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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
四石

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12/21

#3




「あ、宙さん! このカップ素敵じゃないですか?」

「ん? おぉ……ん!?」


透夜の引越し作業も無事に終わり、同居を始めて早一ヶ月。

二人で近くのショッピングモールへ買い物に行った。……のは良いのだが、透夜はごくごく自然に俺の手をとり、自身の方へ引き寄せた。


「透夜、心配しなくても呼ばれたら行くから」

「あ、すみません!」


透夜は慌てて手を離した。

悪気ない行為だから胸が痛くなるけど、やっぱり人目は気になる。


一緒に住まないかと持ち掛けたのは俺の方。これが如何に思わせぶりで、期待させるようなことか、自覚はしている。

ただ彼の役に立ちたかった。幸い家事はできるし、生活費も抑えられるし、社会人になりたての彼をフォローできるんじゃないか、と思ったのだ。


でもやっぱりこれ、最大の悪手だよな……!


彼の為を思うなら突き放すべきなのに、あの日の夜は本当にどうかしていた。

俺は透夜をどうしたいのか。彼の人生に責任をとれるかも分からないのに、烏滸がましいにも程がある。


拳を痛いぐらい握り締め、俯いた。

今や彼を振り回し、束縛してしまっている。一体どうやって、この罪を償えばいいだろう。


自己嫌悪のエンドレスループを繰り返していると、透夜が心配そうにこちらを覗き込んできた。


「宙さん、大丈夫ですか? 少し顔色が悪い気が……」

「あっ。いや……」


「あれっ? 透夜じゃん! 久しぶり!」


ん?

明るい声に振り返ると、透夜と同じ年頃の青年が不思議そうにこちらを見ていた。

「道流。あれ、今日休み?」

「おー、俺不定期シフトだからさ。あれ、こっちの方は?」

興味津々で見つめてくる青年に、猛烈に不安を覚える。


透夜、間違っても好きな人とか言うなよ……!


それをしたら俺もお前も苦境に立たされるからな。

切羽詰まった視線とオーラに気付いたのか、透夜は驚くほどの低音ボイスで答えた。


「前のバイト先の先輩」


偉い!

ちょっと怖いけど、スタンディングオベーションしても良いぐらい、心の中で賞賛した。


「戸波宙です。初めまして」

「どうも、鶴屋道流つるやみちるです。透夜とは大学の時の友達です」


朗らかに笑う道流は、透夜と会えて嬉しそうだ。

透夜もいつになく穏やかに見えるし、かなり仲が良いのだろう。懐かしそうに話す二人を見て、ホッとしつつ、疎外感を覚える。

いや、違うな。何だろう、この感じ。

俺が知らない透夜の顔を見ているのが、しんどい。


ここに留まるのが何故か息苦しくなって、自分でも戸惑う。何とか気を取り直し、声を絞り出した。


「……透夜。久しぶりみたいだし、道流君とどこかで話したら? 俺はひとりで他のとこ見てるから、遠慮しないで」

「あ! いやいや、大丈夫ですよ戸波さん。お休みのところ邪魔してすみませんでした」


透夜が反応する前に道流が手を振る。

「邪魔なんて。ただ買い物に来てただけだし、良かったらどこかお店に」

入ってください、と言ったところで、腰を強く引き寄せられた。


「と、透夜……?」

「それなら三人で。一緒に行きましょ、宙さん」


何だか分からないが、透夜の目つきは鋭い。まるで鷹が獲物を狙い飛び立つ時のようだ。何とも言えない恐ろしさにブンブン頷き、目の前のカフェを指さす。


「ごっごっごめん道流君。俺も一緒に……いい……?」

「もちろん! わ~、ありがとうございます!」


わいわいした若者の後を追い、眺めのいいテラス席についた。目の前には観覧車が見えて、ちょっとした非日常を感じられる。

俺と透夜はアイスコーヒー、道流君はチャイを頼んだ。


「そうだ! 透夜、お前憧れの人に告白できた?」

「えっ」


道流君の言葉に、透夜より先に反応してしまった。まずいまずい。

平常心を意識しながら少し前に乗り出すと、道流君は楽しそうに透夜を指さした。

「戸波さん、知ってます? こいつ五年近く片想いしてる人がいるんですよ。でもそれが歳上らしくて、子どもとしか思えないって言われて断られたんですって」

「へ、へえ。そうなんだ……」

何となく流れが分かり、思わず口元を手で覆った。


彼が話している相手は、恐らく俺がよく知ってる人物。


「だから就職するまで我慢するって断言して、合コンは絶対参加しなかったんです。すごい一途でしょ?」

「一途だね……」


気まず過ぎてオウム返しになる。よもやその相手が俺とは、道流君も夢にも思わないだろう。透夜を尻目に窺うと、不憫なほど顔を赤くしていた。

可哀想だけど可愛い。


「道流、もうその話は良いだろ」

「良くない! 俺は応援してたからずっと気になってたんだぞ!」


野次馬ではなく本当に透夜のことを想ってるのか、はたまた情熱溢れる子なのか。道流君は前のめりになって叫んだ。


「ちゃんとプロポーズしたのか? その人を支える為に必死に勉強して理学療法士の資格取ったんだろ!」


今、なんて……。


真偽を確かめようとした時、透夜がこちらを向いて叫んだ。

「宙さん! コーヒーこぼしてます!」

「え。うわっ、冷た!」

口元まで持っていってると思ったグラスは、自分の膝に注いでしまっていた。


「ひえぇ、よりによってやばい部分に……」

「おしぼりあるんで、トイレで拭きましょ!」


道流君は親切に、大量のおしぼりを持ってきてくれた。濃いネイビーのジーパンなのが幸いだったけど、めっちゃ冷たい。


「あー恥ずかしい」


いくら驚いたとはいえアホだ。男性トイレに入り、洗面台の前で必死に拭いていると、後ろの扉が開いた。


「宙さん、大丈夫ですか?」

「あ、ごめん。大丈夫だよ」


戻りが遅いことを心配したのか、透夜が心配そうに現れた。

「だいぶ薄まったよ。コーヒーくさいけど」

「ん~……そうですね……」

彼は長駆を縮め、俺の内腿を掴むと無理やり開かせた。すると結果的に股間を凝視してる構図となる。

瞬く間に羞恥心に火がつき、彼の肩を押した。


「と、透夜。あんまり近くで見ないでくれるか」

「え。あ、すみません! そういうつもりじゃ……!」


もちろん悪気がないのは分かってる。でも人が来たらやばいから、早々に距離をとった。

「せっかく店もいっぱいあるし、後でズボン買いに行っちゃ駄目?」

「もちろん良いです! 探しにいきましょう!」

透夜は即答したものの、顔を背けた。まだ少し赤い……のは、今のやり取りのせいだけではないだろう。


「なぁ。さっき道流君が言ってたこと、本当?」

「…………はい」


耳を澄まさないと聞き取れないほど小さな声が返ってきた。

透夜も気まずそうにしてるけど、俺はそれどころじゃない。


「初耳だよ。リハビリ系とは聞いてたけど……」


俺自身、症状が酷くて通院していた時期は理学療法士と関わったこともある。気象病は確立された治療法がないけど、普段の運動習慣も密接に影響している為、こまめなカウンセリングも受けていた。

でも、まさかそこまで……。


「も、元々目指してたのか?」

「そう……です」


あ、嘘だな。

彼は意外と分かりやすい。それも俺限定なのかもしれないけど。


「長年片想いしていた人っていうのは?」

「……ふぅ。ちょっと待ってもらえますか」


誰も来ないかハラハラしつつ、大人しく待つ。透夜は深く息をつくと、観念したように頭を掻いた。


「……だから、宙さんといる時に道流に会いたくなかったんですけどね」


おぉ。認めたな。

というか、そんな大変なことを知らされるとは。


「す、すごいじゃないか。合格するの大変だっただろ。国家資格だもんな」


やばい。お決まりの褒め言葉しか出てこない。

そうじゃないんだ。凄まじい努力をしたことは分かるし、心から尊敬するけど。俺が言いたいのはもっと、


「……そこまで、俺のこと好きでいてくれたんだ?」


超特大サイズのブーメラン。

自分で言った瞬間、恥ずかし過ぎて卒倒するかと思った。


対する透夜も、もはや何も言えず片手で顔を覆っている。


「しっかりしろ。いつかは絶対分かることだったろ」

「そうなんですけど……心の準備ができてなかったので」


心の準備っているのか?

不思議に思いながら、彼の真隣に移動する。


「……まいったな。俺、そこまでお前を狂わせてたのか」


俺の為に就職先を決める。それはほとんど、俺が彼の人生を決定したようなものだ。

それなのに透夜は、俺が拒絶できるぎりぎりのラインでで攻めよってきていた。

自分が透夜だったのなら、もっと強引にアタックしたかもしれない。そう思うと彼はまだ冷静で、慎重で、紳士に見える。


ていうか、これ以上取り繕うのは不可能だ。

恥ずかしい。恥ずかしい。…………嬉しい。


大好き、なんて言葉じゃ伝えきれない。


「すごく申し訳ない。でも、……ありがとう」

「…………そう言ってもらえると、俺も嬉しいです」


二人揃って赤面し、顔を隠した。


痺れを切らした道流君が様子を見に来るまで、俺達は羞恥心と闘っていた。




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