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【1】好きな子の転校を無くしてほしい

日本のどこかの街。雑居ビルの二階。そこに、その店はある。


射手秋商店


何でも売っていて何でも解決する。そういう胡散臭い噂だけが静かにあって、どうしてもといった人、検証まがいな人が来る。他ではどうにもならなかったものを、ここに持ち込む。そして、代わりに何かを置いていく。それが何なのか、知らないまま帰る者もいる。



「すいませーん...此処で願いを叶えられると聞いてきたんですが、」


小町愛美はそんな「どうしてもな客」の一人としてこの店にやって来ていた。学校で聞いた噂だけではあまりわかることも少なかったが、藁にも縋る思いでやってきたのだ。


「ああ、すみません。今そちらに。」


直ぐにスタッフルームと思われる奥の部屋から一人の男性とくまのぬいぐるみが出てきた。そのぬいぐるみはひとりでに歩いていて少しびっくりしてしまった。


「その子ペットロボットですか?初めて見た...」


「いえこの子、ドーナツはお手伝いさんです。」


何を言っているのだろう、と思っていたが店主さんがお茶を持ってきてとドーナツ君にお願いしているところを見るに本当なんだと実感した。願いを叶えられる店は魔法とか、そっち系なのかも。


「では、ご用件を伺いましょうか。」


ドーナツ君がさっきお茶を並べていたテーブルに店主さんがついて、向かいの椅子を勧めた。私は椅子に座って、今日此処にきた理由を話し始める。


「私、今好きな子がいて。その子が転校しちゃいそうなんです。でもすごく遠いところらしくて、どうしても行ってほしくないんです。」

「それは願いのご依頼ということでしょうか。」

「叶えていただけるんですか!?噂は本当だったんだ、」

「ええ、勿論です。対価のお話も噂でご存知でしょうか。」

「あ、お金...5万円程しかないんですが足りませんか、?」


噂では願いを叶えられることと場所しか判らなかったのだ。だからこれまでのお年玉やお小遣いをかき集めて、何とか集めた5万円を財布に入れてきた。


「ああ、願いの方はお金ではないんです。お客様の願いの結果として生まれたものを少し対価としていただいております。」

「ええっと...?」

「例えば想い人が遠くに行かないことで起こりえた未来でしたり。余った概念ですのであってもなくても願いの結果は変わりません。」


そんなのあまりにも私有利すぎではないのか。そんな提案に少しだけ引っかかるものを感じた。でも、何が引っかかったのかは、うまく言葉にできなかった。それに、もう引く気は無かった。


「願いの確認と、サインを。」


好きな子の転校を無くしてほしい。店主から渡された発注書のようなものにはそう書いてあった。私は渡されたボールペンでサインを書いて、紙をお返しした。


「はい、間違いありません。」

「確かにお受けしました。後は我々にお任せください。」


本当かどうかは判らないが、お金もかからなかったし願うだけはタダだろうと、帰りの足取りは軽かった。




「ドーナツ、いつものを持ってきてください。」


ドーナツはしっかりと言われたことをこなせるほど成長してくれている。私も一仕事頑張らなくては。ドーナツが持ってきてくれたメガネと裁縫道具で今回の話の調査を進める。



「...嗚呼、これなら此処がほつれているから、縫い直せば...」


ぷきゅ!と足元で可愛らしい音が鳴った。これはドーナツが私に用がある時に鳴らすものだ。下を見てみると時計を持っていて、もう日が落ちたということを知らせにきたのだろう。私はドーナツの頭を撫でて、夕飯の支度に向かった。




小町愛美が願いを叶えた二週間後。彼女は再びかの店を訪れていた。その足取りは荒々しく、目は痛そうに赤く腫れている。


「ちょっと!!はぁ、はぁ、」


ドアは壊れそうなほど叩き開けられ、息を切らしながら彼女は入店した。


「いらっしゃいませ。願いの具合はいかがですか。」

「いかがも何も...何をしたのよ、」

「たしか、想い人のご両親の離婚で転校になろうとしていたので、ほつれていたご両親の縁を結び直しましたよ。それがなにか?」

「しんじゃったの、あの子、お父さんに....」

「離婚の原因も確か暴力とモラハラだったとか。しかし、転校はしなかったでしょう?」

「そんなの彼が幸せじゃない!彼すごくいい子だったの、こんな私にも優しくてすごく明るい太陽みたいないい子だったの...お願い、彼を生き返らせて」

「それはできかねます。対価をいただけるのが一人一回までなので。」


店主は銀色の裁ち鋏を見せながら、「今回で貴方からの対価はすでに頂いております。」と微笑み言った。銀の刃が鈍く光っている。


「は...」

「それより目が腫れてます、冷やしたほうがいい。もう家で休みましょう。氷嚢をさし上げますから、お帰りなさい。」


そう言って、氷の入ったポリ袋を渡されて私は店の外に閉め出された。ドアをくぐって、振り向いてもそこには不動産屋の張り紙があるだけだった。手には少し溶けた氷袋。真夏の日が差すビルの廊下に結露が一滴落ちていった。

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