宙づりの真実
ウィリアムズ家には、希望はなかった。
だが、決定的な絶望も、まだ与えられていなかった。
それが、いちばん残酷な形だった。
否定できる証拠はない。
だが、否定できない事実もない。
宙づりのまま、感情だけが行き場を失っている。
白でも黒でもなく、灰色のまま放り出される。
その状態で、ユキのもとへ戻ることはできなかった。
もし顔を見れば、「まだ大丈夫かもしれない」と思ってしまう。
もし声を聞けば、「確かめなくてもいい」と逃げたくなる。
それは希望じゃない。
ただの先延ばしで、ただの自己保身だ。
ロイドはそれを、自分がいちばんよく知っていた。
だから帰らなかった。
帰れなかった。
確定していない真実よりも、曖昧なまま触れてしまう自分の弱さの方が、ずっと怖かったからだ。
ウィリアムズ家を出た瞬間、彼は恋を失ったわけではなかった。
ただ、「恋をしていい場所」を見失っただけだった。
気づくと、ロイドはかつてユキと訪れた別荘に立っていた。
潮の匂いを含んだ風と、少し湿った木の香りが混ざっている。
見覚えのあるはずの場所なのに、どこか現実感が薄かった。
どうやってここまで来たのか、記憶がない。
電車に乗ったのか、切符を買ったのか、誰かと話したのかさえ思い出せない。
ただ、ポケットの中の鍵の感触だけが、自分が確かにここに辿り着いたという証拠だった。
半ば放心したまま、身体だけが「行くべき場所」を知っていたようにも思えた。
おそらく、タクシーを使ったのだろう。
この距離を、今の精神状態で運転するとは思えない。
後部座席で目を閉じているうちに、景色も会話もすべて切り捨てて、ただ運ばれてきた――
そんな感じがする。
ここは、逃げ場所だった。
同時に、いちばん逃げられない場所でもあった。
ユキと過ごした記憶が、この空気の中にはあまりにも多く残っているからだ。
別荘で、ロイドはひとり考え続けた。
考えるしかなかった。
ユキという存在が、自分の中でどれほど大きかったのか。
どれほど深く、静かに根を張っていたのか。
失いかけて初めて、その輪郭がはっきりと見えた。
触れなくてもいい。
恋でなくてもいい。
兄妹として、家族のように、穏やかに暮らすことだってできるのではないか。
それはそれで、ひとつの幸せの形なのではないか。
一瞬、そう思った。
だが、すぐに別の想像が浮かぶ。
ユキが、触れなくなった理由を考え始めたら。
会話の微妙な間や、視線の揺れに違和感を覚えたら。
何かを隠していると気づいたら。
その時ユキは、「守られていた」のではなく「騙されていた」と感じるかもしれない。
それは、優しさではなく裏切りだ。
自分が耐えられるかどうかではない。
ユキが傷つくかどうかだった。
ロイドは、その考えを静かに否定した。
何も言わずにそばにいることは、一番卑怯な選択肢なのだと理解してしまった。




