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第3話 ワイバーンは食材になりますか

男――ハンバーガーの移動販売店店主が目を覚ますと、日が傾いていた。


「あれ? 寝てすぐ起きたわりにはスッキリしてるんだが……。

ん? とすると……。

一晩経ったってことか?」


寝袋から上半身を出して、うーんと背伸びをする男。


「ん……もう食べられないよ……ムニャムニャ」


近くで誰かがベタな寝言を言っている。

ふと目をやると、昨日の女の騎士が寝転がっている。

あれだけたらふく食ったのだ。

眠くならない方がおかしい。


「んだよ……食ったら寝たんか。猫みたいな奴だな」


寝て起きて、やっぱり寝た時と同じ場所で、

ああこれは夢じゃないのかな、

俺はヘンな場所に来てしまったのかな、と男が納得したのは、

空を飛ぶ鳥の姿があり得ない形状だったからだ。


「まるで翼竜だ。あれって食えるのかな……」


男の動物を見る目線が、食材を見るそれである。

バンズに挟めばなんでも、バーガーないしサンドイッチである。

食えるものなら食ってみたい。


寝起きのぼーっとした頭でそんなことを考えていると、向こうから馬車が近づいてくる。


――いや、えっと、あれって……馬?


よく見るとそれは馬ではなく、大きなトカゲが二匹で立派な馬車を牽いている。


(なんだよ、馬じゃないのかよ……馬だったら旨いのに)


男はそんなことを考えながら寝袋から這い出すと、もそもそと寝袋を丸めて紐で結わえた。

間もなく馬車が目の前を横切ろうとした時、キッチンカーの手前でピタリと停まった。そして、御者の男が話しかけていた。


「そこの者、少々ものを訊ねる。

我が主が、お前の来訪目的をお知りになりたいと仰せだ。

返答は如何に」


「……はい?」


「だから、お前の、この国への来訪目的だ」


そんなもの、あるわけがない。

好きで来たんじゃないのだから。


「あ……俺は、道に迷って……それから、

霧の中に入って……出て来たら、ここだった」


「なんじゃと!?」


馬車の中で聞き耳を立てていたとおぼしき割腹のよい中年の貴族風の男が、

急に馬車の扉を開けて大声で叫んだ。


騒ぎのせいで目を覚ました女が、貴族風の男を指差して絶叫した。


「ムニャムニャ……もう食べられ……って、

うああああああああああ!!」


貴族風の男も、女を見て絶叫する。

「おわああああああああ!!」


「うるさ――――い!!

両方でさわぐな!!」


「殺す! 絶対殺す!」

物騒なことを言いながら、女が剣を抜いて貴族風の男に向かっていった。


「うわばかやめろなんでここにうわああああああ」

貴族風の男は、あわてて馬車に戻りドアをバタンと閉めた。

女は剣でドアをバンバン叩きながら、殺す、出てこい、などと喚き散らしている。


「なんだなんだ、親の仇かなんかかよ」

「うちの親を陥れ、家を没落させた挙句に金で私を買おうとした下衆野郎だ! ここで殺しておかなければ!」

「ひいい! た、助けてくれええ! もう買うとか言わないから! 頼む!」


泣いて命乞いをするオッサン。


陰謀で家を没落させた時点で殺されてもしょうがない人物である。

そもそも、これだけ嫌われていたら、身受けをしたところでいつか殺されるのは目に見えている。今後この女には絶対に手を出さないだろう。


「おいオッサン! なんでこいつ買おうとしたんだよ」

女がドアをバンバン叩いている横から、男は呑気に話しかけた。


「こ、好みだったから! でもこんな狂暴だとは知らず……」

「クソ外道が! 死ね! 死ね!」

「こいつが? 物好きだなオッサン」


絶対殺すマンと化した女は一瞬、キッと男を睨んだが、再びドアを叩きだした。


「おい姐さんよ、こいつのどのへんがイヤなんだ?」

「食事は一日二回! 外道に決まっておろうが!」

「なるほど、食事の回数が問題だったようだな」

「一日二回は普通じゃろう! 何が不服なんじゃ!」オッサンも言い返す。

「黙れ下郎! 殺す! 殺す!」

「何回なら良かったんだ?」男は尋ねた。

「最低四回! 話にならん! 殺す!」

「えええ~~~~」

「だそうだ。食事をケチったおかげで命を落とすなんて、不憫なオッサンだな。しかし運命だと思ってあきらめろ。じゃあな」


男は面倒に巻き込まれるのは御免とばかりに、いそいそとテーブルや椅子を片付けはじめた。御者も御者で、いつ逃げ出そうかとタイミングを見計らっている。


そろそろ馬車のドアが持たなくなってきたようだ。

バキバキと破壊音が聞こえてくる。


馬車は壊してもトカゲは残しておいてもらいたいものだ。

せっかくだから一度くらいは食べてみようかな……などと男が考えていると、


「ギャアアアア――――――ッ!」


上の方から、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえてきた。


「むッ?」


男が見上げると、それは鳥ではなかった。


両翼を広げた幅が5メートルほどもある翼竜が、上空から襲い掛かって来たのだ。

御者は間一髪で馬車から飛び降り、キッチンカーの裏へと逃げて行った。


翼竜は鋭い足の爪をトカゲに食い込ませ、車体を繋いでいるベルトを引き千切ろうと暴れている。が、トカゲどもも食われてはたまらないと、必死に抵抗している。


「うわあああッ、なんじゃ! なんじゃ!」

「よ、翼竜だとぉッ!?」


揺れる馬車の中でオッサンはあちらこちらに転がって悲鳴を上げている。

この緊急事態に、さすがの女もようやく正気に戻った。


「危ないぞ! 姐さんもこっち来い!」

「承知!」


男は御者をフードトラックの中に押し込みながら、女を呼んだ。

状況を察した女が急いでトラックの中に乗り込むと、男は急いで運転席に滑り込み、車を発進させた。


「わりいな、オッサン。運が良けりゃあトカゲだけで済むだろ。

ま、食われても文句は言えなさそうだがな」


荒れた道を200メートルほど走らせ、男は車を小さな林の中に隠した。

木の影から来た方を見ると、馬車は横転、翼竜はトカゲ一匹を両足で掴んで飛び立とうという所だった。


「さすがに二匹はテイクアウト出来なかったんだな……」


男はトラックの荷台のドアを開けると、中の二人に声をかけた。

「おう、もう行っちまったみたいだぞ」


女と御者が恐る恐る外に出ると、翼竜&食料のトカゲが、遥か遠くの空で小さくなっていくところだった。


「あいつは食われなかったのか……クソ」毒づく女。

「他に美味そうなもんがあるのに、不味そうなもんから先に喰うやついるかよ」

「確かに」


「あの……旦那様が心配なので、戻っていただけないでしょうか」と御者が遠慮がちに言う。

「かまわんよ。俺もオッサンに一つ聞きたいことがあるんだよ」

「死体は確認しなければな。息があれば殺す」と殺気マンマンの女。

「まあ待て待て、事と次第によっては生かしておいた方がいいもの食えるかもしれないぜ?」

「ホントか!?」

「ホントだ。そうだよな?」


急に話を振られた御者は、一瞬の間を置いて事態を理解した。

「え、ええ! もちろんですとも! さあ、行きましょう!」


男は気になっていた。

この世界では、異界の人間はどんな存在なのか。

オッサンは、見慣れない自分のことを一発で異界人と認識し、接近してきたのだとしたら。

その目的が知りたい。いつ帰れるのか分からないのだから、と。


「よし、お前ら車に乗れ。馬車に戻るぞ!」


男は二人が荷台に乗り込むのを確認すると、車のエンジンを掛けた。

何ら当てのない異界人の自分にとって、オッサンから何か有益な情報が得られるかもしれないと期待をしながら。

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