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死神の愛を。  作者: 悠凪
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 白い壁のこじんまりとしているが、すっきりとした印象の家の前に店主は立っている。

 春と言えども、夜になるとやはり風が冷たい。店主は黒い肩掛けを胸の前で合わせ直した。その時、門扉の向こうのドアがガチャリと開き、中から一人の少女が駆け出してきた。年は今年7歳になるが、母親似なのか小柄な子供だ。

「じいじっ」 

 小さな体に嬉しさを目一杯表して、少女は店主に抱きついた。

「久しぶりですね、ノエル。いい子にしていましたか?」

 店主はその細腕によらず、ひょいっと、軽々とノエルと呼んだ少女を抱き上げて、その柔らかい絹糸のような髪の毛を撫でた。

「うん。いい子にしてたよ。じいじは?」

 淡い緑色の、幼い瞳に自分が映るのを目を細めて見た店主は、小さく笑ってうなずいた。

「私はいつでもいい子ですよ。あなたと同じですね」

 小さな体で抱きついてくるのを心地いいと感じながら、店主はそのまま家の中に入った。玄関では、長い髪の小柄な女性が立っている。穏やかな表情で店主を迎え入れると、頭を下げた。

「お久しぶりです」

「本当に。4年ぶりくらいでしょうか?シエルとノエルには時々会いますが、凛子さんにはなかなか会えませんでしたから」

 店主が言うと、女性はそうですねと笑う。

「ノエルは凛子さんに似てきてますね。可愛らしいです」

「そうですか?ふとしたときはシエルにそっくりですよ」

 凛子は店主に抱かれているノエルを見て首をかしげた。その目元が良く似ている、と思う店主はくすっと笑いを漏らす。

 そのままリビングに通されて、しばらくは世間話をして時間をつぶした。カフェを経営してると言うシエルを待つためだ。

「シエルは元気ですか?まぁ聞かなくても元気だと言うのは分かっていますが」

「元気ですよ。お店のほうも順調ですし」

 凛子の入れてくれたお茶を美味しそうに飲みながら、店主は目だけで笑って返事をした。凛子も向かい側に座ってお茶を口にする。ノエルはリビングから一続きになっている和室の方でおもちゃで遊んでいた。

 そのとき、店主の足元に何かが来た。

「おや、お前も元気でしたか?レイ」

 店主の足元でパタパタと尻尾を振るのは、トイプードルのレイだった。以前、聖堂に来たシエルが帰り道に、ほぼ衝動的に買ってしまった犬だと言う。

 店主が頭を撫でてやると、レイは嬉しそうに尻尾で挨拶をした。

「レイはご主人が大好きですから、会えて嬉しいんですよ」

 凛子がクスクス笑ってレイを見つめる。レイはひょこっと店主の膝の上に上がり、店主の手を鼻先でくいっと押した。

「撫でろということですか?お前も相変わらず甘えん坊ですね」

 小さく笑いながら、店主はその柔らかな体を撫でてやる。細い指の感触に、レイは気持ちよさそうに目を細めた。

 店主は基本的に動物には懐かれる。この怪しげな男の本体を気配で感じるのか、動物たちは全てを委ねるように店主のそばによって来る。

 店主が目を細めてレイを眺めていると、突然何かが割れる音がした、

「キャー!!」

 和室からノエルの叫び声が聞こえて、店主も凛子も弾かれたように立ち上がり、視線を向ける。

 そこには、照明が割れ、破片にまみれたノエルがいた。細かな傷がいくつもできてはいるが、一見すると大きなものはないようだった。しかし、驚きと痛みで泣き叫んでいた。

「ノエルッ。大丈夫!?」

 凛子が駆け寄りノエルの体を抱きしめた。ガラス片を払い、泣いているわが子をなだめ、凛子自身も震えている。

「怪我はどの程度でしょうか」

 店主もそばに座り、凛子の腕の中のノエルを見た。しばらくして幾分落ち着いた表情になったノエルを凛子から預かって、リビングのソファーに座る。

「じいじ…痛いよぉ」

 大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼすノエルに、店主は優しく笑いかけ、その頬を流れる涙を綺麗な指で拭った。

「大丈夫ですよ。私が治して差し上げますから」

 そう言って、膝の上に座るノエルに、片方の手をかざし何かを呟いた。誰も聞いたことのないその言葉がこぼれると、店主の掌から温かな光が生まれ、ノエルの傷を瞬く間に癒していった。細かな切り傷がスッと合わさり、流れていた血も消えてしまう。照明の破片も雪が解けるように消えてしまい、何事もなかったかのようなノエルが店主の腕に中にいた。

 店主が何か特別な存在である事を知っている凛子ですら、久しぶりに目の当たりにすると驚いてしまう。店主の発した光がやんわりと消えると、ノエルは目を丸くして自分を抱いている男を見上げた。

「じいじは、魔法使いなの?」

 あどけない瞳が、まっすぐ自分を見上げてくるのを、穏やかな目で返して店主は笑う。

「そうですね、私は少しだけ魔法が使えます。でも、これはノエルと、パパとママしか知らないことですので、内緒ですよ」

 長い指を唇にそえて店主は笑う。ノエルはそれに真剣な顔で何度も頷いた。

「それにしてもなんでこんなことが…」

 凛子が和室に掃除道具を持っていきながら独り言のように言う。店主はノエルを抱きながら立ち上がり、その後に続いた。

「お話があってきたのですが、もうこんなことがおきるとは思いませんでした」

 畳に散らばる、細かな破片を集めて凛子は店主を見上げた。

「…ノエルのことですか?」

 その目が不安げに揺れる。店主は黙って頷き、

「とりあえずはシエルの帰りを待ちましょう。二人に聞いて頂きたいので」 

 と静かに返した。




「死神がノエルを?」

 プラチナブロンドの髪の間から覗く青磁色の瞳が大きく見開かれ、やや震える声がリビングに響いた。

 夜も遅くなった時間、シエルが帰宅して、店主は昨日のアンリのことを二人に話していた。

「あの、どうして…」

 凛子もさすがに驚きを隠せない。自分の子が生まれて来てはいけないような言い方されては、それも当たり前なのだが。

「私は、ノエルが生まれてきたことは喜ばしいことだと思ってますよ。凛子さんにはシエルが必要で、シエルも凛子さんと共にいるほうが幸せだと思いましたから。ですからシエルを人間にしたんです。ですが、死神はそうは思ってくれなかったようです。元々、全く違う種族として生きていかなければならない者同士が、子を成すことが不義だとでも思ったのでしょう」

「そんな…僕たちは何も望んでいません。ただ静かに暮らしていければ良いんです」

 いつまでも変わらない、優しい顔のシエルが、眉根を寄せて苦しそうにつぶやいた。それに店主は黙って頷いて、それから穏やかで優しい笑顔を見せた。

「分かっています。それに、アンリには、直接人間を殺してしまうことはできないのです」

「と、言いますと…」

 凛子が首をかしげて店主に聞き返した。

「死神は魂を回収することが目的なので、命を奪うことはできません。事故や病気、その他原因となるものを作成し、それを忠実に実行する。そうすることで人間に死を与えるのです。ですから、それを防いでやれば、ノエルが死ぬことは避けられます」

 そして、店主が驚くほどの笑顔を見せて二人を見た。

「せっかく生まれた命を、わざわざ死神などにくれてやる理由はありません。私も何か対策はないか考えますので、あなた方も十分気をつけてあげて下さい。だってせっかくノエルがお姉ちゃんになるのですからね」

 さらっと言った店主の言葉に、シエルも凛子もぽかんとした。その様子を見た店主は楽しそうに笑って、自分の膝枕で眠るノエルの頬にそっと触れた。

「ねぇノエル。弟がいいですか?妹がいいですか?」

「えっ、あの、ご主人?それって…」

 シエルが慌てて店主に声をかける、凛子は呆然として言葉も出ないようだった。店主はほっそりとした凛子の腹部に目をやり、

「いますよ。新しい家族が」

 そう言っていたずらっ子のような笑顔を見せた。そして、それに同意するように、店主の足元でごろんとしていたレイがワンと鳴く。

「ほら、レイもこう言ってますしね」

 店主はにこやかに目の前で驚愕する夫婦を眺めた。


 

 


 


 

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