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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
六石

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17/21

#2



仕事終わり、買い出しをしてから自宅へ向かう。

アパート前の駐車場を歩いているとちょうど見覚えのある人物が見えた為、ゆっくり声を掛ける。


「透夜。おかえり」

「宙さん! ただいま」


仕事帰りの透夜は、こちらを認めると小走りでやってきた。

「買い物に行ってたんですか? お疲れ様です」

「おー。これお土産。北海道の物産展やっててさ、色んなチーズ売ってたから買っちゃった。ワインもあるし、たまには飲みな」

「わ、すごい美味そう。ありがとうございます」

透夜は目を輝かせて家に入った。食べることが大好きな彼には、ついつい珍しい食材を持ってきたくなる。

彼が笑うと、こっちも自然と笑みがこぼれる。嬉しくなる。


「俺、今本当に幸せです」

「…………」


恋人ではなく、あくまで友人。それでもこんなに……。


こんなにも心が満たされるものなのか。

全身が温かくて、優しくなりたいと思えて。もっともっと笑ってほしい、と強く願うものなのか。

分からない。

この想いの正体を知ってはいけない気がしていた。


「俺も。独りが当たり前だったのに、お前が来てから毎日、し……幸せだよ。仕事も体調も問題ばかりなのに、こんな風に楽しんじゃって良いのかな」


そう零すと、彼は強い口調で告げた。


「もちろん。宙さんは、今までが辛いことばかりだったんですから……それに幸せになるのは誰にとっても当然の権利です」


真剣な眼差しに息を飲む。

優しい、心地いい言葉を返してくれる人は確かにいた。

それでも、同じ言葉でもこれほどまでに心を揺さぶってくれる人は、彼の他にいない。


「ありがとう」


それほど彼が特別ということなんだ。

おつまみ用にチーズを並べ、彼の為に手頃なテーブルワインを注ぐ。俺はお茶にして、席についた。


「俺は、苦しいのが普通だからさ。楽しいことばかり続くと、そのうちバチが当たる気がして」


足を伸ばして天井を仰ぐ。

昔からなにかを望むと悪いことが起きた。楽しいことと悲しいことは常にセットで、前者のみは有り得ない。

その刷り込みこそ、この弱さの代償かもしれない。


目を細めてため息をつくと、目の前に回った透夜が俺の額に触れた。


「じゃあ、おまじないをしましょう。悪いことから身を守るおまじない」

「そんなんあるのか?」

「ええ。ちょっと目を閉じてください」


言われるまま瞼を伏せる。一体どんなおまじないだろう。

ワクワクして待っていると、チュッ、と可愛らしい音が額のあたりで鳴った。


「はい。終わりました」

「……コラ」

「何で怒るんですか。何千年も前から効果が実証されてる、愛する人の口付けですよ?」

「おまじないではないだろっ。愛……とかも平気で言うな」


全く、こういうところは本当タラシだよな。

照れ隠しで顔を背けてみるけど、彼にとってはそれも楽しくて仕方ないらしい。席に戻り、大袈裟なため息をつく。


「はぁ……こうやってエネルギーチャージできるから、一緒に暮らせて本当に良かった」

「俺はだいぶ養分吸い取られてるよ」


早くもグラスを空にし、透夜は頬をつついてきた。

「そうだ。道流の奴から連絡がきてて、また今度宙さんとゆっくり飲みたいって言ってました」

「あぁ……!」

グラスにワインを注ぎ、ゆっくりテーブルに置く。

そういえば、この前は自分がコーヒーをこぼした為慌ただしくお開きにしてしまったのだ。


「あんな事したのにまた会いたいって言ってくれるなんて、ほんと良い子だな。今度は握手させてくれ」

「別に大したことじゃないと思いますけど……でも確かに、道流は裏表とかないから」


透夜は再びワインを口にし、わずかに赤みを帯びた頬を隠すように肘をついた。

「俺は学校の奴らと遊ぶつもりはなかったので、基本ひとりで過ごしてたんです。でも道流はやたら俺に付き纏ってきて、長い戦いの末、負けたんですよね」

「勝ち負けなのか……?」

「あはは。とにかく、大学では一番仲良かったです。けど就職してからはお互い忙しくて」

孤高の人を貫いていたというのも意外だったけど、懐かしそうに話す透夜を見て、何だか胸の中がキュッとした。


「やっぱりな。彼、お前を見つけた時嬉しそうだったもん」

「そうですか? 宙さんって、よく人の表情見てますね」

「クセみたいなもんだよ」

思えば物心ついた時から顔色を窺う習慣があった。父と母の機嫌を損ねることが一番不安だったし、場の空気を壊すことが恐ろしくてたまらなかった。


それを辛いと思う感覚すら麻痺してしまったらしい。


「じゃあ、俺が道流と仲良くしてるところを見てどう思いました?」

「どう……って」


俺をいじるときの透夜は、不敵な笑みになる。それに気付いたとき、猛烈に恥ずかしくなった。


「どうもしないよ」

「本当に?」


手が重なる。振り払おうと思えば振り払えたのかもしれないけど、横から注がれる視線が気になって固まった。

彼はどこを見ているんだろう。俺の顔か、首元か……どこも火照って、赤くなってる気がする。


「……もう、あんま見るなよ」

「あはは、見るぐらいいいじゃないですか。欲を言えばもっと触りたいけど」


指の間に、彼の指が滑り込む。ごつごつした手触りに、何故か背筋がぞくっとした。

「は……」

視線と手のひらだけで、心を裸にされたみたいだ。


「道流に妬いたりしませんでした? ……宙さん」


唇に人差し指を当てられる。見上げた俺は、どんな顔をしていただろう。

多分、相当真っ赤になってるはずだ。目が合った透夜が、これ以上ないほどニヤけていたから。


「宙さん。大丈夫だから、隠さないで」


向かい合い、テーブルの下でつま先が触れる。


「どんな小さな感情も俺に伝えて。嬉しい時も、怒った時も、悲しい時も。昔と違って、全部まるごと受け止めるから。心配しないで、さらけ出してください」




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