#1
「お前の病気は伝えない限り理解されないからな。理解はしても納得してもらえるとは限らないし」
タバコの煙が上空に立ち上る。灰皿に灰を落とすと、一時的に途切れた。
「上手く仕事をサボる奴はいくらでもいるが、お前は違う。病欠する奴を真っ先に淘汰するのが、会社、組織だ」
「……分かります」
「本当に? 次も正社員で仕事を探そうとか考えてないか?」
うぐっ。
図星だった為、思わず視線を逸らしてしまった。
そんな自分の弱さを見透かすように、叔父は眼を細める。
「週五勤務どころか、もう出勤する仕事は無理だと思うぞ。お前の負担はもちろん、雨の日必ず休むなんて、職場にとっちゃ大迷惑だ」
叔父の言うことは正論だ。
ため息を飲み込み、口を噤む。少ししてからようやく、そうですよね、と答えた。
「晴れの日はこうして元気に歩けるのに。雨の日もそれぐらい動けよ、って皆思ってたでしょうね」
バイトをしていた時は、オーナーが叔父だから考慮してもらえていた。でも現実問題、雨の日に必ず体調不良になる人間なんて社会のお荷物でしかない。
「久しぶりに会ったのに、愚痴を吐いてすみませんでした。それじゃ……叔父さんもご無理なさらず。煙草も少し控えてくださいね。吸殻たまりすぎですよ」
「それは約束できないな。あぁ後、反省はするなよ。お前が今どれだけ反省しても、辞めた会社には一銭も入らないんだから」
「でも、反省はしませんと」
「病気を持って生まれたことを? それこそ馬鹿馬鹿しい」
叔父は少々乱暴に煙草を灰皿に押し付けた。
「理解されないなら、理解されなくても問題ない環境を探せ。───ちょうどウチのオフィシャルサイトを運営してくれる人間を捜していてな。まだ募集はかけてないから、お前がやってくれるなら広告費をかけずに済むんだが」
「叔父さん……」
「プログラミングも商品知識も多少あるから言ってるんだ。リモートで良いから、まずは簡単な修正からやっていけ」
また大事な人に助けてもらってる。
申し訳なさと、自身に対する歯がゆさと、……とめどない感謝の念に押し潰されそうになった。
「でも、本当に良いんですか? も、もちろん、受ける際は全力でやりますけど」
「二回も言わないから今決めろ。お前は考え込むと長いだろ。」
「……」
さすがによく分かってる。下手したら、彼は俺の親より俺の性格を理解しているかもしれない。
知識や技術はこれから死ぬ気で身につけるとして……このまま塞ぎ込んだら本当に再起不能になる。
今の生活を変える為には行動しなくちゃ。
「やっ……やります。やらせてください……!」
「よし。決まりだな」
叔父さんはにやっと笑って、黒ブーツを履いた脚を乱暴に下ろした。
一見怖そうな見た目だけど、実は誰よりも人間味があって、義理深い。そんな叔父を密かに尊敬していた。
「こんな風にコネを使うの、本当は良くないと思うんですけど……来月から無収入になるところだったんで有り難いです」
「はは。じゃあこれからは俺の言うこと何でも聞けよ」
「横暴だ……」
簡単な資料を受け取り、鞄に仕舞う。改めて礼を言い、おいとましようとすると、彼は思い出したように指を鳴らした。
「そういやぁ、あの子とは今も会ってんのか?」
「あの子?」
「お前がバイト辞める直前まで、ここに足繁く通ってた男子高校生がいたろ」
「あ、あぁ……」
不意をつかれ、しどろもどろに頷く。
そうだ。忘れるわけがない存在。
「いえ、会ってません。大学で真面目に勉強してるだろうから」
「ふーん、そりゃ残念だな」
煙を吐き、彼は頬杖をついた。
「石のことよりお前のことばっか訊いてきて、ほっといたらプロポーズでもしそうな勢いだったのに」
「プロ……!?」
まさか、他人からもそう見えていたとは。あいつめ……いや、それより全力で否定しないと。
「子どもの好奇心でしょう、からかわないでください。それじゃ、失礼します!」
「おー」
宙が勢いよく扉を開けて店を出た後、紫信はまばたきを繰り返し、そして呟いた。
「変だな。あいつの話をしながら恋愛運上昇の石を探してたんだけどな……」
灰皿の吸殻を角に寄せて首を傾げる。
純粋だが、コンプレックスのせいで他人と関わる距離を測れない。不器用にしか生きられない甥っ子に、紫信は数年ぶりにため息を零した。
春とはいえ、夜はまだ冷える。ぶるっと震えながら飲み屋の通りを抜け、駅へ向かった。
寒いな。風邪ひきそう。
一年中おでんがあれば良いのに……いや、たまには自分で作ろうか。せっかく明日から時間があるんだし。
これからは自炊がベターだ。駅ビルのスーパーに入り、買い物カゴに大根を入れる。
大根が一番重要だと思っているので、もう大丈夫だ(←?)。
練り物コーナーに向かい、目に入ったはんぺんやちくわぶ、それにガンモを入れていく。
あとは何だっけ。スマホを取り出して調べようとすると、ちょうど着信音が鳴った。
数年ぶりに表示されな名前に、一瞬手が滑りそうになった。何度か親指を上げたり下げたりしていたけど、諦めて電話マークをスライドさせる。
「……もしもし」
『もしもし。……宙さん?』
最後に聞いた時より、いくらか低い声。電話だから実際の声とは違うだろうけど、たったひと言で心臓が跳ねた。
自分に動揺し、ドン引きしている。たかが電話で、脳みそがとけそうなほど幸福を感じていることに。
「久しぶりだな。どした?」
『あはは、その感じ、宙さんだ。お久しぶりです。……お元気でしたか?』
「……」
商品を吟味してるふりをして、実際は眼を泳がせていた。スマホを耳に当て、質問を理解しようとする。なるべく冷静に、余裕そうに、……大人らしく。
「元気、じゃない」
おっっっっっと。
秒で破った自分に驚く暇もなく、スピーカーの穴から張り詰めた声が響く。
『だっ大丈夫ですか!? 今どこです!?』
「いやいや嘘、元気! それよりどうしたんだよ、今まで一度も連絡してこなかったのに」
それは俺も一緒だけど。内心自嘲的になりながら、料理酒をカゴに入れる。
『えぇ。そりゃもう死ぬ気で自制してました。声を聞いたら会いたくなっちゃうから』
「……っ!」
また、どくんと心臓が跳ねる。有り得ないのに、心音まで聞こえそうな気がして怖い。
彼に聞こえたら怖いな。てか、声震えたりしてないたまろうか。
『宙さんは? 俺に会いたいと思ったこと、一度もありませんでした?』
試すような、諭すような声音。
歳上に話すトーンじゃないよなと思いつつ、軽く天井を仰ぐ。
「会いたかった。……って言えば満足か?」
『ふふ、相変わらずツンツンしてますね。そんなところが可愛いけど』
かわ……。
男に使う言葉じゃない。注意してやりたかったけど、近くに客がいた為グッと堪えた。
「今、外にいるから……大した用じゃないなら後でかけ直すよ」
『外? 最寄り何処ですか? 俺も今仕事が終わったんです』
え。
電話だけでもめちゃくちゃ焦ってんのに、まさか今から会うのか?
それは困る。心の準備とかしてないし、髪も伸び放題だし。
『宙さん? 最寄り駅は?』
「あっ。カラシ」
『はい?』
「いや、ごめん。何でもない……」
大根には辛子だよな。辛子のない大根なんて言語道断だ。
練り辛子をカゴに入れ、深呼吸する。
『宙さん?』
「……これからおでん作ろうと思うんだけど、食いに来る? ……透夜」




