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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
四石

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10/21

#1



宙はずるい。


嫌なことがあれば逃げることができて、逃げたあとも大人から心配される。


幼い頃はしょっちゅう聞いた言葉。もう誰に言われたのかも覚えてない。

彼らの言う通り、俺は狡い。弱くて、守られる存在。


それがたまらなく嫌で、自分を殺した。


「俺なんか……って、言わないでください」


凍った水面のような瞳で、宙は透夜を見返した。

「透夜……」

感情のない声音が胸に突き刺さり、息を飲む。


「ごめん。自己肯定感低い、って前も言われたのにな」


それどころか、今日初めて会った三澄さんにも言われた。自分を下げるのが癖というか、常になっている。

なにせ、事実だと思っているから。自分は価値のない人間だと思っているから、足場を切り崩すことに抵抗がない。


「俺は宙さんに救われました。誰とも関わりたくないと思ってた俺が、初めてもっと知りたいと思えた人……それが貴方なんです」

「……前から思ってたけど、お前は俺を崇め過ぎだぞ。俺はむしろ性格ねじ曲がった奴なんだから」

「性格ねじ曲がった人が、わざわざクローバー型の石なんて用意しませんよ」


透夜は胸ポケットから、四年前に渡した石を取り出した。


「四つの葉全てに意味があるんですよね。富と栄光、健康、……愛」

「言うなって、恥ずいから」

「あははっ。……でも、宙さんが周りを思いやる人だってことは皆分かってると思います」


クローバーの琥珀を手のひらに包み、透夜は瞼を伏せた。


「本当は皆、宙さんと仲良くなりたいんですよ。ただ下手に触れたら壊れてしまいそうな人だから、迂闊に近付けないだけです」


俺は別ですけど、と彼は笑った。

「俺は加減が分からないんです。欲しいと思ったらなりふり構わず動いてしまう。きっと今も」

テーブルに置いてる手が触れた。


「貴方を愛し過ぎて、壊してしまいそう」

「……あ……っ」


何で、こんなことを真っ直ぐ言えるんだろう。

叔父さんも言ってたけど、バカ正直過ぎる。

「冷めるだろっ。早く食べなって」

「はーい」

わざと話を逸らしたものの、透夜は気を悪くすることなく、美味しそうにご飯を平らげた。


くそ……っ。


この人たらしを何とかしないと、心が持たない。

逸る鼓動を抑え、空になった皿を片付けた。





雨と同じぐらい、優しい人が苦手だ。


優しい人の気持ちに応えることができない。今まで何回も、何十回も裏切ってきた。

また明日、という言葉が怖かった。学校も習い事も、かかりつけの病院ですら。雨が降って、休みの連絡を入れる度、自分の中の何かが音を立てて壊れた。


「は……っ……あ……!」


最初は皆優しい。それを変えてしまうのは自分自身。

同期も、先輩も、上司も、時間が経てば経つほど俺の至らなさに頭を抱える。

俺が休んだ日の仕事を自分で片付けられるならいいけど、現実はそうじゃない。必ず誰かに皺寄せがいく。そして俺のせいで残業をして、取引先から怒鳴られて。


嫌われるのは当たり前なんだ。弱い俺が一番悪い。


書類がデスクに山積みになってる。返せてないメールがたまっている。伝えられてない予定を当日聞かされて、外を走るのはザラだった。

終電を逃しても埋め合わせることができないんだから、体調云々の前に俺が仕事をできないだけだ。とうとう、晴れの日でも出勤途中に吐き気を覚え、駅のトイレに駆け込むことが増えた。


何でこんなにも駄目な人間なんだろう。


お守りとして持っていた石を握り締め、唇を噛み締める日々が続いた。


“彼”には絶対、こんな姿は見せられない。弱音なんて吐かず、独りで生きなきゃ。


胸を押さえ、鏡に映った自分を睨んだ。周りに迷惑ばかりかけて、すぐに塞ぎ込む弱い男を。


何百回謝ったって許されない。それでも謝らないといられない。


ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……。


「……宙さん!」

「……あ」


真っ暗な視界に一本の光が伸び、開いていく。

呼吸をして、“現実”に戻っていく。


瞼を擦ると、遠い天井の下に心配そうな透夜の顔が映った。

「ん……どした……?」

今は深夜。薄暗い部屋のベッドで体を起こす。すると透夜は息をつき、安堵の声を上げた。


「宙さん、すごく魘されてたんですよ。たまたまトイレで部屋の前を通ったんですけど、最初は起きてるのかと思いました」


そうか。寝言を言ってしまっていたみたいだ。汗も相当かいていたらしく、額も首元もびっしょりだ。


「勝手に部屋に入ってすみませんでした」

「んーん。むしろ起こしてくれてありがと」


脚を下ろし、ゆっくり立ち上がる。

「ちょっと汗すごいから、シャワー浴びる」

「……はい」

まただ。俺は現実を恐れてる。


浴室から出ると、ダイニングの方に明かりがついていた。そっと覗いてみると、透夜がぼうっとしながら雑誌を読んでいた。

「透夜、寝ないのか?」

「あ。すみません、何か目が冴えちゃって」

彼は困ったように笑い、頬を掻いた。俺のせいで眠れなくなったに違いない。申し訳なくて、俯き加減に相槌を打つ。

「透夜、明日休みだよな。何か予定ある?」

「いえ、特に。どうしたんですか?」

棚の引き出しからキーを取り、指で回して見せる。俺ができるのはこれぐらいしかなかった。



「深夜のドライブとか、どう」




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