コンビニに押し入った男②
コンビニに籠城してから一時間半が経過した。静かになった店内で、壁にかけられた時計の針だけが一定のリズムを刻んでいる。
客の顔には少しずつ憔悴感が出てきていた。
静かな空間で定期的に聞こえるその針の音は、ちょうど学校で授業中に聞いた針の音と同じだった。日常に溢れるふとした事で俺は何度も昔の事を思い出させられる。
こびり付くような嫌な思い出が、何度も俺の頭の中で再生されるのだ。
あの頃、学校では何をされても怒りを表に出す事のなかった俺を、無理矢理怒らせようとする遊びが流行っていた。
どうせ隠される事が分かっているから、俺は学校に勉強道具を置いていくような真似はしなかったのだが、朝学校に付くと机の中がゴミだらけになっていた。
きっと、昨日の掃除当番がご丁寧にゴミを全てここに捨てたんだろうな。
黙ってゴミ箱を持ってきて机のゴミを移していると、周りかや揶揄されるのだ。
「汚―い。なんでそんなに机がゴミだらけなのー?」
知れた事をいけしゃあしゃあと言ってくる。厚顔にもほどがあるが、俺はなんとか耐えていた。
授業中は教師の目を盗んで皆が紙を回していた。くすくす笑いながら、一人一人が何かを書き込み、最後に俺の席に回ってきた。
ご丁寧にも、書かれていたのはクラスの皆が思い思いに書いた俺の嫌いなところらしい。
精神的な揺さぶりは本当に辛い。何度やられても絶対に慣れるという事がない。ここまでされると怒りよりもむしろ悲しくなる。
俺は嗚咽を必死に堪えて、すぐに神をくしゃくしゃに握りしめた。
授業が終わって教室から出ようとしたら廊下で待ち伏せしてた男子に足を引っ掛けられて転ばされ、そんな俺の様子を見て楽しみ、声を上げて笑うのだ。
まあ、あいつらの期待通り、俺の理性は限界を越えた。
すると、皆が一斉にこう言う。
「お前が怒っても怖くねーよ」
そして俺はやけになって目に入ったやつに喧嘩を吹っかける。
しかし回りは運動をやってる強そうな連中ばかりで、結局負けて馬鹿にされるのだ。
恐ろしく周到な二重の嫌がらせだ。
学問の場でこんな素晴らしい計画を思い付くとは、福沢諭吉も驚きだろうよ。
俺は泣きながら言葉にならない言葉を喚いて、それもまた笑われて。
「……っ!」
舌打ちして、俺は顔を上げる。
一度強く目を閉じて、浮かんでいる映像を振り払った。
思い出す度に吐きそうになる代わりに、恨みを永久的に忘れずにいられる。
「……なんで」
客の一人、金髪の女がそう呟いた。恨みがましい視線を俺に投げて、今度は叫んだ。
「なんでこんな事するのよ!」
その質問を聞いて、俺は一瞬で頭に血が上った。
なんでだと?
分かってはいた事だが、遊びか。こいつらにとっては。
黒い感情がずぶずぶと俺の身体に広がっていく。身体は熱く、けれど頭はすっと冷えていく。いい傾向だった。
生きてる価値もないと見切れば、ずっと楽に実行出来る。
「なんでか、自分で考えろ」
冷淡な言葉をかけると、女は二を告げず黙り込んだ。
教えてくれよ。
あの時、お前らは逆の立場になってたらどうしてたんだ。
俺は低い声で笑った。