第21話 港に行っちゃうよ 3
半ベソのフランツと、後から合流したライサンドラを連れて、ダイキはターレ村の男たちが働く工事現場にやってきた。
ぐったりしている村人に怒声を飛ばす現場監督。だがその程度で工期が縮むとは思えない。
監督がダイキたちに気づくと、不機嫌そうな顔で近寄ってきた。
「なんだお前達は。こっちは忙しいんだ、帰れ」
しっし、と追い払う仕草を見せる。
フランツが前に進み出ると、
「其方がこの現場の責任者か」
「だったら何だよ。何か文句あんのか」
「私はご領主のティロッサ伯の名代である。こちらが護衛の騎士ライサンドラ・ギュンター殿、そして、領主様のご友人のダイキ・タチバナ様であらせられる」
フランツは懐から金属のエンブレムのようなものを出すと、監督に見せつけた。
恐らく印籠のようなものだろう。
一瞬で監督の態度が変わった。
「な~~んだ、それならそうとおっしゃってくださいよ旦那、お人が悪い~。あまりお構いも出来ませんが詰所でお茶でも――」
「それには及ばん。我々はターレ村の民に用があって参った。其方に手間は取らせぬ、向こうでお茶でも飲んで休まれるとよい」
「はあ……と言われましても、まだ作業が」
ゴネる監督の前にダイキがずいっと出てきた。
「少しくれえ遅れたって大丈夫だよ。ちゃんと領主様の許可は貰ってる。あんたが起られるようなことはねえから安心してくれ。な?」
「ホントに?」
「ダイキ殿のおっしゃる通りだ。其方に咎が及ぶことはないと保証しよう。さあ、彼らの作業を止めるのだ」
「そういう話でしたら……。お前ら―!! 休憩だ!!」
およそ現場監督というものが声が大きくないと務まらないのは、いずれの世界でも同じもので。
「監督さん、俺の車……馬車をそこに置かせてもらってもいいかい? 夜には出て行くから」
「もちろんでございますよ、旦那。好きな場所に……ああ、材料の近くは危ないんで注意してくだせえよ」
「ありがとう、監督さん。良かったらコレで一杯やってくれ」
ダイキは男に袖の下を握らせた。
「うお! こんなにたくさん。す、すまないですねえ、旦那ァ」
「いやいや、仕事の邪魔して悪かったよ。どっかでゆっくりしてきてくれよな」
「旦那たちもごゆっくり! じゃあ」
現場監督は、思いのほか高額な臨時収入に喜んで、港町の方へ去っていった。
「やりすぎだぞ、ダイキ」珍しく苦言を呈すくっころさん。
「何がだよ。下衆に袖の下握らせんのって、こっちじゃやってないのか?」
「そうではない。与え過ぎだと言っているのだ」
「そうかねえ。街で買い物をした時の金銭感覚じゃ、そう多いとも思えんが」
「領都と下町では物価が違うだろうに」
「ま、いいじゃねえか。オッサンからもらった小遣いを有効活用しただけさ」
「あれだけあれば、さっきの串焼きが何本買えると……」
「お前の価値基準は食い物かよ!」
「他に何があるというのだ!」
ライサンドラはフン、と横を向くと腰の袋から豆を出してポリポリ食べ始めた。
「さてと、村人の様子でも……って見る影もないってカンジだな」
「よほど酷使されているのでしょうね、気の毒に」
二人は、座り込んでいる村人たちに歩み寄って語り掛けた。
「ターレ村の方々よ、我々は領主ならびに村長の名代で参った。急な招集で迷惑をかけたこと、お詫び申し上げる」
フランツは一気にそこまで言うと、村人たちに頭を下げた。
「何しに来たんだ……村はもう終わりだ」
村人の一人が投げやりに言う。
「俺は旅の料理人で、現在は領主にやっかいになっている、ダイキだ。村の女子供、老人たちは皆無事だ。食料も領都からたくさん運んで、子供らにもちゃんとメシを食わせてきた。だから安心してくれ」
「なんだって? それは本当なのか?」
村人がざわざわと騒ぎはじめた。
「ああ。みんなにパンも肉もタマゴも食わせてきた。だからもう大丈夫だ」
「本当ですよ。当座の食糧を主の倉庫から運びこみました」
「私が獲った鹿やイノシシやウサギも村の皆に分け与えたぞ!」
歓声を上げる村人たち。
みな、泣いて喜んでいる。
「でだ。まずはみんなに食事をしてもらいたいんだ。腹減ってるだろ?」
ダイキの問いかけに、一斉に「減ってるぞ!」と声が上がった。
「よし! じゃあ準備をするぞ。俺は車を取ってくるから、食事の準備でもしていてくれ」
「承りました、ダイキ殿」
「わかった」
ダイキはフランツとライサンドラを残して、一目散にフードカーへと駆けていった。
車に戻ったダイキが真っ先に考えたのは、村人の疲れを癒すことだった。
「手っ取り早いのは……野菜ジュースかな?」
工事現場に車を停めたダイキは、キッチンに入り、ミキサーを棚から取り出して作業台に据えると、野菜の下ごしらえを始めた。
「ニンジン、キャベツ、タマネギ、パセリ……と、ジュース向きはこのくらいか」
野菜をミキサーに入る程度の大きさに切ると、冷蔵庫からカットフルーツ、冷凍庫から氷を取り出し、ミキサーに放り込んだ。
「あとは多少の水と……そうだな。疲労回復にハチミツと塩を少し入れておくか」
残りの材料をミキサーに入れると、ダイキは蓋を手で押さえてスイッチを入れた。
「おーい、リッサ! 表にテーブル出しといてくれ!」
おう、と車外からライサンドラの返事が。
ダイキは出来上がったミックスジュースを次々とカップに注ぐと、トレーの上に並べていく。そして、再び材料をミキサーに入れてジュースを増産した。
「テーブル出したぞ」開口部からライサンドラが頭を突っ込んで声を掛けた。
「サンキュー。じゃ、これを外でみんなに配ってくれ。体力回復ドリンクだ」
「う……、なんだか苦そうな匂いだな。中身は何だ?」
「野菜と果物、それからハチミツと少量の塩だ。疲れた体に効く」
「な、なるほど……分かった」
「こぼすなよ。どんどん作るからどんどん配ってくれ」
「うむ。任せろ」
折り畳みテーブルの上にジュースを満載したトレーを置いたライサンドラは、村人たちに向かって語り掛けた。
「ターレ村の民たちよ、皆の畑で採れた野菜や果物を絞った汁だ。ハチミツも入っており、疲れを取る効果がある。飲んでくれ。いまダイキが皆に行き渡るよう、たくさん作っているから、慌てずともよいぞ。さあ、めしあがれ」
車の前でライサンドラがジュースを配り始めると、村人はおっかなびっくり紙コップに手を伸ばした。
ひと口目は顔をしかめながら、ふた口、三口と飲むうちに、クセになったのか、みな旨そうに飲んでいた。
「なんだか体が軽くなってきたような……」
「俺も」
「最初は苦いなと思ったけど、甘みが後からやってきて、あんがいスッキリ飲めるなあ。それにすごく冷たくて、のど越しもいい。舌の上に残る硬いものは……氷だな? こんな時期に氷だなんて、えらく豪勢じゃないか!」
「本当だ……。自分らが育てた野菜がこんな美味い飲み物になるなんて……。旅の料理人、マジですげえな!」
「さすがは領主が抱えるだけあるな……」
最初は微妙な顔をしていた村人たちも、ビタミンと糖分が体に回り始めると、モリモリ元気になっていった。
その様子を車の中から見ていたダイキは、ひっそりとガッツポーズを取っていた。
一方フランツは、村人の休憩所から、彼らが使っている簡易台を運んできて車の近くに並べている。
窓から顔を出したダイキは大声で、
「村のみんな、これからメシ作るから、ゆっくりしててくれ!」
歓声が上がる中、ダイキはフランツに声を掛けた。
「おつかれさん、フランツ! これからメシ作るから手が空いたらこっち来てくれ。ライサンドラはパンを用立ててくれ」
「了解ですダイキ殿、すぐ行きます」
「わかった。彼らに聞いてみる」
ダイキは魚の入った木箱に氷をブチ撒けると、スープ用の野菜をシンクに放り込み、バケツに水を張ってジャガイモをゴロゴロと流し込んだ。
「ダイキ殿、今日はどのような献立でしょう?」
「あー、野菜と魚のスープと、揚げたジャガイモだな。リッサがどんだけパンを持ってくるかだが、足りない分はジャガイモで腹を一杯にしてもらうつもりだよ」
「揚げたジャガイモ、ですか? それは美味しいのでしょうか」
「あたぼうよ! フライドポテトは世界中のみんなが大好きなんだぜ」
「それは期待できますな!」
「刮目して待て! アッハッハ!」
ダイキはフランツにタワシでジャガイモ洗うよう指示をすると、スープの仕込みを始めた。
大鍋に水を張り、湯を沸かす。その間、野菜を洗って細かく刻み、火が通りにくいものだけレンチンしていった。
レンジがピーピーなる度にフランツが飛び上がるのが、ダイキは可笑しくてしかたがなかった。
「いいかげん慣れろよw」
「と言われましても……魔物の声にしか聞こえないんですってば」
「くっくっく」
ダイキはフランツをからかいながら、魚の仕込みを開始した。
魚屋で買った中くらいのサイズの魚は、頭と内臓を取り三枚に卸した。小さい魚は頭と内臓を切り落とすと、包丁の刃で軽くウロコを取った。
「こいつらにはお風呂に入ってもらってと……」
金属製のボウルに入れた魚の上から、熱湯を回しかけて臭みを取り除く。本来ならば丁寧に表面を洗いたいところだが大勢を待たせているので、サっと洗うにとどめる。
ダイキは煮立ったお湯に塩、たまねぎ、おろしニンニクを入れてひと煮立ちさせてから、野菜と魚を入れた。
「スープはしばらく放置プレイだな。じゃ、次はフライドポテトを作ろう。カットするのを手伝ってくれ」
「了解です!」
ダイキは、コンロの隣にあるフライヤーにサラダ油を流し込むと、電源を入れて加熱を始めた。フライドポテトのみならず、コログラバーガーでも大活躍しているフライヤーだ。
「今回のフライドポテトは、皮つきの状態でこんがり揚げるワイルドなスタイルだ。細切りのも旨いけど、俺は皮つきの方が好きだな」
とはいえ普段彼の店で提供しているのは、冷凍の細切りフライドポテトである。
「ジャガイモといえば、煮るとか茹でるものだとばかり思っていましたよ」
「もちろんそれも旨い食い方だけどさ。いずれは色んなジャガイモ料理を食わせてやるよ。肉じゃがとかな」
「肉じゃが……なんだか美味しそうですね……すごく楽しみです!」
「醤油も手に入ったからな。期待して待ってろよ……ん? 外が騒がしいな……」
時折、車の外から歓声や笑い声が上がる。
おそらくライサンドラが娯楽を提供しているのだろう。
笑いが起れば、疲れもいくらか紛れるはずだ。
「ほう……。リッサが間を繋いでくれてるようだぜ。がさつに見えて案外細かいところもあるようだな」
「そのようですね。細かいかどうかは置いておくとしても」
ジャガイモのカットをしつつ、スープの灰汁を取るダイキ。味見をしては、香辛料などをちょいちょい放り込んでいる。
「そんなにスパイスを入れてしまって大丈夫ですか?」
「大丈夫もなにも。旨くするためなんだからしょうがねえだろ」
「うーむ、味に妥協をしない方ですな、ダイキ殿は」
「これでも結構妥協してんだがね……と、そろそろ油が温まってきたぜ」
二人がかりでカットした皮つきジャガイモをフライヤーのカゴに入れ、熱々の油に浸すと、ジュワっと細かな泡が溢れ出す。
「これでしばらく待つ」
ダイキが油を眺めていると、ステップを上がってライサンドラがやってきた。
ライサンドラはパンの入った大きなバスケットを抱えている。
「おーい、ダイキ。パン持って来たぞ」
「おつかれさん。けっこうあるな」
「ああ。これはもともと彼らの夕食用に現場で用意されていたものだ」
「なるほど。だからまとまった数があるんだな」
「うむ。彼らが満腹になるかどうかは分からんが。そっちはどうだ?」
「魚介スープとフライドポテトの調理中だ。みんなの口に合えばいいんだがね」
「問題なかろう、ダイキが作っているのだからな」
「私も同感です」とフランツ。
フライヤーのタイマーが鳴ると、ダイキは油から皮つきジャガイモ改め皮つきフライドポテトを引き上げてバットの上に空けた。そして塩をまんべんなく振りかけて軽くフライドポテトを混ぜ合わせた。
「フライドポテトはな、熱いうちに塩をまぶすんだよ。冷えると塩がくっつかなくなるからな」
「なるほど……勉強になります」
「揚げたイモか? 匂いはすごく旨そうだな……(じゅるり)」
ダイキは小皿にフライドポテトを盛ると、爪楊枝を刺して二人に渡した。
「味見をしてくれ。熱いから気をつけろよ。あとこのケチャップもお好みで使ってくれ。フライドポテトに付き物のディップの一種だよ」
ステンレスの調味料入れから、おなじみの赤いケチャップの入れ物を取り出し、彼らの前に置いた。
「ありがとうございます! ほう……うほ、ほほほふほふ、あふあふっ」
「ふん、ジャガイモごときで不甲斐ない。しっかり味わってやるわ! うぐ! ぐががが、あうあうあふあふあふっ!」
「二人とも火傷すんなよ。特にリッサ。カッコつけてる場合じゃないんだぞおまえさんは熱いコーヒーをガブ飲みした前科があるんだから余計に気をつけろ」
「ふえええ……」ライサンドラが口の中を火傷して涙目になっている。
「やれやれ」
世話の焼ける奴だとぼやきながら、ダイキは残ったミックスジュースの入ったミキサーに、氷を入れてガーっと回し、大ぶりな紙コップに三人分を注いで皆の前に置いた。
「火傷しそうになったら、それ飲め。食ったらスープの味見が待ってるぞ」
「「んー!」」
二人にジュースを勧めつつ、自分もゴクリと喉を鳴らして飲み下す。
冷たくて甘くて少し苦い。しかし体が求めている感覚がある。
大地の実りは人にも優しい、と思いながら氷をガリガリ噛み砕くダイキだった。
◇
魚介スープの準備が整い、いよいよ村人たちに振舞う時が来た。
お供の二人には事前に味見をさせているが、やはり不安は拭えない。
ドキドキしながらスープ皿に盛って配っていく。
「旨いと言ってくれるかね」
「当たり前だ。お前が作ったんだぞ、自身を持てダイキ」
「お前なんでも旨いっていうじゃんか」
「本当に旨いんだから仕方なかろう」
「お二人さん、しゃべってないでちゃんと配ってくださいよ。まだ列残ってるんですからね!」
配膳係のサボリに厳しいフランツ氏。
「「はーい」」
やがて、先にスープを受け取った村人たちが、驚きの声を上げる。
「なんじゃこりゃあ! こんなに旨い魚のスープ、初めてだぞ!」
「メチャクチャ高価な香辛料入ってんじゃないのか? こりゃあ」
「おおお、こりゃ体が温まってくるぞ!」
「付け合わせの揚げたイモもすごく旨いぞ! なんだこりゃ!」
「なんだこりゃ! としか言えねえぞこりゃ!」
ライサンドラが肘でダイキをつついて、
「ほらな。案ずることは無かっただろうが」
「お、おう。そうだな」
ダイキは内心、全力でガッツポーズを取っていた。