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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
五石

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14/21

#2



とある日、いつもと違い本店のヘルプに行った。すると偶然帰り道に三澄さんと会った。

「お疲れ様です。ちょうど仕事終わりですか?」

「はい。たまたまこっちで打ち合わせがありまして……宙さんもあちらこちらに出向かないといけなくて、大変ですね」

駅に向かい、普段使っている路線へ乗り換える。三澄さんもだいぶお疲れのようで、目の下にクマがあった。


「眠れてます?」

「うーん、微妙かな。よく眠れるようになるパワーストーンとかあります?」

「あることはありますよ。でも何か、商売ばかりしてるみたいで気が引けますね……」


苦笑しながら電車に揺られる。

『まもなく横浜……横浜です』

満員電車の為、ドアの端っこに追いやられる。押し潰されそうになったものの、三澄さんが前に回ってスペースを作ってくれた。

それは良いけど、ドアの窓ガラスに手をつく彼と、尋常じゃなく近い距離になる。


「……じゃあお店ではなく、落ち着ける場所でお話してみたいです」

「え……と」


ガラス玉のような瞳に、自分の顔が映る。

別に少しお茶するぐらいなら構わないけど、……その前に透夜に連絡を入れたい。

返答に迷ってる間に次の駅に着いてしまい、大勢の人と一緒にホームを降りた。


「どうでしょう、宙さん」

「あ……ちょっと待ってください、その……」


一度連絡の為スマホを取り出そうとした。ところが後ろから押してきた男性とぶつかり、バランスを崩す。

「うわっ!」

スマホも落としてしまい、目立つ場所で転ぶ羽目になる……そう覚悟したのだが、傾いた身体が地面につくことはなかった。

腰を支える力強い腕と、白い首筋。それが見えた時、安堵のあまり目頭が熱くなった。


「透夜……っ」

「宙さん! ……大丈夫ですかっ?」


またまたすごい偶然。透夜とバッタリ会い、転びそうなところを助けられた。

「うん。ありがとう……」

しっかり地に脚をつけた後も、何故か中々彼の服から手が離れようとしなかった。

あれ、おかしいな……。


人の目もあるし、早く離れないといけないのに。


「あ。宙さん、良かった……!」


人波に流されそうだった三澄さんも、俺の顔を見ると胸を撫で下ろし、落としたスマホを渡してくれた。

「すみません、三澄さん」

「あれ、こちらの方は? ご友人ですか?」

尋ねられて、思わず透夜の顔を見る。そういえば透夜には三澄さんの名前も聞かせていた。最近仕事で関わっている人だと、彼ならもう気付いているだろう。


「はい、俺の後輩の……」

「初めまして、才木透夜です。宙さんと一緒に住んでます」


俺の言葉を遮るように、透夜は一歩前に出た。

何かちょっと変な感じ。

気まずさから逃げ出したくなるけど、そういうわけにもいかない。それに俺は、まだ透夜から手を離せずにいた。


「あぁ、貴方が……。初めまして、三澄と申します。宙さんとも話していたんですが、もし良ければこれからお食事でもいかがですか?」


三澄さんは屈託のない笑顔で手を差し出した。

「……」

透夜はその手を取り、握りはしたものの、低い声で笑った。

「ありがとうございます。……せっかくですが、今日はご遠慮します。宙さんは体調が良くないみたいなので」

「えっ」

三澄さんは俺の方を見て、心配そうに尋ねてきた。

「そうだったんですか? すみません宙さん、そうとは知らずに……!」

「い、いえいえ。大丈夫ですよ!」

思わず即答して手を振ったが、何故か透夜から凄まじい視線を感じて口を閉じた。


でも確かに、透夜の視線を抜きにしても寒気がする。足元が不安定で、気を抜いたら風が吹いただけで倒れてしまいそうな感じ。

湿度が上がっている。これって、まさか。


「ご心配なく。これでも医療職なので……責任持って、彼は連れ帰ります」

「あ、えぇ……。どうぞ宜しくお願いします。宙さん、それではまた」

「は、はい! 本当にすみません!」


透夜に肩を支えられ、ホームを後にした。だだっ広い駅の中は人混みに酔いそうになる。

透夜はふと足を止めると、俺の方に振り返り、そして手を掴んだ。


「ほんと貴方ってひとは……何が大丈夫なんですか。そんな、今にも倒れそうな顔して!」

「う。透夜、耳元で大声出さないでくれ。マジで倒れそう」


ほんの少しの間に、みるみる具合が悪くなってきてしまった。

壁際に移動し、近くの柱に手をつく。人の話し声に吐き気を覚えるようじゃ終わりだな、と思った。


「今日雨だったっけ……?」

「急に変わったんです。外はそれなりに降ってますよ」


下を向いていると、通りゆく人達の靴と長傘が目に入る。気付かずあのまま三澄さんと出掛けていたら、間違いなく迷惑をかけていた。

「休めるカフェとかあればいいんですけど、どこも混んでてすぐ入れそうにないんですよね。ごめんなさい……」

「お前が謝ることなんか何もないよ。むしろ巻き込んでごめんな。俺はここでちょっと休むから、先に帰ってな」

そう言うと、透夜は拗ねた子どものように頬を膨らました。


「俺が貴方ひとりを置いて帰ると思ってるんですか? そんっ……な無責任な男じゃありません! 見くびらないでください」

「み、見くびってるわけじゃないです……」


反射的に敬語で返し、それでも申し訳なさに彼の胸を押した。


「俺が辛いんだ。俺のせいで、お前を振り回すことが辛くて仕方ないんだよ……!」


たくさんの人が行き交うというのに、声を振り絞って叫んだ。


「お前は優しいから、大丈夫って言ってくれるだろ。絶対俺を責めない。文句ひとつ言わず、当たり前みたいに支えてくれる。その優しさに返せない、報いることができないのが死ぬほど辛いんだ。生きてんのが本気で嫌になる。俺はこんなにも……お前に色んなものを貰ってるのに」


「宙さん……」


顔を見なくても、透夜が戸惑っていることが分かった。

……またこんな風に困らせて。本当の本当に、俺はどうしようもない奴だ。

視界が急激に歪み、霞んだとき、……自分は泣いてるんだと分かった。


「ごめん。ごめん、透夜」

「謝らないでください。……って言っても、宙さんは謝る人ですもんね。だから大丈夫です」


肩を掴まれ、抱き寄せられる。

「透夜、人が……」

「皆、言うほど気にしてませんよ。むしろ耐性をつける良い練習だと思って」

「そんな耐性つけんでいい……っ」

「アハハ。落ち着いたら、俺の手を握ってください。深呼吸して、考えることも全部やめて」

身長差があるせいで、彼の首元しか見えない。音は騒がしいのに、見える範囲は家にいる時と変わらない、彼の姿だけ。

それだけで、怖いぐらい安心する。


「大丈夫です。俺は貴方が思ってるよりずっと強い。……強くなった。安心して、全体重かけてください」

「……っ」


だから、どうして。

俺が欲しい言葉を次々にくれるんだ。


「帰れない時は、無理して帰らなくていいです。今、すぐそこのホテルもとったので」

「え? 嘘だろ?」

「本当です」


ほら、とスマホの画面を見せられる。確かにそこには、ホテルの予約完了画面が映し出されていた。仕事速すぎだ。


「どんな場所にも抜け道があります。抜け道がないなら、進まないで戻ったっていい。安心できる場所が、貴方にとって一番良い環境なんだから」




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