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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
三石

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7/21

#1



明くる日は雨。

こうなると全ての予定が泡と消える。


「ふぅ……」


ベッドに横たわり、宙は真っ白な天井を見上げた。

幸い在宅ワークの為、パソコンの前には移動できる。ベッドから這いずり、体の節々が痛むのを堪え、できる限り今日のタスクを進めた。


着替えをして通勤するというプロセスがないのは本当に有り難い。しかしそれ以上に助かるのは、やはり一人しかいない空間で仕事ができる、ということだろう。

周りに同僚が大勢いるのが当たり前で、会話もするし連携もする。だが体調が悪い時、気付かれないよう気を張る必要がある。


人の目に晒されてるから頑張れることもあるが、体調不良のときは完全に独りの方が耐えられるタチだ。その心情を汲み取ってくれた叔父には感謝してもしきれない。


カーテンを閉めても雨の音は聞こえる。途中からイヤホンをして、独りの世界に引きこもった。


「いつつ……」


夕方頃、ようやく重い腰を上げた。座り過ぎは良くないから軽いストレッチをして、テーブルに置いていたスマホを手に取る。

するとちょうど一件、メッセージが届いた。

「今夜行ってもいいですか? ……か」

透夜だ。近頃は急の予定も言ってくるようになった。

ただ、再会してから初めての雨の日。少し迷ったが、いつもよりは具合が良いので了承の返事を送った。


透夜も仕事終わりで疲れてるだろうし、せっかくだから何か夕飯作っとくか。


何も買ってこなくていいからと返信し、思い立ってキッチンへ向かったのだけど……。


「こんばんは……って、宙さん! 大丈夫ですか!?」


三時間後。インターホンを鳴らして出てきた宙が顔面蒼白でフラついている為、透夜は持っていた鞄を落として彼を支えた。


「だ、大丈夫。何か飯作ろうと思ったんだけど、立ちくらみやばくて……」

「無理しないで休んでてください。俺が代わりに作りますから!」


透夜にベッドまで連れていかれ、寝かせられる。彼は上着を脱ぎ、袖を肘までまくった。

「雨だからしんどいだろうと思って、一応インスタント系は買ってきたんですけど。夜は何を作る予定だったんですか? 引き継ぎます」

「いや、疲れてるんだからいいよ。出前でもとろう」

「でも……せっかく宙さんが途中まで作ってくれたから」

彼は下に屈んで呟いた。一瞬、瞳の色が揺れて見えたが……すぐに顔を上げ、優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。俺、宙さんに会えて疲れなんか吹っ飛びましたから」

「…………」


無理に笑わせちゃったな。

手を伸ばしかけ、再び下ろす。

ここで突っぱねたら、彼をもっと困らせてしまうのは明白だった。


「ありがとう。……餃子作ろうと思っててさ。後は焼くだけなんだけど」

「了解です。できたら呼びますから、休んでてください!」


透夜は目を輝かせて、意気揚々とキッチンへ向かった。

大丈夫かな。普段から家で料理してるんだろうか。

でも自信満々っぽいから、バイトとかもしてたのかもしれない。

心配だから様子を見に行きたかったけど、横になった途端強い眠気に襲われ、目の前が真っ暗になった。


次に目が覚めた時には、部屋の中に焦げたような匂いが充満していた。

「……」

まだ半分頭がボーッとしてるけど、壁に手をつきながらキッチンへ向かった。そこには汗だらだら透夜が佇んでいて、こちらに気付くと身振り手振りで話し始めた。

「あ、宙さん! すみません……実はその、色々ありまして、大変申し上げにくいんですけど」

「うん。いいよ……」

つくっておいた餃子はプレートの上に並んでいるが、どす黒く染まっている。焦がしたのは一目瞭然だった。


それはさておき、焦るとやたら丁寧口調になるところが若干俺に似てる。


「本っ…………当に申し訳ありません…………」

「はは、謝んなくていいから。そもそも丸投げで寝ちゃってごめんな」


笑いながらテーブルに移動する。幸い焼く前の餃子も少し残っていたので、手を洗って皿に取り分けた。

「この無事なやつを焼いて、残りは水餃子にしよう。あと春雨サラダを作るんで足りるかな?」

「足ります。めっちゃ足ります」

透夜が頭をブンブンしながら頷くので、笑いを堪えながら料理を再開した。


「宙さん、雨の日はお仕事いつも休まれていたんですか?」

「そう。それで会社に迷惑かけちゃったから辞めたよ」

「え。じゃあ今は」

「無職。だったけど、ちょっと前に叔父さんに仕事紹介してもらってさ。契約社員の週四だけど、完全在宅だからすごく助かってる」


鶏ガラで味付けた卵スープを小皿に移し、透夜に味見をさせた。

「美味しい。……叔父さんって、もしかして以前働いてたパワーストーン専門店の?」

「あぁ。懐かしいだろ」

鍋の火を止め、お椀に注ぐ。取り皿と箸を用意し、彼に席を勧めた。


「またあそこで働く、って決まった日にお前から電話がかかってきてさ。奇跡だと思った」

「奇跡……」

「びっくりし過ぎて。お前が家に来るまで、夢だったんじゃないかと疑うぐらいだったんだ」


二人とも席につき、いただきますと手を合わせる。


「奇跡じゃなくて、運命ですよ」


透夜は静かに呟き、目を眇める。

心から願うような、慈しみのある声音だった。


こそばゆくてどうしてやろうかと思ったが、彼が中々手をつけないので、餃子を箸で差し出した。

ちょっと行儀悪いけど、誰もいないからセーフということにしてほしい。


「ほら。あーん」


いつかのように透夜の口元に持っていくと、彼はパクッとひと口で餃子を食べた。

「どう。美味い?」

「熱いです」

「味じゃないんかい」

まぁ焼きたての餃子は劇薬に近い熱を持ってるから仕方ない。水を入れたコップを彼に手渡した。


「何か思い出すなー。昔俺も、いきなり餡饅を口の中に放り込まれて火傷負わされたことある」

「誰がそんな酷いことしたんですか!?」

「誰だっけな……」


お前だ。


心の中でのみツッコみ、白飯をかき込む。

高校生だった彼に悪気はないし、図らずも今の餃子で痛み分けできたからチャラにしとこう。


「それにしても、宙さんは料理上手いですね。全部すごく美味しいです」

「はは、簡単なもんだけどな。お前は家で料理するの?」

「全くしません」


清々しいほどの即答っぷりだ。さっきのキラキラした目は初めて挑戦するという好奇心からくるものだったんだな。


「俺も偉そうなことは言えないけど、とりあえず自分が食べれたらそれで良いんだ。一人暮らし始めたら嫌でもできるようになる」

「そうか。……そうかも。ありがとうございます」


少し考えて、透夜はにっこり笑った。

「役に立つどころか迷惑かけちゃったけど、今日来て良かったです。宙さんが作ったご飯を食べられたから」

「ん……」

叶うなら、この笑顔をずっと見ていたい。

いつも機械的に食べるだけだけど、今夜は笑ってしまうぐらい食べるのが遅かった。

ちょっとでもこの時間が続いてほしい。そんなささいな願いだけが、胸の中にきらきらと光っている。


「良かった、雨やんでますね」


廊下へ出て、夜空を見上げる。透夜は傘を留め具で縛り、俺の方を振り返った。

「ご馳走様でした、宙さん。まだ辛いでしょう。ここで大丈夫ですよ」

外まで見送りに行こうとしたが、無理やり止められる。

俺の部屋が二階なので、大丈夫と言い張り階段までついていった。


「本当に無理しないでくださいね」

「大丈夫だよ」

「本当に? あまり前に出て階段から落ちないか心配です」

「落ちない落ちない」


むしろこっちをガン見して、足元見ずに降りていく彼の方が心配だ。

「はぁ……正直、宙さんと別れる時が一番きついです」

「あ~ん?」

一々嬉しい、もとい可愛いことを言ってくれる。腕を組み、にやけそうになるのを何とか堪えながら壁にもたれた。


好きになっちゃいけない。好かれてはいけない。

そう思うのに自分を制御できない


「そんなに俺と一緒にいたいのか?」

「当たり前じゃないですか。意地悪なこと聞きますね」


珍しく拗ねた様子の彼が尚さら愛しくて、吹き出してしまった。

でもこれ以上いじったら可哀想だから、ポケットから鍵を取り出し、彼に向かって投げ渡す。


「料理上達しなくてもいいなら、預けとく」


唖然としてる透夜に微笑むと、彼は顔を赤くした。

「それって……」

「気に入る物件が見つかるまで、だったら俺の家にいて良いよ。でも部屋狭いし、い……嫌ならいい。返してくれ」

「いえ!! 是非お願いします!!」

「しー! 聞こえるから!」

アパートゆえ、大声に袖を引く。透夜は少し気まずそうに口元を押さえた後、階段を上がってきた。周りを見回した後、俺の腰に手を回す。


「すみません、今すごくキスしたいんですけど」

「駄目駄目、落ち着け。恋人じゃないし、外ですから」


鬼気迫る様子の透夜に気圧され、俺まで強制敬語になる。

喜んでもらえたのは嬉しいけど、時々リミッターぶち壊しちゃうみたいだから油断ならない。


「正直どう頑張っても、このまま帰れそうにないです」

「え!?」


腕を引かれ、再び家の中に引き込まれる。

ドアが閉まるか閉まらないか、という絶妙な瞬間、


「……っ!」


視界に影が落ちる。


五秒、十秒……一分。

時間感覚はバグってしまった。もう何年もこうしていたみたいに、引き剥がすことも忘れ、透夜に抱き締められていた。


ずっとこうしていたい、と言うより、元からこうするべきだった。……そういう関係だったじゃないか、と思わせられるような。


自然で、優しくて、一つであることを再認するように。前髪を持ち上げられ、額にキスをされた。


「ふ……っ」


透夜の顔が鮮明になっていく。

嬉しそうでいて、苦しそう。切羽詰まった表情だ。


「なんて顔してんだよ」

「貴方こそ」


互いに吹き出し、見つめ合う。


「ぞさんといると、幸せ過ぎて心臓がバクバクして、いつかポックリ逝っちゃう気がするんです」

「……それは俺も一緒だ。心臓に悪い」

「二人して部屋で倒れてたら管理人さんに迷惑かけちゃいますね」

「ばか……」


何ともしようもないやり取りをし、合鍵を指し示した。

新しい部屋を一緒に探しても構わないのだが、彼はこの部屋で暮らしたい、と言って瞼を閉じた。


離れなきゃいけないのに、凄まじく矛盾した提案を出してしまった。


透夜のことを思えば、こんなこと絶対にしてはいけない。

「……っ」

それなのに、彼の優しい笑顔を見ると、口も体も真逆のことをしてしまう。


どうしたらいいんだ。誰かお願いだから、俺を止めてほしい。





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