善雨
天気予報が当たった――雨だった。
科学が発展して天気予報はほぼ百発百中だ――次の雨は二週間後だそうだ。
ぽつぽつと雨が落ち、ゴム引きの外套のフードにあたる。
帽子越しの音は曇ったように、隔絶した世界のように感じた。ゴム引きの外套の稜線を辿り、毒混じりの雨は流れた。
世界を茸が支配してから、雨の日は優しかった。
雨は毒を浄化してくれる。
僅かな間だけ――外の世界で毒マスクは必要無くなる。
毒マスクを外して、雨で浄化された空気を深呼吸した。
気持ちの良い匂い――雨と草いきれは肺の中を清浄にしてくれた。
ぴちゃぴちゃ――スキップで水溜りが弾んだ。
庭から道路へ、苔とともに生える茸が胞子を雨に叩き落されていた。
外を歩く人達は殆どいなかった。
車も動いていない――胞子を飛ばすし、エンジンが故障するからだ。街の中では放置された車も多くて、使われていない建物は廃墟となり茸の菌床となった。
廃墟を見上げていると、思わず口を広げていた。
手を覆い、毒の雨が入らないように気をつけた。
雨は日暮れまでは降り続ける――それまでに帰らないと駄目だった。
鼻歌混じりのスキップは目的地まで続いた。
郊外の丘――霊園だ。
お父さんと、お母さんが眠っている墓は覚えていた。
道草を集めた花束を供えて、報告をした。
私――生きているよ……と。
二人とも茸の毒で死んで、私だけを残した。
墓石に口付けして、唇がひんやりとした。
ごほっ……咳きと共に胞子が飛び出した。
お父さんとお母さんを殺した茸の毒だった。
私の全身は菌床となり、視界の上辺りに茸の陰が映っている。
もうすぐそっちへ行くよ。
久し振りに病院の外へ出ることができた。
次の雨まで持ちそうになかった。
私は病院へ戻り、毒マスクをつけて病室へと戻った。
看護師にゴム引きの外套のクリーニング代がかかる――と泣きながら怒られた。
数日後、茸が全身を覆った。
意識が薄れ始めていた――が医者の声が聞こえた。
君の体の中で茸が変位した。
世界の覆っている茸に対抗する茸だ。
まだ力は弱いが、確実に作用はしている。
だが、その茸も君を侵食し尽くしている。
君の命が助けられないのが残念だ。
そう――別にどうでも良いよ。薄れていく意識の中で、私が最後に見たのは、お父さんとお母さんの墓だった。私の吐いた胞子は雨に洗い流されたはずだけど、私は茸が霊園を覆う景色を見た。
それは世界に抗う小さな希望に見えた。




