stay with me
「ワタクシには、ニオイを感じとり、危険かどうかを判断するセンサーはありマス。しかし、人がそのニオイをどう思うかなどは、分かりまセン。嗅覚が、無いのデス」
広い花畑で、ふたり。少女とメイドがいた。
いや、ひとりとひとつ、と言うべきか。メイドにはところどころ切れ目が入り、喋り方もやや片言としている。ロボットだ。
少女は頭に花冠を載せ、座りながらメイドを見つめている。
一方、メイドは直立不動で、無表情のまま少女に語る。
「人間には、ハナ、というモノがありマス。ワタクシにもありマスが、しかしこれはカタチだけ。ワタクシが人間に似せて作られたからあるだけのもの。ですので、ワタクシには、ハナが無いのデス」
「いやいや、意味わかんない」
少女はツッコミを入れると同時に手をシュッと動かす。
「ノリがいいことで。しかしワタクシはそれで悲しんでるわけでもないのデス。嫌なニオイを嫌だと感じない。なんて幸せなのでショウ!」
「ちょ、言葉数で言いくるめようとしてない?誤魔化さないでよ!やっぱちょっと悲しいんじゃないの?」
事の発端は、少女が花をメイドに渡し、「いいにおいだね!」と言ったことである。
メイドはぷいと明後日の方向を向いている。
「必要ありまセン」
少女はムッと口を尖らせる。
「⋯⋯いいもん、あなたはどんどん人間に近付いてきてる。そのうち嗅覚だって芽生えてくるはずだよ」
メイドは、少女を守る為に研究者が作った物。メイドの役割を果たしながら、少女の話し相手となり、遊びの相手となり、何かあるときは守るように作られている。
少女のため、ありとあらゆる改善を重ねて、どんどんと人間に近付いてきていた。
このごろ治安は悪化していくばかりだった。盗みに始まり、誘拐、殺人、内紛。街角にはみすぼらしい子供が倒れている。
国は何とかしようとしていたが、もはや手遅れのようだ。
「どうしたの?」
「⋯⋯イイエ。ところで、アナタはハナがお好きなようデスね。少し、持って帰って育てましょうカ?」
「え、いいの?やったー!」
花を摘み、鼻歌を歌う少女を微笑ましく見るロボットは、人間のようであった。
「そうだ、あなたにはまだ名前がなかったよね」
「ハイ」
「じゃあわたしが、一番大好きな花の名前をつけてあげる!」
そうしてロボットに、名前が付いた。
「⋯⋯ありがとう、ございマス」
・・・・・・・・・
数年後、メイドは少女に呼び出された。
「じゃあ、あなたには今から鼻をあげます!」
「花?花ならもう腐るほど見てるので大丈夫です」
「花じゃない!てか花、飽きたの!?腐るほどってそんな!」
ロボットはすっかり人になっていた。
節々の継ぎ目は無くなり、滑舌も片言としなくなった。更には自我があるような言動も。
足りないのはあとは匂いを感じる心だけ。
「しゅじゅつ、あなたにはこれからしゅじゅつ!を受けてもらいます!」
「またですか」
「ほら、またとか言わない!」
ここの所、新しい技術が次々と入り、それは入り次第メイドに適用されたので、最近は飽きるほどの改善を重ねられていた。
少女が手術と言ったのは、その改造のことだ。終わってすぐに少女がメイドに駆け寄る。
「はい、いいにおーい!」
「⋯⋯」
少女は花を一輪持って来て、メイドに渡す。
メイドは訝しがりながらも花を顔に近付ける。
「⋯⋯!」
目を見開くメイドを見て、少女はニンマリとする。
「どう?要らないとか言ってたけど勝手に付けちゃったよ?嗅覚。ねえねえ今どんな気待ちー?」
「⋯⋯必要ないです」
メイドは顔を背けながらも耳まで赤くなっていた。
それを見て少女はまたニヤリと笑った
「それは、あなたの花よ」
そして更に数年後。治安は悪いどころではなくなった。
戦乱に紛れ、民が暴動を始めた。武器を持った民が城になだれこみ、切って、刺して、火を放った。
華やかな城は瞬く間に血と煤で黒くなっていった。
「逃げて!」
「無理です!あなたも一緒に!」
「嫌よ!私はこの部屋を守るの!」
「駄目です!あなたが死んだら元も子も無いのです!姫さま!」
城の上階で、言い争うふたりの人影があった。
世界の色々な花に包まれた部屋の中で、メイドに腕を掴まれているのは、あの少女だった。
今や王族の生き残りは姫と呼ばれる少女一人となっていた。
「私は、王族として、守らなければならないの。私はもういい。この部屋と共に死ぬわ。だから、あなたは1人で逃げて」
「一介のメイドに何を言っているのです!わたくしは、何の為にいると思っているのですか?あなたを守る為なのですよ!?」
「それは」
「それにわたくしはロボットなのです。死などありません。それに最新の技術を使われているのです。そう簡単には壊れません。どうか、わたくしにこの部屋を、あなたの命を託してください。さあ、お行きください」
「⋯⋯生きて、私にまた会いに来てくれる?」
「ええ、ええ。勿論です。だから、どうかお生きくださいませ、姫さま」
「⋯⋯うん!」
メイドが部屋の壁、ひとつの花の前で立ち止まると、手を翳す。それだけで壁がめくれ、細く小さな道が見える。
「さあ、ここが脱出経路です」
「⋯⋯ありがとう。どうか、生きて早く私を追ってきて」
「はい」
少女が背を向けると、壁が元に戻る。
怒号が聞こえる。これは城の外なのか、中なのか。メイドは顔を顰める。
「これだから、鼻なんて要らなかったのですよ」
部屋が、炎に包まれた。少女が大事に育てた色とりどりの花たちは、どれも赤くなっていった。
メイドは分かっていた。こうなるのを。
だから少女を、姫を、どうにかして逃がした。心配させないよう。
しかし、メイドは自分がここでもう駄目になってしまうことも理解していた。あの心優しい少女は、こうなると知れば、自分が身代わりになってでもメイドを守っただろう。
花の焼け朽ちていく匂いが部屋に充満する。
「ああ、嫌なニオイ⋯⋯」
民が姫を捕らえに暴れながらこの階へと上がってくる足音を聞いた。大丈夫、姫はもう城を出ている。脱出したら兵士と合流することも知っている。だから、安心してこの部屋の誇りは守ることができる。
少女の最期までを見守ることは出来なかったようだ。せめてこの部屋の誇りだけは。
民衆が部屋の扉を蹴破りなだれこむ。それに向かって突進していく。
民衆は始めは戸惑っていたものの、メイドを敵だと判断し、口々に罵りながら攻撃をしていく。
メイドは姫の敵を倒し、倒され、炎に包まれ。やがて色々なものが消えていった。
敵は、動かなくなったメイドを見て、燃え盛る部屋を見渡し、姫がいないと判断し、去っていった。
「姫さま⋯⋯、わたくしは・・・・・・守れたでしょう⋯⋯か⋯⋯」
轟々と消えて行く花、鼻につくニオイ。
そうして、国は滅んだ。
それから数十年後。かつて華やかな城があった焼け跡に、ひとりの老婆がいた。
石片を見つめ、空を仰いだ。
昔々、姫と呼ばれ愛された少女は今や老婆となっていた。
優しい面持ちで泣きそうになりながら、ひとつの花の名前を呼ぶ。
「ああ、ああ。あなたには、礼を言っても言い足りないわ。あなたの意思は通じたわ。一言、自己満足だとしても、言わせてもらってもいいかしら。⋯⋯安らかに、眠ってください、あなたは誇り高き人間よ。そしてもうひとつ、ありがとう、ありがとう⋯⋯!」
老婆が読んだ花の名は、かつて自分がロボットに付けた名。
一番好きな花の名。それを焼け跡に供えながら、老婆は何時間も手を合わせていた。