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愛の檻  作者: hanamizukiyume


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そばにいるという選択

カナリアは、ひとりリビングに残されていた。

ソファに沈み込み、両手で顔を覆う。

胸の奥が、じわじわと痛む。


叫ぶほどではない。

けれど、確実に息がしづらかった。

ユキが部屋を出ていったあと、彼女は一歩も動けずにいた。


——やってしまった。


嘘をついた。

傷つけると分かっていて、言葉を選ばなかった。

それでも、ロイドのそばにいたかった。

ほんの少しでいい。


自分の存在を、彼の視界に残したかった。

玄関のドアが開く音がする。


顔を上げるよりも早く、カナリアはその気配を察した。

ロイドだった。


「……カナリア」


名前を呼ばれ、身体が強張る。

ロイドは靴を脱ぎながら室内を見渡し——

ふと、視線を止めた。


ソファの上に置かれた、一着のジャケット。

見覚えのあるそれに、ロイドの表情が、わずかに変わる。


「……ユキが、来ていたのか」


カナリアはすぐに答えなかった。

短い沈黙。


「……少しだけ。もう、帰りました」


その言葉を口にした瞬間、ロイドの視線が鋭くなる。


「……何をした」


問いは静かだったが、逃げ場のない圧があった。


「何も、していません。ただ……」


言いかけて、カナリアは唇を噛む。


「……嘘を、つきました」


喉が震える。


「ユキさんを……傷つけるようなことを」


ロイドは目を閉じ、短く息を吐いた。


「……レイが戻るまで、ここにいろ」


そう言い残し、ロイドはジャケットを掴んで踵を返す。


「ロイド……さん……」


呼び止める声は、届かなかった。


***

ロイドは、街を歩いていた。

無目的ではない。

だが、確かな行き先もなかった。

ユキが行きそうな場所。

——それを、感覚だけで辿っている。


人通りの途切れた交差点で、足を止める。

夜風が、コートの裾を揺らした。

ユキが通った気がした。


胸の奥が、ずっとざわついている。

カナリアの言葉。

ソファに残されたジャケット。


「……遅すぎたか」


呟きは、夜に溶けて消える。

携帯を何度も確認するが、ユキからの連絡はない。

こちらから送ることも、できなかった。


“探す資格があるのか”


その問いが、足を鈍らせる。

それでも、歩くのをやめなかった。


街灯の少ない道に出たとき、記憶が、ふと引き寄せられる。


——この先に。

足が自然と速くなる。

視界が開け、大きな公園が姿を現した。


夜の公園は静かで、人の気配はほとんどない。

ロイドは息を止める。


ブランコ。


ひとつだけ、ゆっくりと揺れていた。

そこにはもう誰もいない。


だが——確かに、近くにいる。

本能が、そう告げていた。


***

ロイドがユキを探していたその頃——


ユキは、自分のアパートへは戻れなかった。

一人で部屋にいる自信がなかった。


ただ、足の向くままに歩く。

頭の中では、ロイドとカナリアの姿が何度も浮かんでは消える。


考えないようにしても、意識の奥に沈んでいった。


気づけば、知らない道に出ていた。

街灯の少ない道を抜けると、ひらけた空間が現れる。


——公園。


初めて来た場所に胸の奥が、ひどくざわめいた。

大きな公園で目に留まったのは、ひとつのブランコ。


懐かしさに引き寄せられるように、ユキは腰を下ろす。


深く息を吸い、なにも考えないように目を閉じる。


その瞬間——

記憶が、雪崩のように押し寄せた。


白い廊下。

消毒の匂い。

病院の窓から見えた、冬の空。


母の亡骸を前に、泣くことすらできなかった自分。


その帰り道。

雪の降る夜。

この公園のブランコにひとり座っていた男の子。


まるで、孤独になった自分自身を見ているようだった。


声をかけずにはいられなかった。

雪を凌ぐための傘を、差し出した。


——息が、詰まる。

ユキは、ブランコの鎖を強く握りしめていた。


そのあと、記憶は孤児院へ向かった。


——そして。


施設を出なくてはならない年齢になった頃、引き取られる話が持ち上がった。


だが、連れて行かれたのは倉庫のような場所だった。


そこでは、人は商品だった。

見た目のいい者は、ペットに。

健康な者は、臓器として。


「人として生きる」という選択肢は、なかった。


一緒にいた人が、ある日、いなくなった。

それが「死」だと理解した瞬間、記憶は途切れた。


次に気づいたとき、自分はオークション会場にいた。


——そして。

過去に会った男の子の面影を残した男性に、買われていた。


あの孤独な男の子はロイドだった。


胸が、熱くなる。

嬉しさよりも先に、失ったものと、痛みが溢れ出す。


母の死。

倉庫での出来事。

消せない記憶。


ユキは目を開けて立ち上がり、ブランコから離れる。


反対の出口へ。

その先に見えたのは、大きな病院。

母を看取った、あの場所。


引き寄せられるように歩き出した、そのとき——


突然、腕を掴まれた。

強く、引き寄せられる。

温もりと息遣い、懐かしい匂い。


顔を見なくても、分かる。


ユキの喉から、声にならない嗚咽が漏れる。

抑え込んでいた感情が、一気に溢れ出した。


「ユキ……もう大丈夫だ」


その声に、涙は止まらなくなった。


「ロイドさん……わたし……思い出しました……」


途切れ途切れに語る、過去。

怖かったこと。

忘れていた記憶。


ロイドは何も言わず、ただ抱きしめ続けた。

すべてを聞き終えたあと、静かに言う。


「……君が、あの時、私を救ってくれたのか」


少し震える声で続ける。


「ユキ…幸せにできるかわからない。ただ…」


縋るように、ユキを見つめる。


「一緒にいてくれないか」


ユキは涙を拭い、小さく頷いた。


「……はい。」


そばにいたいという願いは、確かな愛情だった。


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