不可逆
『できました!』
もう戻らないもの。
その美しさを、僕らは理解している。
『出来た?』
そういいながら、私はそのキャンバスを覗き込んだ。
『…なにこれ』
『せんせい!』
『…?』
笑顔で固まってしまった。
どう見ても、私とは思えない。
『私を、書いてくれたんだね?』
『そう。似てるでしょ』
『うーん。ちょっと違うかもしれない』
『えー?』
『そうだなぁ、まず——』
優しく、教えた。
彼女が、そのキャンバスに出るように。
『へー!先生すごい!』
『先生だからね。すごいよ?』
『…このせんせい、どうしよ』
完成したキャンバスを見ながら、言った。
『これはこれで、いい作品だよ。君が完成させた、素晴らしい作品だ。だから、大事にしまっておこう』
『はーい』
そういって、乾かすために、キャンバスを移動させた。
『今日は、もう終わりにしようか?』
『いや、まだやる』
『分かった。ちょっと用事があるから、なにかあったから連絡してね』
『はーい』
そんな風に、過ごしていた。
それから彼女の絵は、とても良くなっていった。
誰から見ても、上手いと言われるぐらいに。
『見て、先生』
『出来た?』
そういいながら、私はそのキャンバスを覗き込んだ。
『わぁ。私だ』
少し見れば、私だと分かるようになっていた。
ちょっとイケメン過ぎるけど。
『…上手になったねぇ』
『でしょ?』
得意気に胸を張る。
『先生のおかげ』
『そういってもらえると、嬉しいよ。もちろん、君が頑張ったからだけどね』
『うんん。先生じゃなきゃ、途中で諦めてたよ』
『そうかな』
それから、彼女は死んだ。
交通事故だった。
その時私がどう思ったかは、覚えていない。
でも、彼女の作品を、誰かに見てほしい。
そう思ったのを、覚えている。
だから、絵を展示させてくれ。というお願いが来たとき、迷わず許諾したんだ。
それが間違いだった。
展示が始まってすぐ、あの絵の前に、人が集まった。
最初は、ただの偶然だと思った。
でも、いくら時間が経っても、そこには人がいた。
彼女が最後に書いた、彼女が、一番良くできたと言っていた絵の前には、誰もいないというのに。
私は、人の隙間から、その絵を見た。
最初に描いた、私の絵。
歪んだ線。
妙な色。
おかしな関節。
どう見ても、未熟な絵だ。
『すごいですね』
誰かが言った。
『自分が事故で失くなることを、予想していたかのようだ』
その言葉を聞いたとき。
私は、理解したんだ。
『芸術の価値など、こんなものなのか』
いつの間にか、声に出ていた。
無感情な声で。
怒りすら沸かなかった。
「似てるでしょ」
『似てないね。ほんとに』
それから私は、すぐに展示をやめさせた。
自らの過ちを責めた。
それで。
彼女の作品を、いつも絵を描いていた部屋に、全部移したんだ。
それで。
その前で。
いつの間にか、僕は泣いていた。
『綺麗だよ、本当に。素晴らしい作品ばかりだよ』
そのままずっと、褒めていた。
『君が生きているうちに。言いたかった』
芸術の価値なんか、どうでもいいよ。
『君が楽しかったなら、それでいいよ』
僕は、涙を流しながら。
彼女を描いた。
ぐちゃぐちゃで、彼女の絵に、よく似ていた。
『ははっ。確かに、意味を考えてしまうね』
もう戻らないもの。
その美しさを、僕らは理解している。
難しいことはわかんないけど。
楽しく書こう。
お疲れ様、ゆっくり休んでね。




