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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
一石

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2/21

#2



募集したところで誰も来ないし、いずれ呆れられ、向こうから去っていくに決まってる。

「俺はそういうの向いてないから。ずっと独り身かな」

苦笑しながら答えると、彼は急に険しい顔で前を塞いだ。

「宙さんが一生独りなんて、ありえませんよ。俺が保証します」

「そ、そう……? ありがとう」


お世辞だと分かってるけど、あまりに真っ直ぐな瞳で言いきるから否定できなかった。


不思議な子だ。

本当は俺なんかより、気のおけない友達や受験勉強に時間を割くべきだろうに。


せっかくの晴れの日を奪って良いんだろうか……。


楽しいからこそ募っていく不安がある。けど、彼から与えられる光が、会う度に視界を明るくする。

優しくされることも慣れてないし、半トーン高い声で話すのも慣れてない。でも必死に彼と同じ目線になろうとしていた。


そして、確かに救われていた。


この気持ちの正確な名前は分からないけど、間違いなく言えることがある。


俺はこの子が好きだ。



「洋館巡り楽しかったですね!」

「ね。でも、渋いね。透夜君なら遊園地とかの方が好きそうだけど、こんな静かな場所を歩くだけで良かったの?」

「遊園地。好きですけど、宙さん絶叫系平気なんですか?」

「駄目」

「ほら」


笑い合って、近くの繁華街に入った。ここは観光地で、カップルやファミリーはもちろん、修学旅行生も多い。

「どうしよう。豚角煮まんは絶対食べたいんですけど、パンダ餡饅も絶対……死ぬほど食べたい」

死んでも食べたい、じゃなくて死ぬほど食べたい、なのか。それはちょっと薦められないけど……。

「じゃあ一個ずつ頼んで、半分こしようか」

「あぁ! そうしましょ!」

饅頭を買って、道の端に寄った。皆食べ歩きをしてるから、俺達も互いに半分に割る。

「はい、宙さん。あーん」

「え!?」

でも彼は、半分にした饅頭を俺の口元に差し出してきた。

いやいや、カップルじゃないんだから!

自分で食べるよ、と言いたかったけど、眼をキラキラさせて待ってる彼を見たら嫌だとは言えなかった。

頼む、誰も見ないでくれ。密かに祈りながら、差し出された饅頭を口にした。

こし餡が死ぬほど熱かった。


「どうですか? 美味しい?」

「うん……」


間違いなく舌と上顎を火傷した。微妙な反応をしてしまったけど、俺も負けじと豚角煮まんの半分を透夜くんに差し出す。


「ほら。あーん」


彼にもこの羞恥心を味わってほしいとやり返したけど、これ、自分で口にするのもかなり恥ずかしいな。

しかも透夜くんは何の躊躇いもなく饅頭にかじりつき、「うまー」とハフハフしている。


何か俺の方が顔熱くなってて悔しい……。


それにしても、彼の人なつこさは素で間違いないみたいだ。

きっと周りから愛されて育ったんだろう。

ちょっとだけ羨ましくもあるけど、できればずっとそのままでいてほしい。


「宙さんは何で彼女作らないんですか? そんなに綺麗なのに」

「俺の恋愛事情なんか知っても楽しくないと思うよ。あと綺麗じゃない」


フルーツ飴を渡して、近くの壁にもたれかかる。俺はもう腹がいっぱいで、これ以上食べられそうになかった。

「綺麗です。今まで見た男の人の中で一番綺麗です」

「ふぅ……」

ため息をついてしまったのは、素直に「参った」と思ったからだ。

顔と胸が熱い。生まれて初めて言われたし、周りに聞こえてないかとヒヤヒヤする。

「クラスの女の子にもそうやって言い寄ってない?」

「してません!! 命懸けます!!」

尋常じゃなく大きい声が返ってきた為、質問した俺の方が「ほあっ」と情けない声を上げてしまった。


「女子に告白されることはありますけど、知らない子のことが多いし、知りたいとも思わなかった。でも宙さんは違う。初めて、もっとたくさん知りたいと思ったんです。友人や先輩みたいな、切ろうと思えば簡単に切れる関係じゃなくて……もっと一緒にいたい」

「それって……」


告白じゃんか。

喉元まで出かかった言葉は、すんでのところで叩き落とされた。


「俺は宙さんが好きです」


言葉の意味や感情より、一番に頭に浮かんだのは綺麗な声だ、ということ。

あまりに自然過ぎて、告白だと気付くのに数秒かかった。

「……っ」

でも、俺には誰かと付き合えるような資格はない。


「俺も……遠夜くんのこと好きだよ。友達っていうか、本当の弟みたいで」


少しわざとらしくなったかもしれないが、精一杯の笑顔で答えた。

少し逸れて路地に入り、賑やかな大通りを横目に見る。

楽しい、どころかずっと一緒にいたい。

でも俺なんかに使う時間があったら、他のことに使ってほしいと本気で思った。卑下してるわけでも、意地悪でもない。……彼のことが本当に好きだから。


人間には二パターンいる。日向を歩く人と、日陰を歩く人。

ちょっとフラフラ迷っただけで、ここみたいに日当たりの悪い道に入ってしまうんだ。ひとたびこちらに慣れると、表が眩し過ぎて、出ていくこともできなくなる。


彼は日向にいるべき人間だ。

俺は違う。ただでさえ低い位置から、今後さらに降下していくだけ。


「そろそろ帰ろっか。ちょっと曇ってきたし」


上手く話が逸れたことに安堵しながら日陰を出た。

透夜くんはなにか言いたそうにしてたけど、その言葉を聴く勇気がないから、彼の手を引いて通りまで進んだ。


「宙さんは、自分を卑下し過ぎだと思います」


最寄り駅まで送った際、透夜くんは不貞腐れたように頬を膨らました。

それが何か可笑しいのと可愛くて、思わず吹き出してしまった。

「何で笑うんですか。俺は怒ってるのに」

「え、そうなの? 全然怖くない。可愛いよ」

むくれてるところを見ると子どもだなぁとしみじみ思う。

改札口を抜けた彼が、低い柵越しにこちらへ来たので、頭を軽く撫でてやった。

俺の場合、自己肯定感なんてある方が疲れそうだ。

「俺なんかにここまで付き合ってくれたのは透夜くんだけだよ」

嘘じゃなく、事実だ。そう零すと、「宙さん」とまた名前を呼ばれた。


「俺はこれからも付き合っていきたいです。今度は弟でも友人でもなく……恋人として」

「こ……っ」


とうとう、逃れられない言葉を聞いてしまった。

瞼を閉じ、必死に逃げ道を考える。

「よく言うだろ、友達と先輩は選べって。恋人はもっとそう」

休日だから人の出入りが激しい。たくさんの人がやってきては、俺達の横を通り過ぎる。

「その通りです。それで、次はいつ会えますか?」

「…………」

何とか諭そうとしてるのに、彼はブレる気配がない。打たれ強いことに内心驚いた。


でも彼はこれから受験がある。同級生の友達と遊ぶことも大事だ。俺なんかに時間を割いたらいけない。

本当はずっと分かっていたけど、彼と過ごす時間が楽し過ぎてズルズル伸ばしてしまった。

俺は最低だ。もういい加減、彼を解放しないと。


「……いや、会えない。悪いけど、俺も春から会社員だし、忙しくなるから」

「でも雨の日は動けないんでしょう?」


時間が止まった。

頭を鈍器で殴られたみたいな衝撃に襲われ、立ちすくんだ。


「何で、それを」

「すいません。プライベートなこと訊くのはいけないと分かってたけど、宙さん時々顔色が悪いから気になって。……雨の日に店に行って、店長さんに訊きました。雨天の日は歩くのもままならない、重度の気象病だって……」


視界が霞む。心臓がいやに跳ねて、ばくばくうるさい音を立てている。耳も遠くなってるのか、周りの雑音がシャットアウトされた。


「普通に生活するのも大変だって聴きました。でも俺、なにか貴方の力になれないかと思って……貴方が困った時に、傍で支えていきたいんです。初めて会った日、俺を助けてくれたみたいに」


そう叫ぶ透夜の目元は赤い。まるで泣いてるみたいに。

自分に対する歯がゆさと負い目。彼の優しさで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


まずいと思った。

このままじゃ本当に彼を好きになる。


でも駄目だ。

大事で、幸せになってほしい彼だからこそ……俺と一緒にいてはいけない。


「そんなの……仕事なんだから、親切にするのは当然だよ」


震えそうになる声を必死に振り絞り、吐き捨てた。

拳を強く握り締め、彼の眼を見返す。少しでも気を抜いたら心が揺れてしまいそうだったから、容赦ない雨の冷たさを思い出していた。

優しくしたいって思ったばかりなのに、自分が弱いせいで彼を傷つけようとしている。


「優しくても、知らない人を簡単に好きになっちゃ駄目だよ。俺みたいに、雨の日だけ介護に呼ばれる関係にされかねないし」


これ以上は無理、というぐらい皮肉を込めて言い放った。存外返ってきた言葉は、また俺の予想の斜め上をいくもので。


「それでも構いません。貴方が望むなら」




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