#3
「おはようございます! 今日は良い天気ですね」
「えぇ、ようやく梅雨明けですね」
忙しなく人が行き交う駅を抜け、落ち着いた小路の店に入る。
どれだけ月日が経ってもこの辺りは変わらない。やってくるお客さんは限られて、すぐ顔馴染みになる。
こじんまりとして華美ではないけど、人との距離が近く感じられる。
「いやぁ、本当に梅雨が終わって良かった。こうして戸波さんが来てくれるから」
「あはは……ほんとに、いつもお世話かけます」
叔父が経営するアクセサリーショップに再就職して二年が経った。宙は今も、時折現場に入って仕事を手伝っている。
若い女性スタッフはエプロンをつけ、思い出したように手を叩いた。
「あ! 私今日用事で早退するので……戸波さん、すみませんが閉店作業もお願いします」
「かしこまりました」
人は疎ら。今日も暖かく、ゆるやかな時間が流れる。夜になり、灯りをつける。ただでさえ閑寂な通りも音がやみ、すっかり一日の終わりを醸し出していた。
「ふぅ。レジ締めするか」
もう来客の気配はない。デスクの方へ向かおうとしたが、ベルの音が鳴り、ドアが開いた。
おっと。
踵を返して売り場に戻る。そこにはひとりの青年がいた。
「こんばんは。もう終わりですか?」
「……あぁ。後五分で」
エプロンを外し、腕に持ってからゆっくり傍へ向かう。そして悪戯っぽく微笑んだ。
「なにかお探しですか、旦那様」
「あはは! 良いですね、その呼び方」
彼は鞄を肩に掛け直すと、唇が当たりそうなほどの距離で囁いた。
「待ちきれなくて迎えに来ちゃいました。宙さん」
「あ……後ちょっとで終わるから」
閉店間際の来訪者は自分の恋人、透夜だった。誰もいないのを良いことに、露骨にべたべた擦り寄ってくる。
そんな彼を制し、宙は手早く仕事を終わらせた。
「お待たせしました。さ、早く出るぞ」
「何かご機嫌ななめです? 宙さん。職場に来たの嫌でした?」
「そ、そうじゃない。ただ待たせることになっちゃうだろ」
明かりを全て消し、二人で店を出た。戸締り確認し、宙は気まずそうに振り返る。
「何もないとこで待たせるのが申し訳なくて。どこかで休んでくれてれば、俺から迎えに行ったのに」
「そんなの大丈夫ですよ。俺は待つのも好きだし。ここは宙さんと初めて会えた特別な場所だから、……本当は毎日だって来たいぐらいだ」
透夜は嬉しそうに手を握ってきた。
「あと仕事頑張ってる宙さんを見ると元気出るるし! あ、でも俺みたいにひとりの男の子が来ても、誘惑しないでくださいね」
「一度も誘惑したことはないよっ」
肘で突いて反論すると、彼は楽しそうに笑った。その顔を見るだけで嬉しくてしょうがないんだから、俺も大概だ。
何年経とうと雨の日は憂鬱だけど、今は怖くない。
雨が降っていても、彼の隣にはいつも七色の橋が架かっている。
彼が隣にいる、この範囲だけはいつも晴れてるから。
「透夜」
何年経っても、この想いが霞むことはない。
「会いに来てくれてありがとな」
「ええと……それは、新卒のときの話ですか? それとも今日の?」
「全部だよ、全部」
月の光に照らされる石畳の道を歩く。以前なら気になって仕方なかった人の目も、もうまるで気にしなくなった。
そう変えてくれたのは、他でもない彼だ。
彼は不思議そうに首を傾げたが、ゆっくり俺の手を引いて引き寄せた。その薬指には、俺と同じシルバーリングが嵌められている。
遠い昔彼に渡した、琥珀色の石を中心に輝かせて。
「改まって言われると、嬉しいより恥ずかしいが勝りますね」
「お~、いいぞ。たまにはお前が照れろ」
「もう……時々意地悪なんだから」
そんなところも好きだけど、と言って、遠夜は宙の唇を掠めとった。
「さ。これからどこに行きます?」
「おまっ……外で……!」
「まあまあ。ご飯でも良いし、映画でもいいし、ナイトイベントでもいいですよ。なんせ今日は恋人三年目の記念日ですから」
どこかが足りなくても、ひとは補って生きていく力を持っている。
宙は密かに笑って、透夜の手を握った。
ずっと想い続けてくれたひとがいる。どんなに冷たい水たまりに足を入れてしまっても、すぐに引き上げてくれる人が。
「宙さん、どこがいい?」
綺麗な球体じゃなくてもいい。
石は欠けるほどに反射し、光り輝く。
「~~……っ。どこにでも行くよ」
幸せにする自信なんてなくてもいい。一緒に生きると決めたら、それだけで充分だから。
そう教えてくれた彼の為に、俺はどれだけフラついたとしても前へ進もう。
自ら彼の胸に飛び込むと、彼は泣きそうな顔で笑った。




