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閉じ込められた客②

 犯人がコンビニに立て篭もってから一時間が経過した。外では未だに警察がスピーカーで叫んでいる。

 ナイフを突き付けられていた店長は一旦解放され、店内の客とまとめて一ヶ所に座らされている。レジから少し離れた位置で、両側に商品の陳列棚がある為、この人数ではさすがに窮屈に感じた。

 文房具が並ぶ棚を見て、成瀬はそう言えば消しゴムを切らしていたな、とそんな事を呑気に思い出した。

 犯人はレジカウンタに腰を預け、じっと人質の様子を窺っている。

と、店の奥から電話の鳴る音が聞こえてきた。

 またか、と成瀬は思う。先ほどから電話は定期的に鳴り響いている。おそらく警察からであろうその電話を、犯人は一切取ろうとしなかった。

「何で電話取らないんだろ。要求とか無いんかね?」

 沙希が口にした疑問に、成瀬は簡単に答えた。

「たぶんだけど、動揺して取れないでいる内に取り辛くなったんじゃないかな。よくあるだろ? 一回目を逃したら二回目以降はもっと勇気がいるってやつ。もう、どうすればいいのか分からなくなってるんじゃないかな。緊張の糸が切れるのも時間の問題かもね。だとしたら」

 そこで言葉を切って、成瀬は冷たい笑みを浮かべえて犯人を見据えた。

「だとしたら、何?」

「少し不味い状況かもしれない。この手の事件は昔から結果悪いからね。五年ぐらい前にもそんなニュースが流れてた。当時は結構騒がれてたよ」

 その言葉を聞いて、沙希の目つきが変わった。

「その時中にいた人は?」

「死んだって言われてる。全員ね」

「聞くんじゃなかった」

 そう言って、沙希は額に手をあてる。金色の髪をたくし上げたその下で、目は犯人の姿をじっと睨んでいた。沙希は真剣な目付きで、犯人の一挙手一投足を追う。

「どうなると思う?」

「先の事は分からないよ。今更だけど、沼津さんにも一緒に来てもらうべきだったね。たぶん、今すぐにでも解決してくれるよ」

 成瀬が沼津の名前を出すと、沙希は思い出したように小刻みに頷いた。

「でも、さすがにコンビニ強盗なんて予想出来ないしな。沼津さん今外の車の中でしょ? 警察が取り囲んでるから動けないだろうし」

「警察がいる事で逆に動きが取れないってのも面白い話だよね。まあ、こっちで何とかするしかないって事で」

 そう言うと、成瀬はゆっくりと立ち上がった。

「え? やる気?」

 沙希の質問に、成瀬は肩をすくめて「やるって何をさ」と返した。そのまま静かに手を挙げて、犯人に聞く。「あの、ちょっとトイレに行ってきてもいいですか?」

 なるべく丁寧な口調で頼むと、思いの外あっさりと許可が出た。成瀬は礼を言って、コンビニ奥のトイレに向かう。

 個室に入って鍵を閉め、ポケットから携帯電話を取り出してリダイヤル機能を呼び出した。タイル張りの床を眺めながら携帯電話を耳に当てて待つと、ちょうど二コール目で相手が電話に出た。

「あ、もしもし。沼津さん? 外は今どんな感じですか?」

『どうって。お前電話なんか掛けて平気なのか?』

「トイレから掛けてるんで平気だと思いますよ。小声で喋るぐらいの気遣いは必要ですけど」

『よく携帯取られなかったな』

「もう警察に取り囲まれてますからね。今更没収するまでも無いって考えたんじゃないですか?」

『俺が犯人なら、一応回収しとくがな』

「ええ。僕が犯人でもそうします」

『お前も沙希も、中の人間は全員無事か?』

「取り敢えずは。それで、警察は動けそうですか?」

『いや』

 少しの沈黙があった。おそらく警察の様子を窺っているのだろう。受話器越しに野次馬の喧騒や風の音、そして警察がスピーカーで叫んでいる声が聞こえる。

 しばらくして、沼津の答えが返ってきた。

『ダメだな。ありゃ刑事ドラマに憧れてる口だ。なんとか犯人を説得しようとやっきになって叫んでる。真面目にやってるんだろうが、こっちから見たら不真面目極まってる。さっきは両親がどうの、未来がどうの言ってたしな。それでどうだ? 必死の説得の効果は出てるか?』

「ないですね。全然ないです。これっぽちも。びっくりするほどないですよ。何なら聞こえてすらいませんからね」

『だろうな』そう言って、沼津はくっくと笑う。『これは時間がかかりそうだ』

「こっち側で何とか対処した方が早いですかね」

『相手の武器は?』

「よく切れそうなナイフと、よく抉れそうなアイスピックです」

『二本か……難しいな。相手が狂ったら、とにかく逃げる事を考えろ。間違っても向かっていくな。そうなったやつは何をされようと刺す事だけを考えるからな』

「心配しなくても、僕はそういうタイプじゃないですよ」

『そういうタイプなんだよ。死ぬ事を何とも思ってないやつはな』

「ああ、なるほど」

 感心して、成瀬は一度頷いた。実際にナイフを持った男が突進してきたとして、確かに自分が避けるという確証は無かった。それは物理的な意味でなく、心理的な意味で。

『透、死ぬなよ』

「大袈裟ですね。大丈夫ですよ。じゃあ、そろそろ戻らないと怪しまれるんで」

『ああ。また何かあったら連絡してこい』

「はい。それじゃ」

 電話を切ると、成瀬は顔を上げて狭い個室の天井を仰いだ。

 この状況を楽しんでいる自分がいる事には気付いていた。

 先ほどの沼津の言葉を思い出す。

「死ぬ事を何とも思ってないやつは、か……たしかに。言う通りだ」

 そう呟いて、成瀬は笑った。


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