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愛の檻  作者: hanamizukiyume


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5/31

祝宴の裏側

ユキがレイの家に移り住んでから、いくつかの季節が静かに過ぎていた。

慌ただしくも穏やかな日々は、いつしか特別ではなく、当たり前のものになっていた。


当初、ユキは仕事の一つ一つに慎重になりすぎ、細部にこだわるあまり時間がかかることも多かった。そのたびにレイの補助が入り、ユキ自身歯がゆさを感じていた。

そこで作業を整理し、無駄を削ぎ落とし、より良い形を模索し続けた。


やがて、一日の流れを自然と把握し、レイの動きを止めないよう先回りして動けるようになる。

会議資料は早朝にはレイの机の上にあり、電話の向こうで「ユキさんを」と名指しされることも増えた。

それだけで、彼女がこの場所に根を張ったことは十分に伝わっていた。


ロイドもまた、その評価を静かに耳にしていた。

かつて守るべき存在だと思っていたユキは、もう誰かの庇護を必要としない。

胸に浮かぶのは誇らしさと――わずかな寂しさ。

それでも彼は、財界の頂点に立つ者として感情を表に出すことなく、淡々と職務を全うしていた。


そして、ロイドが以前から進めていた大型リゾートホテルの建設がついに完了する。


お披露目を兼ねた祝賀パーティーの開催が決まり、関係者やその親族、政界・財界の重鎮、海外からのマスコミまでが招かれた。


招待客の名簿の中には、ロイドのグループ会社の広告塔を務めるレイラの名前もあった。

仕事上、彼女を外す選択肢はない。

気が進まなくとも、国内外で高い人気を誇るレイラは、パーティーの“顔”として申し分ない存在だった。


パーティー前日、最終チェックが行われる。

当日の進行、ゲストとマスコミの動線、席順、ドリンクと食事の数、アレルギーや嗜好――

ユキはスタッフと共に、それらすべてを頭に叩き込んだ。


指揮を執るユキは、静かに息をつく。

日常とは異なる、張り詰めた空気。

それでも、これまで積み上げてきた自分の力を信じ、少しだけ胸を張った。


祝賀会当日

朝の光が差し込むホテルのロビーは、静かなざわめきに包まれていた。


ユキは控え室でスーツに身を通す。整えられた髪とメイク。

レイの指示を反芻しながら、深く息を吸った。


「……大丈夫。私ならできる」


一方、ロイドは重厚な黒いスーツに袖を通し、窓の外を見下ろしていた。

華やかな場には慣れているはずなのに、ユキの姿が頭をよぎるたび、胸の奥に小さな緊張が生まれる。


招待客が一人、また一人と会場に足を踏み入れていく。

ユキは先導役として名前を確認し、迷いなく席へと案内していく。

その動きは落ち着いており、長年この場を取り仕切ってきた者のようだった。


パーティーが始まり、ロイドは壇上で簡潔な挨拶を終えると、今度は一人一人丁寧に挨拶に回る。

その隣には、華やかに微笑むレイラ。


ユキは少し離れた場所から、その姿を見ていた。並び立つ二人は、長年連れ添った恋人のようにも見える。


胸の奥がざわついた。

理由のわからない感情が、ほどけないまま胸に絡みついていく。


ふと視線を上げると、ロイドと目が合った。

いつもより長い視線。

確かめるような、どこか心配そうな眼差し。


ユキは慌てて目を逸らした。


その微妙な変化を、レイラは見逃さなかった。


ロイドが誰かに心を向けることなどない――

そう信じ疑わなかった。

だからこそ、その含みのある視線が向けられた先が、ひどく許せなかった。


微笑みを浮かべたまま、ユキの元へ近づく。


「そこのスタッフの方、ドリンクをお願いできる?」


トレイを手にしたユキが歩き出した、その瞬間だった。

確かな衝撃。

グラスが傾き、冷たい液体がスーツを濡らした。


「まあ、ごめんなさい」


レイラは優雅にハンカチを差し出す。


「気をつけてくださいね?」


ぶつかったのは一瞬だった。

けれど、レイラの足取りは寸分も乱れていなかった。


そのとき、空気が変わる。

ロイドの視線が、ユキの胸元に落ちた。

黒いスーツに広がる、水の染み。


次の瞬間、ロイドは間に割って入り、強い力でレイラの腕を取っていた。

その表情には、いつもの無表情とは異なる硬さがあった。


無言の目配せに、レイが動く。

レイは冷静に場を収め、ユキに短く告げる。


「行くぞ」


レイはすでに察していた。

これは業務上のトラブルではなく、感情の問題だと。


控え室へと導かれ、ユキは俯いた。


「……申し訳ありません」


落ち込むユキに、レイは静かに告げる。


「あれは、君のせいじゃない」


***

人目につかない場所までレイラを引き連れ、ロイドは低く告げた。


「ユキに、近づくな」


その態度だけで、理解してしまう。

ロイドの心を占めているのは、自分ではない――

その事実は、αとしてのプライドを深く傷つけた。


嫉妬と焦りに駆られながらも、レイラは冷静にロイドの首元に手をかけ、耳元で囁く。


「あの子より、私の方があなたの役に立つわ」


その瞬間、フラッシュが焚かれた。

ここに入り込めるのは招待客のみ。

ロイドは、レイラの側近が潜んでいたことを悟る。


「……望みは何だ」


返ってきた答えは、迷いのない一言。


「あなたが欲しいの」


ロイドは、何も言わなかった。

否定も、肯定もない沈黙。


それだけで十分だった。

ロイドの心の奥に、まだ自分が踏み込める余地がある。


そう信じるには、彼の沈黙はあまりにも重く、あまりにも曖昧だった。


レイラは感情を隠すように、ほんのわずかに視線を伏せた。


終わりではない――


その答えだけを胸に抱き、静かにその場を離れた。


パーティーは成功のうちに幕を閉じた。

——いくつもの誤解と、消えない波紋を残して。


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