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愛の檻  作者: hanamizukiyume


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切り捨てられた未来

祝賀パーティーから数日後。

ロイド・ウィリアムズの名は、再びメディアを賑わせていた。


掲載されたのは、一枚の写真だった。

薄暗い通路で、レイラがロイドの首に腕を回し、親密に身体を寄せている。

ホテル完成披露という公の場の裏側。

切り取られたその一瞬は、見る者に「特別な関係」を想起させるには、出来すぎた一瞬だった。


世間の反応は早い。

かつて何度も噂に上がった二人の関係に、

「やはり」「ついに」という声が重なっていく。

長くくすぶっていた憶測は、写真一枚で確信へと書き換えられた。


ロイドはこれまで否定も肯定もせず、沈黙で世間の物語を受け入れてきた。

だからこそ――写真が少し大胆になったところで、問題になるはずがない。

レイラはそう信じて疑わなかった。


ユキはオフィスで書類を整えていた。

会話を盗み聞くつもりはなかったが、話題は嫌でも耳に入ってくる。

写真。レイラとロイド。

視線を落とした瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

理由が分からない。

考えようとすると、思考が途中で止まってしまう。

触れてはいけない何かに気づきそうで、無意識に蓋をする。

だからだろうか。

レイラとロイドの関係に、納得してしまう自分がいた。

ロイドの隣に立つのは、自分ではない。

それが“正しい形”に見えてしまうことが、何より苦しかった。


ユキは何も言わず、指を動かし続ける。

今、できることはそれだけだった。

 

レイラは新作化粧品のイベントに立っていた。

フラッシュを浴びながら、形式的な質疑応答をこなす。


やがて、避けられない名前が出る。 

「ロイド・ウィリアムズ氏とのご関係について――」


微笑みは崩さない。

「公私ともに、親しくさせていただいています」


それ以上は語らなかった。

写真がすでに語っている。

そう思っていた。


だが、数日後の合同インタビューで、その空気は一変する。

 

「レイラさんとは真剣交際中、結婚も近いと噂されていますが?」


終盤、記者の問いが投げられる。

ロイドは一瞬の間も置かず、答えた。


「違います」


短く、明確な否定だった。

会場にざわめきが走る。


「では、あの写真の真相は?」


「……あれくらい大胆な方が、宣伝にはちょうどいいでしょう」


それ以上は語らない。

事実だけを残し、話題を切る。

冷たいほどの切り捨てだった。

 

廊下に出ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かだった。

背筋は伸び、歩調も乱れていない。


だが、レイには分かる。

これは平常ではない。


「……珍しいな。沈黙を破るなんて」


エレベーターを待ちながら、レイが聞く。


「写真一枚で、世界は勝手な物語を作る。それを放置するのは合理的だった……今までは」


扉が閉まり、箱の中が狭くなる。


「……ユキか」


レイの言葉に、ロイドは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

彼女が“物語”を読む側に立つことを、拒絶した自分に気づいていた。


「……不器用だな」


「最適解だ」


ロイドはそう言い切った。

レイもそれ以上、何も言わなかった。

 

ロイドの発言で、まるで肩透かしを食らったかのように世間の熱は急速に冷めた。

だがレイラの内側では、逆に火が強まっていく。

なぜ、今回に限って否定したのか。

理解できず、苛立ちが募る。


祝賀パーティーの映像が、ふと目に入る。

ロイドの隣に立つ自分。

そして一瞬だけ映り込んだ、白髪碧眼のスタッフ。


思い出す。

オークションで、ロイドの手に渡った少女。

彼は、その少女を手放さなかった。

胸の奥で、何かが軋む。

レイラは立っていられなかった。

ヒールのかかとが床に触れたまま、力が入らない。


まだ、終われない。

考えるより先に、身体が動いていた。

 

ロイドは自宅の書斎で資料を確認していた。

来客の報告に、視線だけを上げる。


追い返すつもりだったが「仕事の件で」と聞いた瞬間、判断を変える。


「入れろ」


書斎に入ってきたレイラは、感情を抑えきれないまま詰め寄った。


「どういうことかしら。今回だけ、はっきり否定なさるのね」


「仕事の件と聞いたが?」


その一言に、レイラの表情が歪む。


「なら、もっと現実的な話をしましょう。私と付き合えば――」


「仕事で足りている」


切り捨てるような言葉だった。


「……私が傷つくことは考えないのね」


「私たちは仕事上の関係だ」


レイラの唇が震える。

そして最後の期待を胸に、賭けに出た。


「……仕事……降りるわ」


「…降りるなら、止めはしない」


ロイドはすぐレイラの代わりを探すよう指示する。


話は終わった。

レイに連れられ部屋を出る。

エントランスで、レイラは珍しく感情を口にする。


「どうして私じゃ!……お願い、ロイドに――」


レイは首を振る。


「引き止められると考えた時点で、読み違いだ」


それだけ告げ、彼女を見送る。

後日、財界トップとの確執を避けるため、父アダム・フォードの判断でレイラは海外へ送られた。

レイラも素直にそれを受け入れる。


ロイドが知ったのは、数日後のレイの報告からだった。


「姉は、父の判断で海外に。本人も納得の上だ。」


「……ユキは?」


レイは、半ば呆れたように口を開く。


「……自分の目で確かめた方が早い」


ロイドは、ユキに連絡するためレイからスマートフォンを借りる。


***

ユキは、聞いていいのか迷いながらも、レイにロイドとレイラの関係をそっと確かめていた。


レイラが海外に移住した事を聞くと胸の奥に、奇妙な感覚が湧く。

締めつけられるような痛みと、どうしようもない安堵。


ユキはその感情に向き合えず、そっと目を伏せた。


そのとき――着信音が鳴った。

表示された名前に、心臓が跳ねる。


レイさんから休日に連絡が来るなんて。

ユキは慌てて通話ボタンを押す。


「私だ……」


不器用な、低い声。


「……ロイドさんですか? レイさんかと思いました。…何かありましたか?」


一瞬の沈黙。

向こうでかすかにレイの声が聞こえた気がしたが、すぐにロイドの声が続く。


「…明日、10時にレイのマンションまで迎えに行く。予定を空けておいてくれ」


それだけ言うと通話は切れた。

画面を見つめたまま、ユキはしばらく動けなかった。

明日は日曜日。

気になっていた本の発売日だった。

だが、カレンダーは迷うことなく文字を書き換えた。

『ロイドさん』

理由は分からない。

ただ、電話を切った後も、胸の奥の高鳴りだけが、しばらく消えなかった。


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