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訪れた客

 狩猟民族の末裔だ、と成瀬透は思った。

 国道沿いに面した広い駐車場を持つコンビ二エンスストア。

 そこに客として来ている一人の女子高生に、成瀬の目は釘付けになっていた。

 制服に袖を通している肌は真っ茶色で、髪はピンク色に染まっている。マスカラで強調された目元と白い口紅を塗った唇は見る者に奇妙なインパクトを与えていた。全体に細っそりした体系で、耳には大きな金のリングがついている。

「これもお願い」

 不意に背後からそう聞こえた直後、持っていた買い物カゴの重量が一気に増えた。見ると、既に満杯になっていた買い物カゴに浅岸沙希が更に大量の飲み物を詰め込んでいる。

「ちょっと浅岸、重い」

「なにそれデブってこと?」

「言ってないから。それよりさ、ちょっとあれ見てよ」

 成瀬は先ほどの女子高生を顎で指す。何度見ても見慣れない風貌だった。

沙希も金髪のショートカットから左耳だけを出し、その耳には銀のピアスを付けているので大人しいとは言えない容姿だ。それでも、あの女子高生に比べれば遥かに人間的に見える。

「ああ、あの子。さっきからいるよね」

 特に気にした様子もなく、沙希は言う。

「え? それだけ? 何か感想とかない?」

「感想って言われても。かっけー、とか?」

「そうそう。かっけ……かっけー!? かっこいいの!?」

「だって、周りに流されずに自分をしっかり持ってないと出来ないよ、ああいう格好は。人目とか気にしないのって言うは易しだけど行うは難しでしょ? こうしたいと思って、その通りにする。かっこいいと思うけどね」

「え? ああ、うん。そうだね。まさか、このタイミングでそんなまともな答えを返してくるとは思わなかったけど」

 成瀬がそう言うと、沙希は微かに肩をすくめてから右手で会計を促した。

「そんな事より、さっさと買っちゃおうぜ。沼津さん、待ってるよ」

「ですよね」

 成瀬がレジの方を見るとカウンターの中にいる小太りの店長と目が合った。四十歳前後であろう店長は、成瀬を見てほんの一瞬だけ乾いた目をして、それからいかにもな作り笑いを浮かべた。

 会計に行く前に、成瀬は一度買い物カゴの中を確認する。詰め込みセールを生業とする主婦が裸足で逃げ出しそうなほど、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。

 さすがに、心もち不安になってくる。

「幾らぐらいだろう、これ。お金足りるかな」

「一女子大生の私には無理だけど、成瀬なら何とかなるって」

「いや、一男子大生の経済事情もそんなに変わらないんですけど」

「ま、足りなかったら足りなかった時考えればいいじゃん」

「相変わらず豪胆だな、キミ」

「なにそれ肝臓の一種?」

「それ分かりにくいよ」

「え? うそ、ごめん。じゃあ、謝る」

 そこは素直なんだな、と成瀬は思わず笑ってしまった。

 商品をレジに持っていくと、店長が接客用の笑顔を浮かべた。

「いらっしゃいませ!」

沙希に向かって高い声を出した後、今度は成瀬の顔を見て無理に目尻を細める。

 態度に出やすい人だな。成瀬はそう思い、うっかり口に出していた。

「心配しなくても、そんな関係じゃないですよ」

 成瀬の言葉に小太りの店長は目を見開いて、それから顔を伏せて気まずそうに商品のバーコードを読み取っていった。

「え? 何が?」

 沙希の質問に、成瀬は「いや、なんでもない」とだけ答えた。

 店長はせわしなく手を動かしては、がちゃがちゃと商品を袋に詰めている。額には一すじ汗が浮かんでいた。袋の詰め方はお世辞にも綺麗とは言えない。ふと店長の指を見ると深爪していた。

 自分に神経質で他人にがさつなタイプだろうか。それに、と成瀬は考える。

 先ほど、店長が一瞬見せた乾いた目。そして直後に沙希と自分を交互に観察していた事ですぐに思い当った。普通、店員として対応するなら、見る順番は会計をしている自分が先だ。この店長は逆だった。

 沙希と自分が恋人にでも見えたのだろう。おそらく店長は独身で、ほんの一瞬、嫉妬や諦めにも似た感情が瞳に現れた。そして自分を納得させる為に二人を見比べて品定めをしたのだ。

 だから先に連れている女の程度を計ろうとした。なるべく欠点を探すように。

 人の本心や本性は百分の一秒に現れる。刹那的な隙や心の動揺の際に現れるのが核心部分だ。

 自分を伸ばす事ではなく、他人を落とす事で安心するタイプの人間は、思考や行動が概ね自己完結で終わる。だから大抵は、自分で満足出来る結果を得られていない。なのに、その原因に当の本人は気付かない。

 そこまで考えて、成瀬はふと我に返った。

 ぽりぽりと頭をかいて、小さく息をつく。

「六千七百円になります」

 またいつもの癖が出た。コンビニのレジぐらいで余計な事を考えている自分にいささか呆れつつ、ちょうど金額通りの支払いを、

「って六千七百円!? コンビニで一つのカゴでどうやったらそんな金額になるの!?」

「ちょっと頑張ってみました」

 普段使わない敬語で沙希が言う。

「言っとくけど、これ後で浅岸も払うんだよ」

「ひぃー、厳しい現実。せちがらいっすなあ」

「あの、絡みづらいんで口調安定させてくれませんかね」

「あ、本当に? ごめん。ちょっと今日テンションおかしくて」

 有り金でなんとか会計を終えると、沙希が「レシート取っといて」と冷静な言葉をかけてきた。変なところに気が回るな、と成瀬は思う。

「さてと。これでいよいよ後は花見だね」

 沙希が上機嫌で袋を持ち上げる。

「重っ! 人の命か!」

 などと、また分かりにくい事を言いつつ、沙希が頬を緩めた。

 その直後の事だった。

「うああああああああああああああああ!」

 悲鳴とも怒声ともつかない絶叫が入り口から聞こえてきた。

 成瀬が顔を向けると、黒いキャップを被った男が前触れもなく立っていた。サングラスとマスクで顔を隠し、右手にサバイバルナイフ、左手にはアイスピックを握っている。

 十中八九、強盗だろう。

 なんて分かり易い格好。

 成瀬は理屈抜きに感動した。

 その隣で「……うそ」と沙希が青ざめた顔で呟く。

 その言葉が恐怖からではなく、花見が潰れるかもしれない失望からきているであろう事を、成瀬は即座に察した。


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