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「愛があれば金など不要」と私を追放した婚約者と実の妹、お望み通りに致しました。 ~家宝の契約書にある誤字をあえて直さずに出ていけと言ったのは、そちらですから~

作者: ちいもふ
掲載日:2026/01/18

「――ベルティーユ・フォン・ベルシュタイン。お前のような『羊皮紙をもてあそぶだけの暗い女』は、我が侯爵家には不要だ」


 石造りの冷え冷えとした大書庫。高い天井まで届く本棚に囲まれたその場所で、次期侯爵、エドモン・ド・ヴァランシエンヌが冷酷な声を響かせた。壁に掛けられた燭台しょくだいの炎がゆらめき、その隣に立つ私の妹、ステファニー・フォン・ベルシュタインの、悪趣味なほど金糸を編み込んだドレスを照らし出している。


「お姉様、今までご苦労様でした。これからは私とエドモン様で、この『血脈』を黄金の未来へ導きますわ」


 私は銀の修正筆を静かに置いた。侯爵家に代々伝わる『守護の契約書』の修復は、ほぼ終わりに差し掛かっていた。


「ヴァランシエンヌの『名』に、興味深い書き間違いを見つけました。今なら一撫ひとなで修正できますわよ」


「ふん、無能な女の言い掛かりなど興味ない! ステファニーとの婚姻こそが、わがヴァランシエンヌの『名』を不滅にするのだ。余計な手を加えるな。今すぐこの城から出て行け!」


「そのままにしろ、と」


 私は一切の反論をせず、最低限の荷物だけを持って、霧に包まれた侯爵城を後にした。



 三ヶ月後。


 私は、隣国の「鉱山王」と呼ばれる辺境伯、オーギュスト・ランベール閣下にその知識を買われ、領地にある石造りの大図書館を任されていた。


「ベルティーユ、君が整理してくれた古い地図の『一点』のおかげで、伝説の金鉱脈が見つかったよ。これは君への成功報酬だ」


「まあ、閣下。私はただ、消えかかっていたインクをなぞっただけですわ」



 暖炉の火が温かく燃える応接間で、豊かな時間を過ごしていると、絶叫に近い報せが届いた。


 エドモンとステファニーの結婚式。大聖堂で「愛の誓い」を立て、家宝である『守護の契約書』を掲げた瞬間。


 城を飾るタペストリー、重厚なオーク材の机、二人が身に纏う豪華な衣装、さらには貴族の誇りである「紋章」までもが、次々と砂になって崩れ落ち、使用人たちが主を捨てて去っていったという。


 理由は単純だ。


 あの契約書。エドモンが署名したヴァランシエンヌ家の『名』の文字。一番下の『口』の角を、ほんの数ミリ突き出させて書いてしまった。


 ――たったそれだけで、古代の魔法言語において『名』は、『各(おのおの、離散する)』という呪いへと変貌へんぼうしたのだ。


『当主が偽りの愛を優先せし時、その名は死に、人は去り、家財は霧散せん』



「愛があれば、ボロ家での生活も楽しいのではありませんか? エドモン様、ステファニー」


 ランベール閣下にエスコートされ、私は最高級のヴィンテージ・ワインを楽しむ。あちらでは今頃、エドモン様が『名』の一画を書き損じたせいで、二人が文字通り「真っ裸」で立ち尽くしているはずだけれど。


「契約(文字)は残酷です。そこには感情の入る隙間などありません。

余計な一画を消すための私の魔力も、慈悲も……もう、一滴も残っておりませんの」

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 たった一画、されど一画。 文字の恐ろしさを知る令嬢が、自分らしく幸せになるお話でした。


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