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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
六石

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18/21

#3



彼は立ち上がり、再び目の前に佇んだ。片手を取られるのと同時に、胸元に引き寄せられる。息が当たりそうなほど近い距離で覗くと、彼の瞳は宝石のように揺らめいていた。


「お前、確かに男前になったよ」

「ありがとうございます。惚れ直してくれました?」

「……うん。計算高くもなったけど」


軽く笑って、前に倒れる。顔をうずめようとしたが、顎に手を添えられ、上向きにされる。ほのかにワインの香りがして、こっちまで酔ってしまいそうだった。


「宙さん。明日は雨ですから……無理しないで休んでくださいね」

「そっ、か」


スマホを取り出し、天気予報をチェックする。彼の言うとおり、今週は雨続きだった。


「いつも心配かけてごめんな」


透夜の仕事を知る前から、彼は俺の体調を気にかけてくれていた。

いいや、四年前から知ってたじゃないか。駅で告白されたあの日から。


いつしか彼方に追いやられた記憶。これはとてもすぐに拾いに戻れる距離ではない。


透夜にとって、俺が知らない四年間はどれほど長かったんだろう。


広くて小さい背中に手を回し、肩に顔を乗せた。

数年ぶりに感じる温もりに、目頭が熱くなる。

今はもう独りじゃないんだ。


「透夜」


それは全部、弱い自分を待っててくれた彼のおかげ。


「俺、お前に色んなもん貰ってばっかだろ。でも俺はお前にあげられるものが何にもないんだ」


恋愛経験ないし、仕事を変えてまぁまぁ生活きついし、家は狭い賃貸だし、車はボロいし。

こんなに好いてもらっても何もあげられない。


「だから……だから俺の人生をやるよ。雨の日は必ず支えてくれるお前に、晴れの日の俺は、全部お前にやる」


ちょっと日本語変だったかな。

不安に思っていると、透夜はうーん、と唸って床に膝をついた。


「それだと三百六十五日俺に捧げることになりますよ? 俺は元々、晴れの日の貴方も独り占めするつもりなんだから」

「そうか」

「そうです」


無言で見つめ合い、可笑しくて笑った。このやり取りももう何度目だろう。


「俺もお前を独り占めしたい。……って言いたいところだけど、四年前から心を奪っちゃってるみたいだから、これ以上欲張ったら駄目だな」

「あはっ。喜んで差し上げますよ。俺も全部貴方に奪われたいから」


またまた、彼は刺激的なことを言ってくれる。


「じゃあ本当に攫っちゃおうかな」


なんて、そんなことしたら彼の親御さんに殺されるな。


でもいつか、彼のご両親に挨拶に行く日が来るのかもしれない。その時は死を覚悟で行かないとな。


後悔はないし、不安もないんだ。強いて言うなら、彼がいつか誰かに心ない言葉を投げかけられる時が怖い。

どんなに頑張っても俺達のような人間を理解できない人が大勢いる。ただ何気ないひと言が、鋭利な刃物に変わる。


俺はその類の痛みは慣れっこだけど、透夜のことだけが心配だ。


自分が傷つくより、彼が傷つく方がずっと痛くて、苦しい。


「宙さん」


目の前に暗い幕が降りかけていた時、優しい声が聞こえてハッとした。

見ると、目の前にいる透夜がゆっくり俺の頭を撫で始めた。

「何だよ」

「不安そうな顔してたので、つい」

あ、顔に出てたか。

バツが悪くて軽く頬を掻く。今度は俺の方がヨシヨシされてしまった。


「おい、もう大丈……」

「大丈夫ですよ」


手を振り払おうとしたが、俺の言葉に被せ、彼は腕を掴んできた。


「これから先何があっても、絶対貴方の傍にいます。独りになんてさせないから」


……。


太陽のように真っ直ぐな視線を受け、息を飲む。


懐かしい記憶が蘇ってきた。昔、二人で出掛けた時に掛けてもらった言葉に似ていたからだろうか。

ずっと独りでいるなんて有り得ない、と断言してくれた……あの時から、彼は俺を想ってくれていた。


「俺は貴方が好きです。宙さんは、俺のこと好きですか?」

「う……」


答えたら駄目だ。今の気持ちを正直に打ち明けたら、本当に彼を縛り付けてしまう。

「いや……お前は、本当に弟みたいな存在で」

彼の優しさと愛情を否定しようとする喉が、焼けるように痛い。両の手を繋ぎ、額を擦り合わせた。


「じゃあどうして、今にも泣きそうな顔をしてるんですか」


そんなに酷い顔をしてるのか?

鏡を見に行きたかったけど、ぐっと唇を噛み締める。

けどそれは、彼の長い指によって防がれた。

「宙さんが本当に安心できるまで、何百回でも言いますよ」

「言わんでいい! お前の気持ちはよく分かった……!」

彼の指を外し、頷いてみせる。


「……分かってたよ……」


その気持ちから逃げ、認めようとしなかったのは、すべて俺の弱さ故だ。

彼の為と言いながら、自分が傷つくのが怖かった。


好きだから。彼のことが本当に大好きだから、小さなことでも不安になってしまう。怖くて怖くてたまらない。


約立たずと淘汰されたときの比ではない。この世界から、生きた証すら消し去ってしまいたくなるほど……。


「俺は自分のことより、お前の未来のことばっか考えてる。本当はお前を幸せにしてやりたいんだ。でも、それができなかった時のことばかり考えて、怖くなる……!」

「……それが本心。で間違いないですね?」


後ろめたい心情とは裏腹に、透夜は優しい顔でこちらを見ていた。


「う、うん」

「良かった。じゃあやっぱり、宙さんも俺のことが好きなんだ」


あ。

しまった、と思った時には、もう唇を塞がれていた。

一瞬のことで反応できず、透夜の顔が離れていくさまがスローモーションのように見えた。

時が止まる。


「貴方の気持ちを聴き出すのに五年はかかっちゃいました」

「……っ」


目元を撫でるように滑らしていた手は、後ろに回った。

前に倒れ込み、力強い腕に抱かれる。


「もう認めてくれますよね? 俺のことが大好きだ、って」

「……さりげなく大とかつけるな」


笑顔の彼を叱ったけど、本当は俺の方が怒られるとこなんだろうな。

四年も待たせてこの素っ気なさは、俺が透夜だったらかなりショックだと思う。だからもう、潔く認めて、彼を抱き留めないといけない。


「大好きじゃない。大、大、大好きだ」


腰を浮かせ、今度は俺の方から彼にキスした。


「愛してるよ、透夜」


やっぱり俺の方が大人だし、好きの重さで言ったら負けてない。

こんなにも簡単に声に出てしまうぐらい、想いを押し殺していたんだから。


透夜は驚いたように瞬きを繰り返したが、すぐに「宙さん!」と笑顔で抱き着いてきた。バランスを崩し二人して床に倒れる顛末となったが、これ以上なく幸せな時間。幸せな日になった。




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