肩に降る雨
ロイドがいなくなってから、さらに時間が経っていた。
季節は少しずつ移ろい、空気には微かな冷たさが混じるようになっていた。
連絡はない。
理由も、行き先も、何ひとつ分からないまま。
ユキはそれでも、どこかで「戻ってくる気がしている自分」を、まだ捨てきれずにいた。
そんな日の帰り。
大雨だった。
夜遅くにかけて大雨になる予報は知っていたが、
こんな時間まで会社に残るとは思っていなかった。
気づけば、残業で帰るタイミングを逃し、
会社の電気はうっすらとしか残っていない。
窓を打つ雨音が、いつもより少し強く、少し重たく聞こえる。
ユキは会社のエントランス付近で立ち止まり、外の様子を見ていた。
雨宿り。
それだけの時間のはずなのに、今日は妙に落ち着かなかった。
ガラス越しの向こうで、人影がひとつ、こちらへ向かってくる。
最初は気にも留めなかった。
ただ、歩き方が、少しだけ不安定に見えて、視線が引き寄せられた。
近づくにつれて、違和感がはっきりしていく。
傘を持っていない。
コートも、髪も、肩も、すべてが濡れている。
――まさか。
自動ドアが開いた瞬間、湿った空気と一緒に、その人が中へ入ってきた。
水滴が床に落ち、靴音が重く響く。
ロイドだった。
数週間ぶりに見るその姿は、記憶の中の彼とは少し違っていた。
背は変わらない。
顔立ちも同じなのに、どこか輪郭が曖昧で、力が抜けている。
視線が合わない。
俯いたまま、まっすぐこちらに向かってくる。
ユキは声を出そうとして、うまく息が吸えなかった。
会いたかった。
それなのに、胸に広がるのは安堵よりも先に、戸惑いだった。
ロイドは何も言わず、すぐ目の前まで来る。
触れられる距離。
吐息がわかるほど近い距離。
そして、ゆっくりと、彼は額をユキの肩に預けた。
抱きつくでもなく、寄りかかるほど強くもなく、
ただ、そこに「逃げる場所」を見つけたみたいに。
しばらく、何も言わない。
呼吸だけが、静かに伝わってくる。
濡れたシャツ越しに伝わる体温は、いつもより低く感じた。
ユキは戸惑いながらも、腕を上げようとした。
抱きしめなければいけない気がした。
でも、なぜか手が止まる。
触れてしまったら、この人が壊れていることを認めてしまう気がして。
「……ロイドさん?」
小さく、名前を呼ぶ。
返事はない。
ただ、肩に乗った重みが、少しだけ増した。
「急にいなくなって…心配したんですよ……」
「濡れてる……傘、持ってこなかったんですか?」
言葉は、心配と安堵と混乱が混ざったまま、ぎこちなく落ちていく。
抱きしめたいのに、抱きしめられない。
問いかけたいのに、答えを聞くのが怖い。
ユキはただ、その場に立ったまま、肩に額を預けたロイドを支える存在になっていた。
再会なのに、喜びより先に、
「何かが変わってしまった」という予感だけが、
静かに胸に広がっていった。




