#3
「え。一人暮らしするの?」
「はい」
翌週。仕事が終わった透夜と待ち合わせ、駅近のカフェに入った。
俺と違って疲れてるはずなのに、彼は疲れの色なんて微塵も見せない。俺を先に席に座らせ、飲み物を買ってきてくれた(※俺がやると言ったけど数分死闘を繰り広げた為諦めた)。
「今までは実家にいながらバイトしてたんです。でないとお金貯めることもできなくて」
「そりゃそうか」
学生の一人暮らしほどキツいものはない。友人との付き合いがあるほど、むしろマイナスだ。
ちなみに俺は交友関係無いに等しいから交際費はかかんなかったぞ。という台詞をグッと飲み込み、人生の先輩として遠夜の話にうんうん賛同する。
「いまいち良い部屋が見つからなくて困ってるんですけど。なりたい職には就けたし、こうして宙さんと会えるようになったし、ここ数年で一番幸せです」
「そ、そりゃ良かった。そういえば何の仕事に就いたんだ?」
「それは……内緒で」
「何でだよ……まぁ危険な仕事じゃないなら何でも良いけど」
チョコミントのドリンクを飲み、行儀悪く頬杖をつく。
周りを見ると仕事帰りらしき男女のカップルが複数組談笑していた。
誰にとっても、あれが見慣れた景色だ。
「なぁ。ちょっと散歩しないか」
「はい!」
遠夜が快く動いてくれたので、ドリンク片手に夜の公園を歩いた。港沿いの公園で、遠くには大桟橋と客船が泊まっている。
全然考えてなかったけど、ここはデートスポットだ。気付いた途端何だか顔が火照って、手をグーパーした。
「うーん、夜も風が気持ちいいですね」
「そうだな。あんまり一人で歩いたことなかったから知らなかった」
「デートスポットですもんね」
そう言うやいなや、彼は俺の手を握った。
「俺達もこういう風に歩かなくちゃ。ですね?」
「お前は本当、その……勇気あるよな」
夜とはいえ、人目が気にならないのか。怖々尋ねると、彼は至極真剣な表情で即答した。
「全然。むしろ世界中に見せびらかしたいです」
「…………」
潔いというか、逞しいというか。俺とは脳の構造が違い過ぎる。
「もしかして嫌ですか? 俺と手を繋ぐの」
「い、嫌じゃないけど。俺らは恋人じゃないし」
「嫌じゃないなら何も問題ないでしょう」
してやったりみたいな笑顔を見せられて、あ、はめられたな、と気付いた。
こいつワンコっぽくしつつ、結構計算してるよなー……。
恋愛経験こそ皆無だけど、俺だってまあまあ生きてるからそれぐらいは分かった。
……。
でも俺は恥ずかしさのが勝ってるけど、透夜はずっとこうしたかったのかもしれない。
この瞬間を夢見て、毎日遅くまで勉強して、汗を流しながら働いて……そう思ったら途端に、彼の存在自体が尊く感じた。
俺はそこまで想ってもらえるような人間じゃないのに。
「透夜は……いつから自分がゲイだって気付いた?」
「俺は、そもそも恋愛感情自体あまり持たなくって。宙さんを好きになった時に、男が好きなんだって気付きました」
ということは、俺が透夜を狂わせたと言っても過言じゃない。すごく責任感じる。
「宙さんは?」
「んー……俺、初恋が同じクラスの男だったから。まぁもちろん何もなく終わったけど」
何もないどころか、クラスで浮いてから気まずくなって、俺の方も関わらないようにしていたと思う。俺といたら彼まで除け者にされるから。
昏い過去に傾きそうになっていたが、透夜が無表情なことに気付いて首を傾げる。
「どうした?」
「その初恋の相手……今も生きてるんですかね」
何その発想。まさか殺るつもりか。
「……死んだんじゃないかな。俺の中では死んだも同然だし」
「そうか~」
花弁でも舞いそうなほどホクホクしてる透夜に安堵しつつ、恐怖を覚える。
かつての親友を心の中で勝手に殺したことに謝罪して、夜空を見上げた。
「はー、本当面白い」
「何がですか?」
「お前と初めて会った時、ここまでグイグイこられるとは夢にも思わなかった。もっと言えば、友達みたいに遊ぶ関係になるとも思ってなかったし。人生何があるか分かんないよな」
ゴミ箱を見つけたので、透夜の分の空のカップも投函口に入れた。
「あの時はただ、挙動不審な子が来たな~って思ってたんだ。照れてるだけだって分かってからは可愛かったけど」
「だって、あの時のお店は入口がファンシーで男が入る雰囲気じゃなかったんですもん」
「そうかもな。叔父さんは気まぐれだから」
圧倒的に女性客が多いし、取り扱ってるのもアクセサリーがメインだったから、男一人で入る感じじゃなかった。透夜が気まずそうにしていたのも分かる。
「でも店員さんが男性だったから、ちょっとホッとしたのを覚えてます」
彼の口から出逢った日のことを聞かされるのは初めての為、不思議と集中していた。あの日のことを思い出しながら、自然と手に力が入っていく。
「ははっ。そういえば俺、あの頃クラスに男の友達いなかったんですよ」
「え? どうして!」
「クラスの中心的な女子に告白されて、断ったんです。その子が周りにどうこう言ったわけじゃないんですけど、噂が広まったら皆絶妙に俺のこと避け始めて。でも俺もそれでいいと思って、ひとりで行動するようになったんです」
「それは……大変だったな」
そんなことで避ける理由が分からない。よっぽど美人な子だったのかもしれないけど、妬む前に告白すればいいのに。男の嫉妬も存外怖いよな。
「昔のこと、でも何か腹立ってくるな」
「大丈夫ですよ。俺はメンタル鬼強いというか、宙さん以外のことではまず動じないんで」
「いやちょっとは動じろ。理不尽なことには抗議していいんだからな」
って、俺は抗議したことないんだけど。透夜の為を思って言った言葉が全てブーメランとして返ってきて、複雑な心境になる。
それでも、彼がそんな辛い想いをしていたなんて……想像しただけで胸が苦しくなる。
「ごめんな。何も力になってやれなくて」
「とんでもない。宙さんから、たくさん力をもらいましたよ。学校だけが重要じゃないって思えたのは貴方に会えたからです」
遠夜は懐かしそうに目を細めて、話を続けた。
祖母の為に訪れたお店で、偶然会った綺麗なひと。
初めは大人しそうで、落ち着いてる人だと思った。でもこちらの不安を感じ取ってくれてるのがよく分かった。
あまりに不安そうにしていたのか、目が合うといつも「大丈夫」と言うように微笑んでくれた。
ところどころ冗談を挟んで笑わせてくれたり。そういう優しさも持ち合わせた人なんだと分かった。
「太陽みたいな笑顔の宙さんに心を持っていかれたのは、一瞬でした」
「聞けば聞くほど恥ずかしいから、勘弁してくれ……」
「何でですか。あんな完璧に振舞ってたのに」
「違うよ。俺は普段はミスばかりするし、接客業のくせに客対応も苦手なんだ。透夜が来た時は良い店員だと思われたくて、……ぶっちゃけ頑張った」
あんなに真剣に石を見る人は久しぶりだったから。
……なんて、それだけじゃない。俺は彼に一目惚れしていたんだ。
下心あったから丁寧に接客したみたいで、本当最低だ。絶対引かれるよな。言えねえ……。
「良い店員のフリなんかしなくても、宙さんは素敵じゃないですか」
「嬉しいけどあんまり褒めないでくれるか」
「どうして? 照れてるんですか?」
「……」
顔だけでも逸らしてみせたが、手を繋いでる為簡単に引き寄せられた。
「見なくても分かるんですけどね。ごめんなさい」
「こら」
離れようと試みるも、両の頬を手ではさまれてしまう。
「無理です。照れてるとき可愛過ぎるから」
「俺は男だぞ!」
「よーく存じてます」
意地悪く笑う透夜に、思わず地団駄を踏みたくなる。ようやく解放されたけど、今度は後ろから抱き込まれた。
「お前、自制はどこ行ったんだよ」
「どこかに落としちゃいました。あ、これは大事に持ってますけど」
カラン、と小気味良い音が耳元で鳴る。前に差し出されたのは、ガラスの小瓶に入った石だった。
これは……。
「もしかして。俺が前にあげた琥珀?」
「はい。御守りにして肌身離さず持ってます」
「ふ……」
可愛い奴。
言いたかったけど、それも何か違う気がして、彼の手ごと包み込んだ。
「石って、握り締めて瞼を伏せるだけですごく落ち着くんだよな」
何も考えなくていい。石は潜在的な力を引き出してくれる。
「でも、お前にこうして抱かれると……不思議と落ち着く」
「……そんな可愛いこと言われたら一生離れられないんですけど」
「離れてくれ。人来たから」
そこは冷静につっこんで、透夜を引き剥がした。
石みたいに清らかな関係で、思わず笑った。




