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欠けるほど、光る  作者: 七賀ごふん
一石

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1/21

#1




その子と初めて出会ったのは、師走の晴れた早朝。

オープンとほぼ同時に来店したからよく覚えている。



大学……いや、高校生だろうか。黒のジャケットに派手めの髪色。女性客は年齢問わず多いけど、若い男の子ひとりの来店は珍しい。

ただ陳列された石を見る顔は真剣そのもので、不意の横顔に見蕩れてしまった。


「なにかお探しでしたら、遠慮なくお声がけくださいね」


少し離れた場所からゆっくり声を掛ける。すると彼はソワソワしながらこちらに顔を向けた。他にお客がいないことを確認し、目の前の大理石のトレイに置かれた石を指さす。


「この石は、何か意味とかあるんですか?」


彼の隣に立ち、指し示された品を見る。それは白く、傾けると七色の光を放つ石だった。


「シンセチックオパールですね。小さな幸せを届けてくれると言われてますよ。あとは創造力を高める、明るさや希望を与えてくれるという石言葉があります。ただ……」

「ただ?」

「パワーストーンとしての効果に興味がおありでしたら、他の石の方が良いかも。シンセチックオパールは人工石なんです。オパールなんて言ってるけど、実はオパールじゃなくてガラス石ですし」

「えぇ……」

男の子が露骨にがっかりして見せたので、笑いながら「でも綺麗でしょう?」と持って見せた。


この石に限らず、市場の低価格で販売されている天然石は合成石であることが珍しくない。それでもその石が持つ石言葉を信じれば、御守りとして持つのに充分だ。

神社で買える御守りの効力を信じない人はたくさんいるし、パッと入った海外の雑貨屋の魔除けを信じて買って帰る人もいる。結局気の持ちようだ。


だから普段何が売れようと傍観してる方なんだけど、この子があまりに真剣に見てるから、聞かれてもないことを喋ってしまった。こんなこと初めてだ。

何となく、店に入ること自体緊張しているように見えたから……いつかの自分と重なったのかもしれない。


「優しい色と光を帯びてて、僕も好きな石です。部屋 にも置いてるぐらいなんで」


短く笑うと、彼はわずかに目を見開いた。

「お差し支えなければ、ご自身用か贈り物かお聞かせ願えませんか」

「プレゼント……。ばあちゃんが入院しちゃって、そういやこういう石が大好きだったな、って思って」

「そうでしたか……。大変でしたね」

彼はわずかに俯き、小声で答えた。気になるが、プライベートなことを深く聴くわけにはいかない。

でも、見た目尖ってそうなのにおばあちゃん想いの良い子だな。ますます余計な世話を焼いてしまいそうな自分を咎めつつ、店の奥を指さした。


「話してくださってありがとうございます。きっとおばあ様は貴方が選んだものなら何だって喜んでくれると思いますが……石言葉ぐらいならお伝えできるので、僕も一緒にお探ししますよ」

「あ。……ありがとう、ございます」


普段ならここまで踏み込んだりしないだろう。

でもホッとしたような、輝いた眼を見たら、他のことなんてどうでも良くなってしまった。


大学四年。このパワーストーン専門店でのバイトも今年が最後。


店長には申し訳ないけど、他にお客もいないので、その男の子と長いことプレゼントを探した。結果おばあさんの好きな苺色のストロベリークォーツのペンダントに決めた。

ストロベリークォーツは高価な宝石なのだが、その名称は広義に使われている。先程と同様、クォーツではない場合もあるが、重量に内包物、産地にもよる為、判断基準は無いに等しい。苺に近い色をしていれば全部そうだと言い張る猛者もいる。


けど女性が秘める輝きを高める為、贈り物にはぴったりだと思う。疲労を和らげるなんて言葉もあるし。


「良かった……。お兄さん、ありがとうございます」

「いえいえ。お役に立てて良かったです。おばあ様、早く良くなると良いですね」


ギフト用に包み、男の子に手渡す。

「はい。あの、後……」

「?」

「また来ても良いですか? 今度はその、自分用にも何か欲しいなって……」

彼は視線を下げ、頬を掻いた。よく見るとほんの少し赤くなっていて、照れてるんだと分かった。


「もちろん。今度はあなたの石を一緒に見つけましょう」


笑って言うと、彼はまたパァッと明るくなった。

なんて純な子だろう。見た目はパンキッシュというか、結構尖ってそうなのに。

ぶっちゃけ今まで対応した客の中で、一番素直で可愛い。


「そんじゃまた!」

「またのお越しをお待ちしてます。帰りお気をつけて」


学校もバイトも辛いことばかりだけど、続けて良かったと思える瞬間がある。まさに今みたいに。


彼は才木透夜さいきとおや君と言って、近くの高校に通う二年生だった。二回目の来店も運良く晴天で、無事接客ができた。最初は妙に緊張していたけど、次に会った時は色んなことを話してくれた。

おばあさんは無事快方に向かっていて、透夜くんが渡したペンダントをとても喜んでくれたらしい。笑顔で話す彼に、俺も自分のことのように嬉しくなった。


「わ、この水晶すごい。苺の形してる」

「あぁ、可愛いでしょ。天然石はカットの仕方や形でも効果が変わってくるんだ。苺の形に整えると素敵な出会いが訪れるんだって」

「へぇ~……」

「後はそうだな……ハート型や丸型も多いけど、お金持ちの人の家にありそうなのは大きなピラミッド型とか」

「あはは、何か分かるかも」


天然石に興味を持ってくれた彼と過ごす時間は楽しかった。


戸波宙となみそらさん」

「ん?」


彼は石を持ちながら、少し掠れた声で呟いた。視線は、俺の胸にある名札に注がれている。

「うん。戸波って言います」

「……宙さんて呼んでもいいですか?」

「もちろん良いけど」

いきなり名前で呼ばれると何か照れるな。

でも、悪くない。弟ができたみたいで嬉しかった。

透夜君は俺が今年でここのバイトを辞めることを知るととてもショックを受けていた。今すぐいなくなるわけじゃないから、と宥めると何とか気を取り直していた。

でも彼もふと暗い顔を見せる時があって、人には言えない悩みを持ってるんだろうな、と思った。

気になるけど、あまり深く踏み込むことはできない。代わりに彼がここへ来た時は、精一杯の笑顔で話をしたい。


「またおいで。あ、晴れの日にね。雨の日はいないから」

「……? 雨の日はいないの?」

「うん。傘持ってないんだ」


わざとおどけて言うと、彼は肩を揺らして笑った。


そんなやり取りを繰り返し、冬を越し、バイトを辞めた。


親戚のお情けで雇ってもらったお店だった。


俺は“普通”と違う。それを人に知られることが、呆れられることがたまらなく怖かった。

晴れの日は外に出られるのに、雨の日は一歩も動けなくなる。……なんて。


働くどころか学校すら行けなくなる。

晴れの日しか来ないようあの子に言ったのは、体質のことで嫌われたくなかったからかもしれない。天候で体調が左右されるような弱い人間だと思われたくなかった。


事実弱いくせに。弱いと思われたくない、と思うことこそ弱い証拠だ。分かってるのに、彼と会うときは必ず晴れが続く週に約束した。


「宙さん! ごめん、待った?」

「ううん、全然。じゃあ行こっか」


遠夜くんとは連絡先を交換して、プライベートに会うぐらい仲良くなった。近くの天然石ショップ巡りをしたり、他愛もない雑談をしたり。大学で友人がいない俺は久しぶりに楽しい休日というものを謳歌した。

最初こそ話を合わせられるか緊張したけど、何回も会ううちにその不安もどこかへ消え去った。今は彼の顔を見ると安心感に包まれるほど。


街は緑も増えつつある。陽だまりの中を歩きながら、当時は珍しかった西洋建築の建物を見上げた。


「この辺って綺麗な街並みだから、デートスポットとしても人気なんだよね。ウチの店もカップルが多いし」

「あー、確かに。さっきからめっちゃベタベタしてるカップル多いですもんね。……宙さんは彼女いるんですか?」

「あはは、いないよ」

「じゃ、募集中?」

「んー……」





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