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愛の檻  作者: hanamizukiyume


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22/31

日常の手前で

夜が明けきらない時間、カナリアは目を覚ました。


カーテンの隙間から差し込む光は淡く、部屋の輪郭をやさしくなぞるみたいだった。


すぐ近くで、レイの寝息が聞こえる。

深く、規則的で、昨日までの「知り合い」という距離を思い出せなくなるほど無防備な音。


――泊まったんだ。


胸の奥が、ほんの少し熱を帯びる。

何かが変わった気もするし、何も変わっていない気もする。


そっと体を起こすと、床に置かれた二冊の本が目に入った。

昨夜まで語り合っていた、互いの“世界”の名残。

その時、背後でシーツがわずかに擦れる音がした。


「……起きてたのか?」


低くて、まだ眠りを引きずった声。

カナリアは振り返り、少しだけ気まずそうに笑う。


「ごめん、起こした?」


「起こされたところ……」


レイは目を細めて天井を見てから、こちらを見た。

珍しく、ほんの少しだけいたずらめいた顔をしている。


「……起きるなら、顔洗ってきな?簡単なものでよければ、朝飯作れるけど」


“作ってあげる”ではなく、“食べたいなら”という言い方。

それが、レイらしかった。

カナリアは一瞬迷ってから、小さくうなずいた。


「……いいんですか?」


「食べたいなら、な」


洗面所から戻ると、キッチンでフライパンが小さく鳴っていた。

油が弾く音と一緒に、卵の焼ける匂いが立ち上り、

少し遅れてトーストの香りが部屋に広がる。


「思ったより家庭的ですね」


「これは家庭的に入るのか?」


テーブルに並んだのは、トースト、目玉焼き、簡単なサラダとコーヒー。

豪華ではないけれど、不思議と落ち着く朝食だった。


「いただきます」


「……どうぞ」


向かい合って食べるのは少し照れくさい。

でも沈黙は重くならない。


「こういう朝、久しぶりかもしれません」


「一人だと、あまり作る気にならない」


その言葉は、誰かと食べる前提を、さりげなく含んでいた。

食後も、すぐに帰る空気にはならなかった。

レイがコーヒーを注ぎ足し、自然とソファに並ぶ。


「短編、でしたよね」


「ああ。昼までいられるなら、少し読むか?」


“いてもいい”という形で差し出される時間。

カナリアは視線を伏せてから、そっと顔を上げた。


「……いいんですか」


「嫌なら初めから聞いてない」


「……いたいです」


窓の光は、朝から昼へとゆっくり移ろい、

二人はそれぞれ本を開いた。


「ここ、好きです」


「皮肉が効いてるな」


「レイ、こういうの好きそう」


そんな言葉を交わしながら、静かにページをめくる。

気づけば、昼を少し過ぎていた。


「……何か食べるか」


「簡単なものでいいなら、私も手伝います」


並んでキッチンに立つ。

肩が触れそうで触れない、近すぎず、遠すぎない距離。


「泊まって、朝ごはん食べて、昼までいるなんて」


「変か?」


「……いい意味で、です」


レイは一瞬だけ迷ってから、口元をわずかに緩めた。


恋人じゃない。

約束もしていない。

手をつないだわけでもない。


でもこれは、

“ただの知り合い”ではもう戻れない時間だった。


午後は、別の本の話や、仕事のこと、

他愛ない話がぽつぽつと続いた。


沈黙があっても、不安にならない。

埋めなくてもいい余白が、二人の間にあった。


「……また、本を交換しないか」


「え?」


「今度は、もっと軽いのを」


カナリアは少し笑う。


「それ、デートの誘いみたいです」


「……そうかもしれないな」


言い切らないところも、レイらしい。

夕方が近づき、ようやく帰る準備をする。

玄関で、ほんの一瞬だけ間が生まれた。


「今日は……楽しかった」


「私もです」


触れないまま、でも逃げない距離。

それだけで、十分だった。

進展は、劇的じゃなくていい。

告白も、キスも、まだいらない。


一緒に朝を迎え、

同じ本を読み、

同じ時間を過ごしたという事実だけで、

心は確かに、

同じ方向へ歩き始めていた。

優しさと、余白を残したまま。

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