#2
とある日、いつもと違い本店のヘルプに行った。すると偶然帰り道に三澄さんと会った。
「お疲れ様です。ちょうど仕事終わりですか?」
「はい。たまたまこっちで打ち合わせがありまして……宙さんもあちらこちらに出向かないといけなくて、大変ですね」
駅に向かい、普段使っている路線へ乗り換える。三澄さんもだいぶお疲れのようで、目の下にクマがあった。
「眠れてます?」
「うーん、微妙かな。よく眠れるようになるパワーストーンとかあります?」
「あることはありますよ。でも何か、商売ばかりしてるみたいで気が引けますね……」
苦笑しながら電車に揺られる。
『まもなく横浜……横浜です』
満員電車の為、ドアの端っこに追いやられる。押し潰されそうになったものの、三澄さんが前に回ってスペースを作ってくれた。
それは良いけど、ドアの窓ガラスに手をつく彼と、尋常じゃなく近い距離になる。
「……じゃあお店ではなく、落ち着ける場所でお話してみたいです」
「え……と」
ガラス玉のような瞳に、自分の顔が映る。
別に少しお茶するぐらいなら構わないけど、……その前に透夜に連絡を入れたい。
返答に迷ってる間に次の駅に着いてしまい、大勢の人と一緒にホームを降りた。
「どうでしょう、宙さん」
「あ……ちょっと待ってください、その……」
一度連絡の為スマホを取り出そうとした。ところが後ろから押してきた男性とぶつかり、バランスを崩す。
「うわっ!」
スマホも落としてしまい、目立つ場所で転ぶ羽目になる……そう覚悟したのだが、傾いた身体が地面につくことはなかった。
腰を支える力強い腕と、白い首筋。それが見えた時、安堵のあまり目頭が熱くなった。
「透夜……っ」
「宙さん! ……大丈夫ですかっ?」
またまたすごい偶然。透夜とバッタリ会い、転びそうなところを助けられた。
「うん。ありがとう……」
しっかり地に脚をつけた後も、何故か中々彼の服から手が離れようとしなかった。
あれ、おかしいな……。
人の目もあるし、早く離れないといけないのに。
「あ。宙さん、良かった……!」
人波に流されそうだった三澄さんも、俺の顔を見ると胸を撫で下ろし、落としたスマホを渡してくれた。
「すみません、三澄さん」
「あれ、こちらの方は? ご友人ですか?」
尋ねられて、思わず透夜の顔を見る。そういえば透夜には三澄さんの名前も聞かせていた。最近仕事で関わっている人だと、彼ならもう気付いているだろう。
「はい、俺の後輩の……」
「初めまして、才木透夜です。宙さんと一緒に住んでます」
俺の言葉を遮るように、透夜は一歩前に出た。
何かちょっと変な感じ。
気まずさから逃げ出したくなるけど、そういうわけにもいかない。それに俺は、まだ透夜から手を離せずにいた。
「あぁ、貴方が……。初めまして、三澄と申します。宙さんとも話していたんですが、もし良ければこれからお食事でもいかがですか?」
三澄さんは屈託のない笑顔で手を差し出した。
「……」
透夜はその手を取り、握りはしたものの、低い声で笑った。
「ありがとうございます。……せっかくですが、今日はご遠慮します。宙さんは体調が良くないみたいなので」
「えっ」
三澄さんは俺の方を見て、心配そうに尋ねてきた。
「そうだったんですか? すみません宙さん、そうとは知らずに……!」
「い、いえいえ。大丈夫ですよ!」
思わず即答して手を振ったが、何故か透夜から凄まじい視線を感じて口を閉じた。
でも確かに、透夜の視線を抜きにしても寒気がする。足元が不安定で、気を抜いたら風が吹いただけで倒れてしまいそうな感じ。
湿度が上がっている。これって、まさか。
「ご心配なく。これでも医療職なので……責任持って、彼は連れ帰ります」
「あ、えぇ……。どうぞ宜しくお願いします。宙さん、それではまた」
「は、はい! 本当にすみません!」
透夜に肩を支えられ、ホームを後にした。だだっ広い駅の中は人混みに酔いそうになる。
透夜はふと足を止めると、俺の方に振り返り、そして手を掴んだ。
「ほんと貴方ってひとは……何が大丈夫なんですか。そんな、今にも倒れそうな顔して!」
「う。透夜、耳元で大声出さないでくれ。マジで倒れそう」
ほんの少しの間に、みるみる具合が悪くなってきてしまった。
壁際に移動し、近くの柱に手をつく。人の話し声に吐き気を覚えるようじゃ終わりだな、と思った。
「今日雨だったっけ……?」
「急に変わったんです。外はそれなりに降ってますよ」
下を向いていると、通りゆく人達の靴と長傘が目に入る。気付かずあのまま三澄さんと出掛けていたら、間違いなく迷惑をかけていた。
「休めるカフェとかあればいいんですけど、どこも混んでてすぐ入れそうにないんですよね。ごめんなさい……」
「お前が謝ることなんか何もないよ。むしろ巻き込んでごめんな。俺はここでちょっと休むから、先に帰ってな」
そう言うと、透夜は拗ねた子どものように頬を膨らました。
「俺が貴方ひとりを置いて帰ると思ってるんですか? そんっ……な無責任な男じゃありません! 見くびらないでください」
「み、見くびってるわけじゃないです……」
反射的に敬語で返し、それでも申し訳なさに彼の胸を押した。
「俺が辛いんだ。俺のせいで、お前を振り回すことが辛くて仕方ないんだよ……!」
たくさんの人が行き交うというのに、声を振り絞って叫んだ。
「お前は優しいから、大丈夫って言ってくれるだろ。絶対俺を責めない。文句ひとつ言わず、当たり前みたいに支えてくれる。その優しさに返せない、報いることができないのが死ぬほど辛いんだ。生きてんのが本気で嫌になる。俺はこんなにも……お前に色んなものを貰ってるのに」
「宙さん……」
顔を見なくても、透夜が戸惑っていることが分かった。
……またこんな風に困らせて。本当の本当に、俺はどうしようもない奴だ。
視界が急激に歪み、霞んだとき、……自分は泣いてるんだと分かった。
「ごめん。ごめん、透夜」
「謝らないでください。……って言っても、宙さんは謝る人ですもんね。だから大丈夫です」
肩を掴まれ、抱き寄せられる。
「透夜、人が……」
「皆、言うほど気にしてませんよ。むしろ耐性をつける良い練習だと思って」
「そんな耐性つけんでいい……っ」
「アハハ。落ち着いたら、俺の手を握ってください。深呼吸して、考えることも全部やめて」
身長差があるせいで、彼の首元しか見えない。音は騒がしいのに、見える範囲は家にいる時と変わらない、彼の姿だけ。
それだけで、怖いぐらい安心する。
「大丈夫です。俺は貴方が思ってるよりずっと強い。……強くなった。安心して、全体重かけてください」
「……っ」
だから、どうして。
俺が欲しい言葉を次々にくれるんだ。
「帰れない時は、無理して帰らなくていいです。今、すぐそこのホテルもとったので」
「え? 嘘だろ?」
「本当です」
ほら、とスマホの画面を見せられる。確かにそこには、ホテルの予約完了画面が映し出されていた。仕事速すぎだ。
「どんな場所にも抜け道があります。抜け道がないなら、進まないで戻ったっていい。安心できる場所が、貴方にとって一番良い環境なんだから」




