。
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