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閉じ込められた客⑤

 成瀬は小太りの店長を横目で確認した。

 店長は言葉無く横たわり、微動だにしないでいる。勇気ある行動と取れなくも無いが、無謀の方が遥かに強い。

「馬鹿が。大人しくしてりゃあいいものを」

 犯人がそう言って、嘲笑うような目で店長を見下ろした。

「無駄な事しやがって。笑うよな? がたがたわめいて、揚句がこのざまかよ。頭が足りてないのかね。それに、必死に生きてるって何だよ。そんなもん、俺だって必死に生きてるよ」

 犯人の言葉を聞いて成瀬に嫌な予感が走った。ちらりと沙希を見ると、今にも殴りかかっていきそうな顔で犯人を睨み付けていた。

「……やっぱりか」

 思わず呟いた成瀬の視線に気づいて、沙希は目で近くに来るよう合図する。成瀬が不自然で無いよう沙希の側に移動すると、沙希が一気に不満を爆発させた。

「有り得ない。女の子に傷付けて泣かして。しかも、さっき佐倉さんの喉元にナイフを突きつけた時、少しでも手元が狂ってたら喉裂けてたんだよ? 別に死んでもいいと思ってたのか、そこまで頭の回らない馬鹿なのか知らないけど、どっちにしても万死に値するわ。必死にやった店長を小馬鹿にして、言うに事欠いて俺も必死で生きてる? なんであんな奴が同系列に語ってんのよ。頭悪いんじゃないの? 好き放題やって。当たり前の事も守れないような奴は地獄に落ちろ」

 まくし立てるように一気に言い切った沙希は、かろうじて声を落として喋る程度の配慮は残っているらしい。が、一番怒っている時の目である事は明白だ。

 沙希のすぐ隣では、佐倉が冷や冷やした顔で成瀬と沙希が話している様子を窺っている。

 と、不意に沙希が呟いた。

「私が言いたい事分かる?」

 何とも簡略化した質問だったが、成瀬は頷いてみせた。

 気に入らないものは気に入らない。分かり易い性格だ。相手も状況も一切選ばないのはどうかと思うが、良くも悪くも感情的になれるところは羨ましいとも思う。

「犯人を押さえるんだろ。どうやって?」

「そんなの知らない。刃物を持った相手の対処法とか何かないの?」

「セオリーとしては目や鼻を攻めて相手の意気を挫く。相手を動けなくする。持ち物や身の回りの物を護身法として使う。そんなところかな」

 成瀬の言葉を聞くなり、沙希は店内の商品をきょろきょろ見回した。それから近くの棚の文房具コーナーにある輪ゴムのまとめ売り用の箱を手に取った。

「おい! 何やってる!」

 犯人が叫ぶと、沙希がそっけなく返した。

「輪ゴムです。ちょっと髪だけ結わせて下さい」

 沙希が冷え切った声で言う。それはさすがに無理があるんじゃないか、と成瀬は思ったが、犯人は舌打ちしただけに留まった。せめて状況ぐらいは考えて欲しいところだ。

 成瀬の心配を余所に、沙希は顔の前で輪ゴムの箱をちらつかせた。

「これで、二つ解決出来る」

 そう言って箱の蓋を開け、沙希は輪ゴムを一つ取り出した。両端を掴んで引っ張り、弾力を確かめる。

「あんまり聞きたくないんだけど、それでどうする気?」

 成瀬が聞くと、沙希は得意げに片方の眉を上げた。輪ゴムを束にして端を人差し指と親指にかけ、その中間部分を引っ張って見せる。成瀬は呆れた顔をした。

「まさかとは思ったけど」

「昔よくやった。硬い弾使えば画用紙三、四枚は簡単に貫けるよ。当たり所によってはそれなりに効果あると思う。それに本能的に怖いでしょ? 飛び道具構えられると」

「そうだけど。弾は?」

「これ」

 沙希は側にある棚からプラスチックのケースを手に取った。中にはカラフルな画鋲が大量に敷き詰められている。

「……時々凄い事考えるよね、キミ」

 ふざけた発想かと思っていたが、真っ直ぐに飛ばせば確かに殺傷力はある。少なくとも相手を怯ませる程度の威力はあるだろう。

 これだけで気絶させられるという代物でもないが、それは沙希も承知のようだった。

「ただ、これが当たっても痛いぐらいしか効かないから、詰めは成瀬に任せるよ?」

「外したら終わりだよ?」

「知ってるでしょ? シューティングで私の右に出るやつはいない。これでもC・Oのトップランカーだよ」

「いや、それゲームの話だよね」

 成瀬がそう言うと、沙希は不満そうな顔を浮かべた。何か反論しようとしたが、思い止まったらしく、小さく首を振った。

「いいや。今その話は。とにかく、目か鼻撃ち抜けばいいんでしょ? サングラスが邪魔だけど」沙希は一度犯人の位置を確認し、真っ直ぐに成瀬を見て一言付け加える。「それとも、私が信じられない?」

 その表情で、成瀬はふと浅岸と初めて会った時の事を思い出した。この程度の無茶は出会った時からして見せつけられている。今更躊躇する理由も無かった。

 成瀬は小さく笑う。

「いや、疑った事なんてないよ」

 言ってから、それは少し言い過ぎたな、と思い直す。

「冗談みたいな話だけど、出来るって言うなら出来るんだろ」

 成瀬が覚悟を決めてそう言うと、様子を窺っていた佐倉と目が合った。佐倉は慌てて目を逸らし、それに気付いた沙希が声をかけた。

「どうかした?」

「沙希さん、今の話マジっすか? あいつ、ナイフ持ってるんすよ?」

 不安を顔一面に出して、佐倉は見えないように犯人を目で指し示す。

「もちろん本気。待ってて。すぐに解放してあげるから」

「でも、失敗したらどうするんすか? 正直、嫌な予感しかしないっすよ。不安っす」

「何だってそうだけど、やったことがないことをやる時はたいてい不安だよ。想像つかないからね。でも、やっても出来ない事だとしても、やらないともっと出来ないから。やれば案外どうにかなるものだよ。少なくとも状況は変わる」

「でも」

「もしかして心配してくれてる?」

「しますよ、そりゃ」

「だってさ。成瀬、何か安心させてあげられる話して」

「え? 僕?」突然の指名に、成瀬は一瞬言葉が出てこなかった。少し考えてみたが、あまりいい話は浮かばない。「そうだな。それじゃあ、こんな話がある。鳥取砂丘ってあるよね。知ってる? あれって放っておくと緑地化しちゃうから、わざわざ草抜いてるんだよ。ボランティアを募ってね。砂漠化の逆で緑地化を防いでる。凄い方向性の努力だよね」

 成瀬が話し終えると、沙希が目を細めて唇を尖らせた。

「何それ? それ何か関係あんの?」

「いや、ないけど」

「ま、いいや。とにかくそういう事だから」

 沙希は佐倉の肩をぽんと叩く。自分で言っといて何だがどういう事だ、と成瀬は思った。

 佐倉がまた何か言おうとしたが、それより早く沙希がにこりと笑って唇の前で人差し指を立てた。

「大丈夫。前にも一度こういう事あったから。その時は銀行だったけど。成瀬と、それから外に沼津って人がいるんだけど、この二人ともその時に会った。だから、私達はこういう事に慣れてるの。それに、個人的にあいつ嫌いないんだよね。私の性格上、気持ちの問題でもう引けない」

 それはまた、らしい意見だなと思って成瀬は思わず笑いそうになった。

「そういう事だから」

 成瀬は今度こそ正しい用法でその言葉を使い、犯人の方に向き直る。犯人はレジカウンタに腰を預けたままこちらの様子を窺い、微かに顔を強張らせていた。

 空気が変わった事には気付いているようだ。もっとも、これで気付かないようならただの阿呆だが。

「さて、やるか」


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