第24話 氷革命
翌朝、ダイキが食堂でのんびり朝食後のお茶を飲んでいると、執事が銀のトレーに乗せたカードや書類をテーブルに置いた。
「ダイキ様、こちらが旦那様より申しつかっておりました書状や証明書の類にございます。これが、ご希望地の出店許可証とカード、そしてこちらが、港湾工事に関する最高監督権を示す証明書とカードです。存分にご活用下さいませ」
「お、おう……。改めて見るとかなりの権限移譲をされちまった格好だな。いまさらだが、俺なんかにここまで許可して大丈夫か?」
「何を仰いますやら。ダイキ様以外に適任者はおられませぬ。ご心配は要りませんよ。お困りの際は、フランツにお申しつけ頂ければ速やかに取り計らいますので」
壁際に『休め』の姿勢で突っ立っているフランツが、うなづいた。
ダイキの中では、監視役のフランツはすでに仲間のひとりだった。その彼と一緒に食事を取れない今の状況を、ひどく不自然に感じていた。
(奴は領主の従者の一人、そして俺とリッサは客人。立場が違うのは理解しちゃいるが……どうにも居心地悪いぜ)
「それから、氷魔法の使える魔導師と木工職人を手配致しました。別室で待たせておりますが、いかが致しましょうか?」
「そうだな、じゃあ厨房に来てもらってくれ。俺もすぐ行く」
「かしこまりました」
◇
ダイキが館の厨房に行くと、部屋の隅で所在なさげに立っている職人風の中年男性と、高校生くらいの若い男女いた。
若い二人組は身なりもよく、宝石のペンダントを首から下げており、何か棒のようなものを入れたホルダーを腰のベルトから下げていた。おそらくこの二人組は魔法使いなのだろう。
「お待たせして申し訳ない。俺は領主の客人で、料理人で商人のダイキだ。来てくれて本当にありがとう。雇用主は領主になると思うけど、実際に仕事をお願いするのは俺からになる。どうぞよろしく」
「で、異界人の旦那よ、俺ぁ何を作ればいいんだい? 俺は領都でも二番目に腕のいい木工職人のイーサンだ厨房の作業台なら一日で作れるぞ」
何故二番目なのだろう? 微妙に奥ゆかしい人物のようだ。
「ありがたい。確かに新しい作業台も後でお願いするけど、今日は別のものを作ってもらいたくてね。氷と食べ物を保管するための箱なんだ。詳しいことは後で説明するよ」
「ふむぅ。ま、仕事がもらえるなら何でもいいんだがね」
「そちらのお二人さんは、魔法使いさん、でいいのかな?」
男の子の方が先に答えた。
「はあ……。まあ、魔法使いと呼べるほどの力はないのですが、抱えられる程度の氷が作れる者、という募集を見て来た次第で。ホントに氷作るだけでお金がもらえるんですか?」
かなり半信半疑のようだ。
現在は読み書きが出来ることを買われ、領都で事務員をしているという。
「あの募集は本当だよ。安心してくれ」
「お兄ちゃん、さすがに嘘の広告で領主様が募集するわけないと思うんだけど」
この二人はどうやら兄妹みたいだ。
見れば顔はそっくりで双子なのかもしれない。
「異界の人って初めて見ました。本当にいるんですね……あ、失礼しました。ダイキさんは勇者様なんですか? なんでこんな辺境にいるんですか?」
「お兄ちゃん、失礼だよ。そんなに聞いたら。ごめんなさい、勇者様」
「あ、いや、俺は確かに異界人だけど勇者でも何でもねえ、ただの料理人で商人さ。今日は皆さんに、異界で使われている道具を作ったり、その中身を作ったりして欲しいんだよ」
「「「?」」」
「俺は氷屋を始めたいんだ。そして、氷を入れるための家具もたくさん作って各家庭に置いてもらいたいんだよ」
「「「えええ?!」」」
「「「「「「ええ――――!」」」」」」
目の前の三人だけではなく、厨房内の全員が驚いていた。
「あー、詳しい話は後でするとして、お二人さんに氷を作ってもらいたいんだ。箱型のやつが欲しい。一番大きいとどのくらいのが作れそう?」
「僕だと、荷車一台分くらいかな」
「私も」
ダイキはふむふむ、と言いながらメモを取っている。
「二人とも同じくらいのが作れるんだね。それは、どのくらいのスピードで、一日に何個作れる?」
「ええと……あまり考えたことなかったな。そのくらいの大きさだと、一時間くらいかかるかも。一日には……今の僕らだと、がんばっても2つくらいでしょうか」
「おお! すごい! それじゃあ半分の大きさだと一日に4個くらい?」
「いえ、もうちょっと大丈夫……倍くらいいけるかも」
「容積は二倍なのに一個あたりが小さいと作れるんだね。すごいなあ」
今度は妹さんが口を開いた。
「大きいのはですね、具現化と固定のためにすごい集中力が必要なんです。でも小さければ小さいほど、集中しなくても……そう、あまりがんばらなくても作れちゃうんです。手のひらサイズなら、この部屋いっぱいくらい作れちゃうかなあ」
「いやあ、すばらしいよ! おじさんはね、領民のみんなが氷を使って、腐った食べ物で病気にならない、元気な社会にしたいと思ってるんだ。君たちはそのための重要な役割を担うことになるんだよ。手伝ってくれるかい?」
「もちろんです! ね、お兄ちゃん」
「いや……なんというか、スケールの大きい話なのでビックリしてます……」
「するってえと、あっしはその氷を入れる箱を作る役ってわけですな?」
「出来れば鍛冶屋さんにも手伝ってもらいたいんだよな。氷を入れる箱の内側には、溶けにくいように金属の板を貼りたいから」
「小さい氷室ってわけですな」
「箱のスケッチは後で書いてお渡しするよ。一緒にこの事業を手伝ってもらいたい」
「ほお……、よくわからねえが、あっしで出来ることなら」
「よろしく頼む!」
「それじゃあお二人さん、えーっと名前を教えてもらえるかな」
「僕はカストール。妹はポリーです」
「じゃあ、このたらいの中に、長さ50センチくらい、一辺が20センチくらい……ってええっと、このくらいの長さの氷の角柱を作ってもらえる?」
「「はい!」」
双子は全く同じ動作で腰の杖を取り出し、同時に杖を振って、一瞬でたらいの中に氷柱を顕現させた。
「おお! 本物の氷だ! このくらいのサイズだと、あんまり疲れずに量産できるカンジ?」
「そうですね、2~30個作ったら一休みしたいかな? ってくらいです」と妹。
「ふむふむ……」
メモるダイキ。
「じゃあ、親指の爪くらいのサイズのはどう? ざらっといっぺんに作れる?」
「もちろん!」
双子が杖を振ると、たらいに一杯のキューブアイスが出来上がった。
「おお! すごい!!」
ダイキが手を叩くと、調理場の使用人たちも手を叩いた。
「この小粒のはだね、生の魚や肉、傷みやすい果物や野菜を冷やすのに便利なんだ。主に市場や商店、飲食店で多く使われるのを想定しているよ。量産出来ればだけど、この氷を漁船にも積み込めれば、魚を鮮度のよいまま水揚げ出来るようになるんだよ」
「なるほど……そんな使い方が。では、大きいものは?」と兄。
「大きいのは、大きい屋敷や酒場などの飲食店で、食品を保管する際に使うのを想定している。氷室に入れる雪の代わりだね。あとは食品や薬品など、鮮度を保ちながら長距離運搬するのに使うかな。
キミ達、氷作るだけじゃなく、ものを凍らせることも出来る?」
「もちろん出来ますよ! あー……あんまり大きくなければですが……」と妹。
「牛とか熊くらいなら凍らせることが出来ると思います!」
「いいね! いいね! 逆になんで無能扱いなのか理解できないぜ~」
兄の頼もしいお返事にダイキは満足顔だ。
「氷にはそんなに広い用途があったんですね! 異界の知恵はすごいです!」
「なのに僕らは……。あんまりだよ……」
「戦争の役に立たない、弱い魔導師は用がないって……」
「ひでえよな。だが俺は違う。君たちの素晴らしい才能を生かすことの出来る男だぜ!」
「わたし、うれしいです!」
「僕も!」
「まあ待て待て。喜ぶのはまだ早い。氷の使い道は他にもあるんだぜ」
ダイキは大きめの氷をたらいから取り出すと、ボウルの上に置いて、鉄板焼きのコテを使って削りはじめた。
「さらさら……雪みたい……」
「そうだね、ポリー」
サクサクとボウル一杯の削った氷を、ダイキは小鉢に盛って、ジャムやカットフルーツを添えて二人の前に差し出した。
「これは、『かき氷』って食べ物だ。俺の国で人気の、夏の暑い時にぴったりのスイーツなんだ。食ってみてくれ」
双子はかき氷の器を手に取ると、しばらく眺めていたが、
「雪って食べたことないけど……不味くはなさそうよね」
先に口にしたのは妹の方だった。
「最低線、ジャムの味くらいはするんだろう」と、兄も続く。
「「ん!?」」
二人の目が大きく見開かれる。
「どうだい? 悪くはねえだろ?」
まんざらでもなさそうな顔で、腕組みをしているダイキ。
「雪なのに、おいしーい! なにこれ! すぐ口の中で溶けちゃって……やだあ、おいしいよ~。こんな食べ方があったなんて知らなかった」
「ホントだな。雪にジャムを掛けるとこんなに旨くなるなんて……」
「あー、盛り上がっているところ悪いけど、天然の雪は生で食わない方がいいぞ。腹壊すから。これが出来るのは、人工の雪だけだからな」
「じゃあ私たち、いつでも『かき氷』っての食べられるんだね! お兄ちゃん!」
「そういうことになるな。帰りにいろんなジャムを買おうか」
「ふふふ。素敵なリアクションありがとう、お二人さん」
「「?」」
「俺の氷屋は、氷だけを売る店じゃないんだ。この『かき氷』を売るカフェでもあるんだぜ。どうだい、楽しそうだろう?」
「うん! おじさん、わたし『かき氷』屋さんやりたい!」
「こら、おじさんじゃなくて、ダイキさんだろ、ポリー」
「あ、ごめんなさい、ダイキさん」
「かき氷を食べたい人はいるかい? せっかく氷を作ってもらったんだ、みんなで頂こう。ただし一人一杯までだぞ」
「なんでです? ダイキの旦那」黙って様子を見ていた料理長が尋ねた。
「たくさん食うと、冷えて腹を壊すからさ」
「なるほど……」
いろんな味を確かめたくなったのか、料理長は使用人にジャムを取ってくるよう命じていた。
「かき氷パーティーになっちまったな。ま、いいか」
◇
その後、双子に支度金を渡し、職人に業務用保冷箱と氷用パレットの設計図を渡したダイキは、ライサンドラとフランツを伴って、ターレ村に赴いた。
街道から村の農地を眺めると、ところどころ作物が収穫されているのが伺えたが、およそ一割程度の出荷状況だろう。
作物が腐ってしまう前に手を打たなければ――。
人員の確保が急務だ。
「フランツさんよ」
助手席の男に声を掛けるダイキ。
「妙案がございます」
「ツーとくればカーって感じで助かるぜ」
「ツーとなんとかの意味は分かりませんが、このまま馬車の駅に向かいましょう」
「どうすんだ?」
「荷馬車を借りるんです」
「……みんな連れて帰るのかい? でもどうやって」
「いずれ分かりますよ。ふふふ」
フランツは種明かしをしてくれなかった。
レンタル荷馬車を伴って港の工事現場に到着すると、フランツが先に降りて現場監督の所に走っていった。
ダイキとライサンドラも彼を追っていくと、現場監督が真っ青になっていた。
「もう一度言いますよ。昨日連れ帰った村人に伝染病の疑いがありました。そのため工事を中止して、全員の検査を行います。皆を連れてきて、この荷馬車に乗せてください。いいですね?」
(妙案ってこれのことかよ! なるほど!)
ダイキは懐から、執事からもらった最高監督権の証明書を取り出して見せた。
「急な話で悪いが、あんたも病気になりたくはないだろう? これは領主様の許可証だ。全責任は俺が負うから、安心して彼らを送り出してくれ。安全が確認されたら、また連れて来るからよ。それまでゆっくり休んでくれよな」
「わ、わわわ、わかった……。すぐ集めるから……」
「もし監督さんが病気になった時は、ちゃんと治療費を出してやるから大丈夫だ」
「お願いしますぜ……」
現場監督はビビり散らかしながら、作業中の村人たちを呼び集め、荷馬車に乗せていった。
昨日の今日で男たちは驚いていたが、一時帰宅が出来ることを喜び合っていた。
ターレ村に到着後、全員にかん口令を敷いて、収穫作業をしてもらうことに。
「大きな荷馬車もレンタルできて、一石二鳥だったな。ものの数日で終わりそうだって村長も言ってたぜ」
「良かったですねえ。これで一安心です」
「今日はフランツのファインプレーだな」
「?」
「良い仕事をしたってことだ」
「なるほど。ありがとうございます」
ライサンドラがコンテナを抱えてやってきた。
「ダイキ~。これ、出荷出来ないんだと。どうする? モッタイナイのやつだろ?」
「おう、そうだ。モッタイナイのやつだ。よく覚えたな、リッサ」
「フフン。モッタイナイのやつを集めれば、お前が異界料理を作ってくれるからな」
「結局それかよ! でも、モッタイナイは集めて再利用するのが正義だぜ」
「これまで廃棄されていたものを再評価して価値を与えるんですね。すばらしい取り込みです、ダイキ殿」
「おうよ。モッタイナイを少しでも無くしていくことは素晴らしいことだ」
「それでは、出荷出来ないものの中から、再利用できそうな作物を集めてきましょう。ライサンドラ殿、行きましょう」
「うむ。たくさん集めて、たくさん作らせるぞ」
空きコンテナを何個も抱えて、ライサンドラとフランツは出荷作業中の村人の方に歩いていった。
「さてと……、今日は何を作るかな」
ライサンドラが置いていった未利用作物の箱を眺めながら、ダイキは、どんな風にこの子らを利用するか思案を始めた。
――野菜は、漬物、ジュース、携行食に。果物はジャムやドライフルーツ、果物パン、タルトなどにするか。
容器や調味料等々、足りないものは、野菜の売却益や売店の収益から領都で購入で充分賄えるし……。
「あ。あれも売れるかな」
ダイキは、かつて保存食を作ったことを思い出した。
加熱調理した具材を獣脂で固めたペミカンや、溶かしたマシュマロにシリアルを混ぜて冷やし固めたシリアルバーなどのことを。
これらの携行食が、旅人や冒険者たちの食を、もう少しマシなものに出来るのではないか、と。
今日から入院するのでしばらくお休みです(-人-)