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第7話 もったいない・もったいない 3

 子供らにお代わりを配り終え、ダイキが折り畳みイスで一服していると、村人が一人、また一人と近寄ってきた。


「あの……私にも、スープを恵んでもらえないだろうか……」

「もうこの匂いにガマンできない、どうか」


「もちろんだ。ちょっと待っててくれ、すぐに用意する」


 ダイキは立ち上がり、大鍋からスープを皿によそい始めた。食べ終わったライサンドラもダイキの隣に立ち、皿の受け渡しをしている。


「すまんなリッサ、まだ食い足りないだろ」

「ダイキも分かってきたじゃないか。構わん、また後で喰う」

「はいはい、これ、頼むわ」

「任せろ」


 ハラペコ女騎士もすっかりダイキの店の従業員である。これで制服とエプロン、ローラースケートでも身に付けさせれば、立派なダイナー店員の出来上がりだろうに、鎧姿なのがもったいない。


「あー、だいぶ減ってきたな。追加するか……ここ頼むわリッサ」

「また作るのか? 分かった。任せろ」


 ライサンドラはダイキからおたまを受け取ると、皿にスープを注ぎテーブルの上に並べていった。


「どんどん入れてくから、自分で持っていってくれ。手が足りない」

「騎士様、いただきます」


「うむ。空いた皿はあっちの机に置け。あとで洗うから」

 と、もう一つのテーブルを指さした。


 キッチンカーの中に入ったダイキは、スープの再生産に取り掛かった。

 前の段取りどおり、野菜の皮剥きからなので、外で皿の片づけをしていた御者を呼びつけて手伝わせる。


「やはり鍋一杯では足りませんでしたな、ダイキ殿」

「寸胴が欲しいな。領主の自宅にはあるのか?」

「ございますよ。ですが街で新品を購入致しますのでご安心ください」

「んー、そういう話じゃねえんだが……。とにかく急がねえとな」

「そうですね! 頑張ります!」


 やる気を見せている御者に微笑むと、ダイキは猛烈な勢いで野菜の皮を剥きはじめた。


「うお、は、早いですねぇダイキ殿……やはり本職の方は違いますな」

「普段こんなに頑張らねえよ。みんなが待ってるからよ」

「私も負けていられませんね」

「手ぇ切るなよ」

「ありがとうございます」


 野郎が仲良く並んで野菜の皮剥きをしていると、外のライサンドラからスープの残りが少ない、と声がかかる。


「やれやれ。仕方ねえな……裏技使うか」


 ダイキは野菜の皮を集めてボウルに入れると、ラップをして電子レンジに入れた。


「これは何の魔道具でございましょう……」不思議そうな顔で尋ねる御者。


「食べ物を温める道具だよ。ただ、電気……魔法触媒を多く喰らうから多用は出来ないんだけどな」


「左様ですか! そんな貴重なものをこのような者たちのために惜しげもなく」

「おい、こんな奴等とか言うな。彼らだってお前んとこの領民だろ」

「も、申し訳ございません、ダイキ殿」


 ダイキは黙ってうなづくと、大鍋で水を沸かし始めた。


 軽くレンチンした野菜を沸騰したお湯に放り込むと、塩、肉の切れ端を投入した。前回と同じ段取りでは待たせすぎてしまう、と判断したダイキは、若干のショートカットをしているのだ。なにせ食べるのは大人だから、子供ほど気を遣う必要もないだろうと。


「さてと、あとは俺一人で大丈夫だから、あんたは皿でも洗っていてくれ」

「承りました、ダイキ殿」


 狭い厨房から御者を追い出すと、ダイキは肉の仕込みの準備を始めた。子供用は細切れだったが今回は大人用なので、やや大き目のカットになる。

 肉を切る前に、ダイキは研ぎ棒でザッザと包丁を研いだ。

 やはり切れ味の良い刃物で切ると心地よいし味も違う。というわけで、ついつい研ぎすぎてしまうダイキの包丁は、バーガー屋らしからぬ速さで消耗していくのだった。


 ウサギ肉を手早くカットすると、鉄板で炒め、黒コショウを振りかけた。


(大人用だから、コショウくらいはいいだろう)


 焼けた肉と黒コショウの香りは、相乗効果でたまらなく食欲をそそる。

 地球の中世ヨーロッパでは防腐効果を期待してスパイスが用いられたという言説もあるが、実際には安価な塩の方が遥かに防腐効果が高いため、この説は現在では眉唾であるという。

 とどのつまり、うまそうな匂いだから貴族がこぞって使っていたというだけのこと。しかしこの世界ではどうなのか。異世界人たるダイキに知る由はない。


「ふう。もし戻れたら、ひき肉機が欲しいな……。普段はひき肉になったやつ買ってるもんなあ。いや、スライサーも欲しいかな。それから大型バッテリーに太陽光パネルと……そうだ、椅子とテーブルも増やしたいな。それから……」


 戻れるかどうかも分からないのに、皮算用をするダイキ。


 開口部から頭を突っ込んでライサンドラが、

「おーい、なんか旨そうな匂いがするぞ~」


「まだ出来てねえぞ、リッサ」

「早く作れよ」


 そう言うなり、ライサンドラはシュっと首を引っ込めて消えた。


「やれやれ……食いしん坊め」


 まんざらでもなさそうな顔で、ダイキは鍋のあく取りをしていた。


「今度は何を作っておるのじゃ?」

 女騎士と入れ替わりに、領主が顔を出した。


「んだよ次は領主のおっさんかよ。まだ出来てねえから待ってな」

「何の料理じゃ?」

「さっきのスープをちょっと大人向けにしただけだよ。基本的には同じさ」

「しかし香りが異なるようじゃが……」

「ちょっとスパイスを入れただけだよ。味見してみるかい?」

「いいのか? では……」


 ダイキが手招きすると、領主はヨイショと声を出しながらトラックに乗り込んできた。珍しそうに中を一瞥すると、ダイキに近寄ってきた。


「熱いから気をつけろよ」


 ダイキが差し出した小皿を領主が受け取る。

 芳醇な香りを放つスープが湯気を立ち上らせ、領主の鼻をくすぐった。


「ほう……なんとも。まるで王宮の晩餐会に出される料理のようじゃ……」


 そのへんで捕まえた野生のウサギと野菜の出汁、塩コショウ、そして隠し味に醤油を少々入れただけだが、この程度で王宮シェフとタメ張れるのかと思うと、ダイキはちょっと微妙な気分だった。


 領主は小皿に、ふーふーと息を吹きかけると、ゆっくりスープを口に含み、味わい、飲み込んだ。


「おお……なんと。なんという美味なのじゃ……。これを本当に村人に配ると申すのか?」


 ダイキはすこしムっとして、

「あんたが無茶な徴用をしなければ配る必要もなかったのだが?」


「うう……でものう」


「それに、材料はこの村で育てた野菜と、近くの森の動物の肉だ。特別なものを使っているわけではないのだから、いちいち惜しんで文句言うなや」


「本当にそんな材料で……。やはり異界の料理人はすごいのう」

「レシピがあれば誰でも作れるが?」

「そ、それはまことか? わしの屋敷の調理人にも作れるのか?」

「作れるが?」

「では後ほど作り方を教えてやってくれ」

「分かったよ。さて、そろそろ皆に喰わせるから、運ぶの手伝ってくれ」

「わしがか?」

「誰かさんが徴用したせ――」

「わかった、わかった。手伝うからそれはいわんでくれ」

「よしよし」


 ダイキは領主に、鍋の片方の取っ手を持たせて、トラックからゆっくりと降ろした。そして提供用のテーブルに慎重に乗せた。


 二人でトラックから出て来たので御者が目を丸くしていたが、料理が完成したと見ると、洗った食器をコンテナごとテーブルまで持って来た。


 村人たちも領主がダイキを手伝っているのを見て驚いていたが、当然のことながら誰も有難いと思いはしなかった。


「領主さんよ、あんた馬車に戻っていた方がいいぞ……」

 周囲の鋭い視線を感じてダイキは領主に耳打ちした。


「左様か……相分かった。待っておるぞ」

 気の小さそうな領主は、こそこそと小走りで馬車に戻っていった。


 領主を見送ると御者がダイキに、

「お気遣いありがとうございます。主はあまり民に関心がありませんで」

「ここまで危機感ないのに、よく今まで平気だったな」

「あはは……」


 苦笑する御者の表情で、察したくないことまで察してしまったダイキ。

 きっと胃に穴があくような思いもしてきたのだろうと。


 ダイキが振り返ると、ライサンドラは村人を一列に並ばせて、配給の準備をしている。脳筋かと思えば、案外気の利く女だなとダイキは思った。


 あらかたスープが行き渡り、大人たちは思い思いの場所で食べはじめていた。


「大丈夫かな」ぼそりと呟くダイキ。

「当たり前だ。お前の料理なんだぞ、旨いに決まっている」

「ありがとう、リッサ」


 とはいえ、ここは異世界。

 心配するなと言う方がムリというもの。

 自分では味に自信はあるものの、相手あってのことだから。


「おお、なんて美味しいの!」

「初めて食べたわ、こんなにおいしいスープ……」

「本当に私達の畑の野菜なの?」


 村の女や老人たちが、みなダイキのスープを褒めたたえているではないか。


「だから言っただろ、ダイキ」

「ああ……そうだな……」

「泣いてるのか? おかしな奴だな」

「うるせえ、泣いてなんかいねえよ……」


 報われない時間が長かった分、おいしいと一言いってもらえるだけで、ダイキは幸福感に満たされた。

 それと同時に、被災地での炊き出しを思い出していた。あの時の自分は、人々を癒したいと思っていたのだということも。



 大人にもスープを配り終え、ダイキとライサンドラがスープを飲んでいた頃、領主の馬車の方で誰かがモメている。

 なんだなんだ、とダイキとライサンドラが近寄ると、馬車の窓越しに領主と中年男性が、というよりも中年男性が一方的に領主を非難していた。近くでは御者が、取り押さえるタイミングを見計らうかのように、男を凝視している。


「領主殿! 聞いておられるか! りょ……あ!」


 あんまり男がうるさいので、ピシャリと窓とカーテンを閉められてしまった。


「おっさん、どうしたんだよ」ダイキが声をかける。

「貴方は料理人の……」

「ダイキだ。何があったんだい?」

「それが……」


 御者が何かを言いたげにダイキを見る。


「まあなんだ、お茶でも出すからこっち来いよ」

 ダイキは中年男の肩を抱いて、その場から連れ出した。


 キッチンカーの前で中年男にコーヒーを出してやると、彼は村長だと名乗った。


「村人に代わり、皆様にお礼を申し上げます。この度の素晴らしい食事のご提供、感謝してもしきれません」


「たかがスープ一杯、それもあんたたちが心をこめて作った野菜を拝借して作ったもんだ。礼を言われるほどじゃないよ。気にしなさんな」


「おい。あんたは領主と何を話してたんだ?」

 ライサンドラが先に村長に質問してしまった。ずいぶんと男前な物言いである。


「騎士様、実は――」


 村の男衆を勝手に徴集して港に送り込んだことを非難していたという。


「当然だ。俺も何やってんだって詰めたよ」

「ダイキさんもですか……」

「よりによって収穫直前で徴集ってバカだろアホだろってな」

「そこまで……」村長がちょっと引いている


「とにかくだ、村人が飢えるのはあっちゃならんことだ。俺がなんとかするから、しばらく持ちこたえていてくれ」


「本当ですか!」


「ああ。すぐ全員を連れ帰るのは出来ないかもしれないが、何かしらの手を打つつもりだぜ。大丈夫、領主は俺が大好きだからな」


「えええ……」じり、と後ずさる村長。


「ちょ、そういうアレじゃないからな! 勘違いすんな! 俺の料理が好きって話だよ! そういうんじゃないから!」


「アレってなんだ? ダイキ」

「アレはアレだ! もー、あとで教えてやるから黙ってろ」

「ふむ」ライサンドラは納得いかないという顔で腕組みをした。


 そこへ御者がやってきて、

「ダイキ殿、そろそろ日が暮れてまいります故、お屋敷の方に……」

「わかった。村長さん、俺また明日来るから、待っててくれよ」

「本当に? 信じてよいのですね?」

「もちろんだ。邪魔されてもこいつ(ライサンドラをチラと見て)が全部ブッ飛ばすから」

「ダイキの行く手を妨げる者は私が両断してみせるが」

「というわけで、また明日な」


 ダイキは村人に食器の片づけなどを任せると、テーブルや椅子、分けてもらった野菜や果物などをトラックに積み込み、領主の馬車を先導に村を後にした。

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