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第18話 ターレ村直売所 4

「こ、これが異界の筆と紙……おそろしく美しい……」


 ミートパイの値札を書くために、ダイキは普段使っているポスター用マーカーと、ちょっとオシャレな値札カードを出して、フランツに文字を書いてもらっていた。


「そりゃ向こうは千年くらい文明進んでるからなあ。こういうのが安く誰にでも買えるのさ。でも大量に輸入出来るわけじゃないから、やっぱあんま使わない方がいいのかねえ」


 フランツはゴクリと唾を飲み込むと、カラフルなマーカーを撫で回したり、穴が開くほど眺めたり。


「千年……ですか。確かにそれだけ時代が進めば、文明も進むのでしょう」


「そういうのオーバーテクノジーっつんだけど、正直あんま良くはないだろうな。こっちの世界に影響与えすぎちゃうじゃんよ。せめて300年先くらいまでにしといた方が安全だろうな」


「賢明なご判断です、ダイキ殿。過ぎた文明は人を狂わせます故……」


 言っているそばから、マーカーに魅入られているフランツ。


「この車とか雑誌とか調理器具にはそれほどご執心じゃなかったのに、筆記具とか画材とかはすげえ好きなんだな」


「うっ……ま、まあ。そうですね、ええ」


「もし戻れることがあったら、買ってきてやるよ。筆記具がいいの? それとも画材かい?」


「ど、どどど、どっちも、です!」

「OK。百均で買ってきてやるよ」

「ヒャク……? それは店の名前でしょうか」

「店の名前じゃなくて、種類かな。商店の業態の一種だ」

「なるほど……。もしご負担にならないのであれば、ぜひ」

「ああ。いつも世話になってっから、おみやげな」


 普段はクールな顔のフランツが、めずらしく表情を崩して笑った。


 丁度その頃……


「おーいダイキ、肉できたぞ」と表からくっころ女騎士の声。


 ダイキは窓から身を乗り出して、


「けっこうあるな。もう冷蔵庫にあんま入らねえぞ。半分くらい、みんなに分けてやれ」


「わかった」


 多少ゴネるかと思ったが、すんなり肉をお裾分けするライサンドラを見て、ダイキは彼女への考えを少々改めることになった。そこまで意地汚い女でもなかったんだな、と。


 結局、半分どころか四分の一ほどしか冷蔵庫に入らなかったため、大半は村人の胃袋に入ることとなった。


 ダイキはイノシシのモモ肉とトントロをラップでぐるぐる巻きにすると、むりやり冷蔵庫に押し込んだ。


「ダイキよ、この薄いのは何なんだ?」フードカーの窓から顔を突っ込んでいるライサンドラが言った。


「食べ物を腐りにくくするための膜だ。これ自体に防腐効果があるわけじゃないんだが、手や空気中の雑菌やカビがくっつくのを防ぐんだよ」


「雑菌? とは」


「目に見えないくらいの小さい生き物だ。そいつが物を腐らせたり、生き物を病気にしたりするんだ」


「なんで見えないのにいるって分かるんだ」

「小さいものが見える道具を使うんだ。望遠鏡と同じ理屈だよ」

「なるほど……わからん」

「多分こっちでも、遠い未来に同じ道具が作られると思うぜ」

「ふうん……」


『ピピー! ピピー!』

 電子レンジが鳴った。


「うわ、何の音だ!」

「いまミートパイ温めてたんだよ。中においで」

「お、おう」


 ダイキはレンジの中からミートパイを乗せた皿を取り出し、フランツとライサンドラに渡した。


 そして小声で、

「床に座って、外から見えないように食えよ。村人が欲しがるからな」


 二人は無言でうなづくと、熱々のミートパイを頬張った。


「ん!!!!!!!!」

「うお……こるぇわ……んなんといふ……みみ」


「うまいか。うまいか。よしよし」


「実家でもこんなに美しくも旨いミートパイは食べたことないぞ! 食べる前から香ってくるバターたっぷりのパイ皮は、何度も何度も折り畳まれているためサックサクの食感を持ち、表面に卵黄を塗ることで艶が出て食欲をそそるし、天面は美しく編まれていて歯ざわりも見た目にも楽しめる。さらに、フィリングの鹿肉は食べやすく細かく刻まれていて、スパイスをふんだんに使ったソースや野菜と混然一体となって、互いの良さを引き出しているではないか! このフィリングだけでも立派な料理なのに、さらにこんなに美しいパイ皮で包んで焼くとは、さてはお主、宮廷料理人だったのか? ヤバイにもほどがあるだろう! こんなものを路肩で売るなんて正気とは思えんぞダイキ! あたまおかしいぞ!」


「リッサは旨かったのね。はいはい。また作ってやるから安心しろ」

「うぐう……また作れよ?」


「まったくもってライサンドラ嬢のおっしゃる通りですよ、ダイキ殿。まさかこれも異界では、まさか『普通』なのですか? そ、そんなこと有り得ないですよね? こんなにサックサクのパイ皮、一体何層あるんですか? 通常のパイ生地は層なんかなくてクッキーのように固まっていますが、何をどうしたらこんなに薄い層のパイになるのです? まさか魔法ですか? 魔法ですよね? ダイキ殿、本気でこれを村人に作らせるおつもりなので? 大丈夫ですか! それにこの具もすばらしく美味ではありませんか! お屋敷でもここまで美味なものは出てきませんよ! 本当にこれはお屋敷から持って来た素材と、この村の野菜と、ライサンドラ嬢の狩った肉で出来ているのですか? 冗談も休み休み言ってもらえますか? しかもこれ本当に売るんですか? ヤバイですよ? 戦争になりますよ?」


「落ち着けフランツ。材料はこっちのものだ。それに魔法は使っていない。せいぜい食品を冷やすために氷を使った程度だ。また作ってやるから安心しろ」


「いや……しかし……」


「俺らの世界でも確かに大昔はクッキーみたいな分厚いパイ生地だったけど、数百年前にバターを練り込んで折り畳み、薄い層を作る技術が編み出されたんだ。知っていれば誰でも出来る、ただの技術だよ。きっとあと数百年もすればこっちでも生まれるだろうよ」


「なるほど、仕組みが分かれば可能なんですね。それにしたって……じゅるり」

「そんな物欲しそうな顔して真面目な話すんなよ」

「うっ、か、顔に出てましたか」

「けっこう出てたぞ」

「ううう……お恥ずかしい」


 文明レベルを考慮したつもりだったが、折りパイは思いのほか未来の技術だったので、微妙にやっちまった感を覚えるダイキだった。


 ――ま、分かれば誰でも出来るんだし、いいだろ、そんくらい。



 ダイキがテーブルなどを片付けて、二号店へ納品に出かけようとしていると、村長が走って近づいてきた。


「ダイキ様! 私も連れていってもらえませんか!」

「おう、村長さん。いいよ。フランツの隣に乗ってくれ」


「こちらへ」

 助手席のフランツがドアを開けて村長を手招きした。



     ◇



「いらっしゃい、いらっしゃい! サクサクで美味しいミートパイだよぉ~」

 二号店の店先で、ライサンドラがノリノリで客寄せをしている。


「ほっぺたが落ちるくらい美味しい、鹿肉のミートパイでございます! お一ついかがでしょうか~」


 なんと村長まで、くっころ女史の隣でセールスしている。

 ダイキがパイを焼いている間に、他の売り物は残りわずかになっていた。それを見た村長の魂に火が点いてしまったらしい。


「すごいですね! すごいですね! ダイキさんの商才はすばらしい!」


「そーでもねえよ。そもそも市場に出荷出来ないから、街で野菜不足になって、そんでみんなここで買ってるんじゃないか」


「それはそうですが……。あ、いらっしゃい! おいしいミートパイですよ!」


 馬車待ちの客が物珍しそうに、ふらふらとやって来たのを、すかさず捕まえる村長。お気の毒なのか何なのか。

 どうやら、包み紙が美しいので近寄って見ていたらしい。まさか中身がミートパイなどと思わず、結局は紙欲しさに一つ買っていった。


「おまけで売るのは気が引けるんだよなあ。食べ物を粗末にする奴がいるからな」

「そうなのか? おまけ目的でも食べ物がついてるから普通食うだろうが」

「そう思ってくれるだけで俺は嬉しいよ、リッサ」

「泣くことないだろう、ダイキ」


「俺はなあ、己の正しさを理解してくれる人間が、食べ物を大切にする人間が存在するだけで、泣けてくるんだよおおお」


 よしよし、と大男の頭をなでるライサンドラ。お前の作るものは全て食ってやる、とフードファイターの意気込みを熱く語る。


 そうこうしているうちに陽も傾き、売り物も全て捌けたので撤収することになった。


「何を書いているんですか? ダイキ殿」とフランツ。


「これかい? 帳簿。売り上げを記録してるんだよ。とりあえず、仕入れ値は市場価格を参考にした概算だけどな。ないよりはいいだろう。あとは人件費か……いくらだろ……」


「ダイキ様は帳簿もお付けになられるのですか?」と村長。

「一応はな。今後も定期的に営業することを考えると、必要になるだろう」

「私達のために、今後のことまで……有難すぎてお礼のしようもございません」

「これも何かの縁だよ、村長さん。それにまだ問題は解決してねえ」

「港の事、ですな」

「ああ……」


 ダイキと村長は、先々のことを考えると渋い顔にならざるを得なかった。

 

 店を畳んだ一行は、直売所一号店に移動して店じまいの作業を開始した。

 ダイキはこちらでも簡易的な帳簿をつけている。


「ダイキさん、物々交換は値段とか分からないよ? どうすんだい?」

 小間物屋のおばちゃんが言う。


「交換したものの値段でいいかな。そこまで厳密じゃないだろうし。あと、売り物にした交換品は、仕入れ値は野菜の価格だな。残った交換品は、売れた時点で計上……と。たしかそんなルールだったけっかな。あんま複雑な商売してないから、簿記とか忘れてるぜ」


「いや、大したものですダイキ殿。商人ギルドの経理担当も務まるでしょう」

「ヤだよ事務とか。俺はバーガー作りたいんだよ、フランツ」

「確かにダイキ殿に、事務作業は似合いませんな」

「だろ」


 最初は半信半疑で販売を始めた一号店スタッフたちは、今ではすっかり商売の喜びに目覚めて、笑顔にエネルギーが漲っている。


「みんなお疲れさん。ゆくゆくは、村のみんなが作った商品を直売所で売って、農業に依存しない方法で生計を立てられるようにしたいんだよ。野菜のスープや果物のジュース、ジャム、そしてパイやお菓子とかな。作り方は教える」


「ありがたいねえ……ホントにありがたい。やっぱりダイキさんは勇者様だよ」

「よせやい。皆で稼いで皆で豊かになろうぜ」

「でもいずれは領主が税でみんな持っていくだろうね……どんなにがんばっても」

「心配すんなよ、おばちゃん。俺に考えがあるんだ」

「ホントかい?」

「ああ。いい返事を待っててくれよ」

「頼んだよ、ダイキさん」


 大きくうなづくダイキ。

 港にも直売所が作れるといいなあと思いつつ。

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