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第23話 氷で冷やす冷蔵庫

「時に領主殿よ」

「な、なんじゃ改まって。どうかされたかの、ダイキ殿」

「港の建設について話がある」


 領主は身に覚えがあるのか、脂汗を垂らしながら思いっきり顔を背けた。


「国王様に催促されて、慌てて工事を始めた事は理解する。だが、投入する労働者にだって事情があるんだ。しかも自分の収入にも関係する事なのに、なんでしっかり調査・計画して実行しねえんだ? 全部現場にしわ寄せが行って、最悪人死にも出るんだぞ。分かってるのか?」


「うう……すまぬ。其方に面倒ばかりかけて」


「ちゃんと俺の話を聞けよ。あんたは、農民たちに収穫と出荷をさせておけば、きちんと税も取れたのに、たかが数日待てずにみすみす逃した。

畑じゃあ何割かの作物は萎びて売り物にならない。

その数割ぶん、あんたは損をした。

そして食い扶持も稼げぬままに働き盛りの男たちを労務に駆り出し、村に残った女子供や老人たちをいたずらに飢えさせた。

家に残した妻や子に食わせるものもないまま、強制労働させられる身にもなってみろ。士気が下がるどころか、あんたへの恨みはうなぎのぼりだ。

このままではいずれ暴動が起きるかもしれないし、そうでなくても手抜き工事で港はすぐに壊れて被害は甚大だ」


 領主はダイキの言葉で、初めて物事をリアルに想像した。

 そして、『暴動』の二文字に背筋が寒くなってきた。


「あんたが、たった数日、収穫を待てなかったために起り得る悲劇だ」


「ひ、悲劇……」


「俺が通りかからなければ、早晩大変なことになっていただろうぜ。家族を殺した領主に復讐したい奴を、領主自らが大量生産しちまったんだからな」


 領主は怖くなって、執事やフランツ、ライサンドラたちの顔を交互に見るが、誰も助け船を出そうという者はなかった。


「わしは……どうすれば良いのじゃ? 港は欲しいんじゃ……港を増築しなければ、国王様に怒られてしまうのじゃ……助けておくれ、ダイキ殿よ」


「じゃ、俺に一任してくれるかい? 悪いようにはしねえ」


 領主は米つきバッタのように、コクコクとうなづいた。


「よし。では、今年の作物の収益は諦めろ」

「えええ~」

「収穫の邪魔をしたオッサンが悪い」

「うう……仕方ないか……」

「それから、作物の収益以外の税は取り立てないこと」

「以外とは?」


「村人が農作物でジャムやピクルスなど加工品を作った場合の売り上げだ。農業は天候に大きく左右される。年によっては不作、飢饉も発生するだろう。しかし生計を立てる手段が他にもあれば生きていける。末永く農業をやって頂くために、それ以外の収益は保険だと思って見過ごすこと。いいな」


「わ、わかった」


「それと、ターレ村には俺の店の商材を作ってもらうことになった。彼らから材料を買い取り、人件費などの経費を差し引いてから所定の税金を納める。文句はないな?」


「ももも、もちろんもちろんじゃ。ダイキ殿の好きにされるがよいぞ」

「それじゃあ、村と川の船着き場と馬車の駅と港に店を出す許可証をくれ」

「相分かった。セバスチャン!」


 側に控えていた執事が半歩前に出て、

「かしこまりました。明日、書類をご用意致します」


「よろしく頼むよ、執事さん。なあに、悪いようにはしねえ。俺はあの村の子供たちがメシを腹いっぱい喰えるようにしてやりてえだけだからよ」


「其方の心のままにされるがよいぞ」

 なんとか格好をつけたい領主が、いいことを言ったつもりでドヤっている。


 山盛りの肉を片付けたライサンドラが、空になったワイングラスを振り回して言った。

「おーい、ダイキ。今日は魚料理は出ないのか? さっきたくさん買ってただろう?」


「まだ食い足りねえのかよ。魚は氷室に入れてあるよ。食べるのは明日だ」

「明日か……わかった」ライサンドラはしょんぼりした。


「氷室は金持ちの家にしかないんだよな……。せめて氷屋でもありゃあ、庶民も食べ物を冷やして保存できるのによう」


「氷屋、とはなんぞや? 異界の店か?」


「ああ。水を冷やす箱を使って氷を作って売る商売だ。飲食店や一般家庭に配達したりするんだ」


「飲食店はともかく、一般家庭に氷室があるのか?」


「いいや。もっと小さくて、氷が溶けにくい工夫を施した箱に、食べ物と一緒に入れて保存するんだよ。食べ物を冷やせば腐りにくくなり、領民の健康を維持できる。つまり労働力を保つことが出来るんだ。すごいだろう」


「確かにすごいものじゃな! 氷屋は! じゃが水が凍る箱など聞いたことはないぞよ。どうすればよいのじゃ?」


「氷魔法の使える魔法使いを雇って、たくさん氷を作らせるんだ。店の壁は分厚くして、氷が溶けないようにするんだよ。これは公共事業にしてもいいだろうさ」


「公共事業……つまりワシの仕事じゃな? 相分かった。何とかしよう」

「あとは各家庭などに保冷箱をどう配布するかだな。ま、おいおい考えるか」


 領主はワインを一口飲むと、

「ん~~~~。やはり、異界の知恵は素晴らしい! 何故こうも色々な考えが一つの道筋で繋がっていくのじゃろうか。何故こうも色々な物事をよく知っておるのか。不思議でならぬ」


「だから、俺の知恵じゃねえよ。先祖代々培ってきた知恵を学び、それをこうやってお裾分けしているだけだ。知恵は独り占めするものじゃなく、人を幸福にするために使えと教わった。自分が贅沢するためだけに使うんじゃない。でなければ、いずれ国は荒れて滅ぶ、と歴史が証明しているんだぜ」


「ワシは一体、何を学んできたのじゃろうか……」

「坊ちゃまはお勉強がお嫌いでございましたな」

「セバス、それを言うでない」

「失言でございました」

「とりあえず、氷屋の件、魔法使いを探してみようぞ」


「頼んだぜ。そんなにすごい魔法使いじゃなくてもいいんだ。抱えられる程度の氷が作れれば十分だ」


 領主は、こっそりライサンドラの様子を見ている。

 未だ未練タラタラのようだ。

 懲りない男だなあ、とダイキがぼやく。


 肉がなくなって、とうとうパンで腹を埋めはじめたライサンドラが口を挟んだ。


「その程度の使い手であれば、領都でも探せば見つかるんじゃないか。抱えられる程度の大きさでは使い物にならんから、いても別の仕事をしているだろう」


「もったいない話だ。すぐにでも求人広告を出して、ショボい氷作れる人募集するんだ。あとは保冷箱を作る職人も欲しいな」


「車にあるレイゾーコみたいなやつだな? 金属板で覆ってあるが、高くつきそうだぞ。庶民でも買えるのか?」


「庶民用は木でもいいんだよ。俺が生まれる前にあったやつは外側が木製で、内側は金属だったり木だったりで、二重壁になっていて、隙間には綿とか毛布とか熱を遮断するものを入れるんだ。それで箱の底には溶けた氷の水を受ける皿が入ってる」


「なるほど。それならば庶民用も作れそうだな」

「ああ。せめて数軒共同で使えるくらいには普及させてえなあ」


「ダイキよ。お前は料理が得意なだけではないんだな。知恵も働く。そして優しい。まったくもっていい男だ」


「なんだよ急に。褒めても今日はもう料理しないぞ」


「かまわん。今日、私はお前に学んだ。食を守ることは民を、国を護ることなのだと。私はこれからもお前のために剣を振るおう」


 ライサンドラは剣のかわりにナイフを天に掲げた。


「俺のためじゃなくて俺の作る料理のためじゃないのか?」


「バレたかw だがちゃんとお前を守るぞ。

 お前をこの国の宝……にしてもいいか?」


「そうだな。日本に俺の居場所なんて、もうねえからな……」


 居場所のない人間が、『こちら』側に引き寄せられる、という話をダイキは思い出していた。

 それならば、『こちら』に居場所を作ればいいんだな、と。

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