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第22話 ダイキのお説教

「さあみんな、乗った乗った。これで村までひとっ飛びだぜ!」

 ダイキは村人数人をフードカーの荷台に押し込んだ。


「と、飛ぶのか!? こわ!」村人の一人が悲鳴を上げる。


「飛ばねえよ。言葉の綾だ。馬車の何倍も早いから、すぐ到着するってだけさ」

「な、なるほど……異界の魔法の馬車はすげえんだな……」

「おうよ。水で走るからな」

「みみみ水!? 魔法だ……」

「おう。水を錬金術の窯で燃料に変化させて、それを燃やして走る仕組みだ」

「錬金術……。異界は錬金術が進んでんのか! こりゃやべえな!」

「「「「やべえぞこりゃ!」」」」


 ターレ村では『こりゃ』が流行っているらしい。


「おう。ホントはな、俺らの世界では魔法は大昔に廃れて、そのかわりに、魔法の中の一部の学問である、科学や薬学、天文学に錬金術が発展したんだよ。だから魔法使いじゃなくても、こうして車を動かすことが出来る」


「へえ……なんか難しいけど、似たもんがあるんだな!」

「肉や魚や野菜もほぼ同じだから、俺も料理が出来るんだけどな。へへ」


 村人がキラキラした目でダイキを見ている。


「そんじゃ行くか! みんなどっかに掴まってるんだぞ」

「「「「「おう!」」」」」


 炊き出し終了後、ダイキは現場監督に『お願い』をして、弱っている(という体の)数人の村人を療養のために村に連れていくことを了承させた。

 初めは無理にでも数名を連れ帰る勢いだったが、フランツの意見を採用して、この作戦を実行することとなったのだ。


 無論、実際には農作物収穫のためであるが、現場監督にも立場があるから病気療養などという建て付けが必要なのだ、とフランツは言った。

 そういった大人のやり方の苦手なダイキは、己もまだまだだな、と苦笑するしかなかった。が、スムーズに事が運べるのなら悪くもないか、とも思った。



     ◇



 ガチャ、とキッチンの外から扉が開いた。

 そこはもう、ターレ村に新設されたダイキ専用の駐車場だ。


「さあ到着したぞ。みんな降りてくれ~」

 車の外でダイキが手招きをする。


「もう着いたのか……。本当に早いな……」

「はええぞこりゃ」

「すげえなこりゃ」

「やべえなこりゃ」

「くらいぞこりゃ」


「まあ、夜だしな」


 男たちが戻ってきたのに気づいた村人たちが、一人、二人と集まって来る。

 家族と再会した男は、嫁や子供らと抱き合って喜んでいた。


 先に降りて村長を呼びにいったフランツが、まもなく二人で戻ってきた。


「ダイキ様! 本当に連れ戻して下さったんですね!」


「わりい、今日は五人しか連れてこれなかった。しばらくこの人数で出荷作業を進めてくれ。また何とかするからよ……」


「助かります! 本当に……ありがとうございます」涙声で感謝を口にする村長。

「いや……まだだ。作物が全滅する前に、急がなくちゃな……」


 村長とフランツは大きくうなづいた。



     ◇



 村人たちを送ったあと、ダイキたちが領主の館に到着する頃には、すっかり夜になっていた。使用人たちも休んでいる者が多いのか、屋敷の中は普段よりも静かだ。


「ダイキよ~~~、遅かったではないか~~~。待ちかねたぞ!」

 領主が直々に、玄関先でダイキを待ち構えていた。


「寝てても良かったんだぞ」

「つれないことを申すでないぞよ~。今宵も異界の料理を食べさせておくれ」

「あいよ。あとで持っていくから食堂でいい子で待ってろ」

「分かった。いい子で待っておるから、なるべく早くぞよ~」


 小走りに玄関ホールから去っていく領主を見送ると、ダイキは急に疲れがどっと出てきてしまった。


「ふう……。執事さん、これをオッサンに出してくれ。少し温めてからな」

「こちらは……?」


「異界風のミートパイだ。ブッ飛ぶぜ」

 サムズアップして見せるダイキ。

「あとで料理長に作り方を教えとくから」


「ありがとうございます。早速旦那様にお出しして参ります。他に何か御用がございますでしょうか」


「あー、いろいろあるけど後でいいよ。ミートパイ食わせて大人しくさせてくれ」

「かしこまりました。皆様もご夕食も用意させますので」

「たのんだぜ」


 執事がミートパイの皿を持って立ち去ると、ダイキはキッチンの後始末のためフードカーに戻った。



     ◇



 ダイキがキッチンの清掃と給水を終え、港で買った魚を氷室に保管していると、使用人が食事の用意が出来たと呼びに来た。


 食堂に案内されると、すでにライサンドラは山盛りの肉をワインで流し込んでいる最中で、ダイキの顔を見ると不満そうに言った。


「今日は料理しないのか? お前のメシじゃないと満足出来んぞ」


「リッサちゃん? お口に物を入れたまましゃべりしてはいけません。お行儀が悪いですよ」


「お前は私のママか」


「毎度毎度メシ食わせてんだから似たようなもんだろ。ったく、すっかり舌が贅沢になりやがって……」


「食わせたお前が悪い」


「やれやれ……。で、オッサンはミートパイあんま好きじゃないのか? 手つけてねえようだが」


「まさかまさか! シェフに敬意を払って、お主がやって来るのを待っておったのじゃよ。セバスチャン、温めなおして参れ」


 老執事は領主の前からエレガントに皿を下げると、スタッフ用出入り口から出て行った。


 貴族の館の構造上、主から見えないように使用人の作業エリアが配置されているのだが、その出入り口も巧妙に隠されていて、大きな柱や家具などを使い、直接目に入らないよう配慮されている。


 ダイキは、この建築上の工夫がとても気になっており、いつかは屋敷の全ての出入り口を見てみたいと思っているのだが、その試みが達成されるのはまだまだ先の話。



「して、ダイキ殿。此度の知恵働きと商いの数々、そして領民への炊き出しと、まさに英雄的な活躍であったと聞き及んでおる」

 チラと脇に立っているフランツを見る領主。


「ほう、もう報告を受けてるのか。仕事が早いな、フランツ」


 フランツは黙って会釈をした。


「ダイキ殿は料理人にして役人にして有能な商人でもあると。その発想はまさに異界的で素晴らしいものであった。それに引き換えワシは我が身が情けない……」


「反省はするんだな」

「しかし、何をどうすれば良いか、やはりワシにはよくわからぬ……」


「じゃあこれから勉強すりゃあいいんじゃないかな。人には得手不得手ってもんがあるが、勉強して経験を積めば、ある程度にはなるだろうさ」


「そうであればよいのじゃが……。其方、余の養子になり当家を継ぐ気はないか」

「断る」

「拒否が早すぎるぞ! 食い気味ではないか~」

「当たり前だ。それは勘弁してくれ」

「左様か……あい分かった。もう言わぬ。だから嫌わないでくれ」

「わかったわかった。お、パイが帰ってきたぞ。さあ、食ってくれ」


 執事が領主の前にミートパイの皿を置くと、丁寧に包み紙を広げてから後ろに下がっていった。


 領主はうっとりしながら、フォークとナイフを手に取り、静かにミートパイに刃を入れた。ナイフをすっと引くと、切り口が見えるようにパイの欠片を広げた。


 包み紙の上には、温め直した際に染み出した肉汁とソースが溢れているが、皿が汚れる気配は微塵もない。


「実に旨そうな香りじゃ……。紙を開くと、肉の匂いと一緒にバターの香りがふわっと立ち上ってきたぞ。なんとも食欲をそそる。この包み紙は以前も見たが、水や油を通さぬようじゃな。油紙のようじゃが、とても薄く、文様も美しい。王宮でも供されぬような薄紙であるのに、食事のために惜しげもなく使うとは、異界は非常に豊かな場所なのであろうな……」


 夢見心地な顔をしながら、領主は優雅にパイの一切れを口に含んだ。

 その瞬間――。


「ぬぉおおおおお――! なんじゃこれは! ここここんなサクサクサクサク、じゅわっとサクっとぬおおお――! う、うまああああい!」


 フン、と鼻で笑うライサンドラ。

 自分が作ったわけでもないのに、ものすごいドヤ顔である。


「そうかそうか。それは良かった。うんうん」

 腕組みをしながら満足そうにうなづくダイキ。

 彼の黒Tの袖が、筋肉質な二の腕のおかげでパッツンパッツンになっている。

「ちなみに具の鹿肉はリッサが仕留めたものだよ」


「有難く喰らうがよい」

「だからなんでお前が偉そうなんだよ。まあ肉のご提供には感謝しているが」

「左様か左様か、其方の肉、大変美味であるぞ」

「当たり前だ。ダイキが調理しているのだからな」


 とは言いつつも、まんざらでもなさそうな女騎士殿である。


「ところで、こいつがホイホイ森で動物を仕留めてるけど、ホントはそういうのって許可とか料金とかいろいろあるんじゃなかったっけか?」


「いかにも。我が領の森林資源は全て私のものであるからして、それぞれの森には守り人がおり、猟師や冒険者など一部の職業以外は勝手に木を切ったり動物を捕獲することを禁じておるよ」


「なるほど……、中世ヨーロッパとおおむね制度は同じということか。じゃあ、リッサは冒険者ギルドのパスを持ってるから狩りをしてもいいんだな?」


「冒険者の場合はあくまでも一時的な食糧調達を許可しておるだけで、定期的に狩猟をする場合は許可が必要じゃよ」


「ふむ。では、許可制なのは資源保護が目的ということで合っているか?」


「左様じゃ。皆が好き放題に食用動物を捕獲していては、あっという間にいなくなってしまうからのう。……肉が要り用なのであるか?」


「あー、まあ。基本的にはこいつが食う分と、あとはターレ村の炊き出し、それから名物のミートパイの材料とかかな。家畜を飼ってもいいのなら、森の動物はそう減らないと思うが」


「家畜、とは何じゃ?」


「え、この世界に家畜いないのか? えーっとだな、食用などのために繁殖させる動物のことさ。俺らの世界で流通している肉はほとんど家畜だぜ」


「ほう。異界は進んでおるのじゃなあ。別に村で家畜を飼っても構わんよ。わしもミートパイを食したいしのう」


「二言はないな?」

「うむ」

「ありがとう。これでターレ村も栄えるだろうぜ」

「左様か」

「領民が豊かになれば、回り回って領地も豊かになるんだぜ」


「左様か……。領民を豊かにすると貴族が貧しくなるのではないかと思っておるのじゃが……。領地経営は難しいのう……」


 執事が、ミートパイのソースで口の周りをベタベタにした主人の顔をゴシゴシと拭いている。相変わらず坊ちゃまはお行儀がよろしくない。


「時に領主殿よ」

「な、なんじゃ改まって。どうかされたかの、ダイキ殿」

「港の建設について話がある」


 領主は身に覚えがあるのか、脂汗を垂らしながら思いっきり顔を背けた。

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