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第17話 ターレ村直売所 3

「ふう、これでお代わりが二度目だな」


 ターレ村直売所二号店は、駅の利用客の多さも相まって、新鮮野菜があっという間に売り切れてしまった。

 そのためダイキは二度ほど商品の補充をしなければならなかった。


「獲れたて新鮮というのが良かったようですな、ダイキ殿」

 野菜の木箱を運びながらご機嫌なフランツが言う。


「やっぱりそこなのかい?」


「もちろんですよ。通常の野菜や果物は、市場に卸してから時間が経って店頭に並ぶものですから、鮮度は決して良くはないのです」


「なるほどねえ。確かに俺らの世界でも、鮮度は重要だ。実際、食品を冷やしたまま運搬できる大型の車がたくさん街を走っているからな」


「冷やしたまま、ですか。冷却系魔法の使える魔導師でも集められればよいのですけれどね。こんな田舎ではなかなか……」


「都会ならいるの? 魔導師って」

「もちろんですよ」

「高給で魔導師を呼べればいいのになあ」

「そうですねえ……」


「じゃあさ、これから魔導師になろうと思ってる地元の子に、奨学金を出すとか、どうだい? 資格とか取れたら地元で仕事してもらうとか、ね」


「さすがはダイキ殿、ご晴眼にございます。のちほど役人にでも尋ねてみましょう」

「それがいいや。氷作るだけで生活できたらいいもんな」

「ですね!」

「それじゃあ一号店を見に行くか」

「御意」



「ただいま~。二号店、大盛況だよ。こっちも頑張らないとな。何か特色でも出した方がいいのかねえ……」


 二号店とは逆に、一号店の売り上げが若干落ちてしまったのをダイキは懸念していたのだが。


「ダイキさん、そうでもないわよ。あれから売り上げ戻ってきたんだから」

 小間物屋のおかみさん改め、一号店店長が言う。


「そうなのか?」


「ええ。近所の評判を聞きつけて、乗り合い馬車で来た人や、二号店で話を聞いてこっちに大量買いしに来たお客さんとかもいたからねえ」


「なるほどね。それは何よりだ。これで現金収入も多少は増えたから、街で必要な食糧も買うことが出来るな」


「ホントにダイキさんのおかげだよ。でも、やっぱり税金取られるんだろうねえ」

「どうなんだ、フランツ?」


 いきなり話を振られたフランツは、

「当面は無税で運用してもよいと思いますよ。

そもそも収穫できない原因は領主が働き手を搾取しているからなのだし、それで収益が出ないのならそれは領主の責任です。

挙句の果てに支援も積極的に行わないとなれば、税の免除くらいして当然だと。

なに、ダイキ殿がやっておられる事業ですから、主人も無体な真似はしないでしょう」


「お前さん、どっちの味方だよ」少々呆れているダイキ。

「私は民とダイキ殿の味方ですよ」

「領主が泣くな。まあ、そういうことだから安心してくれ、店長」

「よろしく頼むよ、ダイキさん。フランツさん」

「ああ!」

「はい!」


 それから店長は、物々交換で得た品々を彼らに見せた。

 思いのほか品数はバラエティに富んでおり、中には貴重なもの、高価なものも含まれていたのだが、客は喜んで置いていったのだそうだ。


「こりゃ、わらしべも可能かもしれんなあ」

「なんです? わらしべって」フランツがキョトンとして尋ねる。


「俺の国に古くから伝わる、物々交換で大富豪になるっておとぎ話だよ。貧乏な主人公が、わらをどんどん色々なものと交換していって、最後にお屋敷の主になるんだ。自分にとって重要でない物も、他人にとっては必要なこともある。その逆も然り。

ここにある高価な品物も、その客にとってはあまり必要でもなく、新鮮な果物の方が価値が高かったんだろうな」


「なかなかに含蓄のあるおとぎ話ですな」


「でさ、せっかくだから、こいつらにも値札を付けて売ってみたら面白いんじゃねえかなあ。もちろん物々交換してもいい。村で必要なものまで売るこたぁねえけどさ」


「なるほど。店長は雑貨店を営んでおられるから、これらの品物の価値もお分かりになろう。値札をつけて販売されてはどうか」


「ダイキさんも面白いこと言うね」と店長。「まあ、ある程度なら値段も分かるけど、宝飾品とかは分からないよ。ついででいいから街で売って来てもらえないかねえ」


「だってさ。フランツ、預かってくれるか?」

「もちろんです。なるべく高く売って参りましょう」



 ダイキたちは直売所一号店を後にして村に戻ってきた。フードカーで一服しようとすると、折り畳みイスとテーブルを出してくつろいでいるライサンドラが二人を待ち構えていた。


「おかえり。これ料理してくれ」

 ライサンドラが顎をしゃくって、テーブルの上に並んだ生肉をダイキに見せる。


「ウサギか。じゃあ仕込みするよ。食べるのは後でな」

「うむ、頼んだぞ」


 ん? ダイキはふと違和感を覚えた。

 あの食いしん坊のくっころが、腹減ったと言わない。


「お前、もう何か食ったのか?」

「ふっ。とっくに一匹焼いて平らげたわ」


 くっころさんは言いたいことだけ言うと、フードカーの屋根に昇り昼寝を始めた。



 そうですよねー。このくっころが大人しく待ってなんかいませんよねー。

 と、ダイキは妙に納得してしまう。


 なるほど、この女が狩猟上手なのは、己の胃の腑を満たすための必然だったのか、と急に腹落ちしてしまった。必要に迫られて、だったのかと。



「俺らもメシにするか、フランツ」

「そうですね。セバスチャン殿から弁当も預かっておりますし」

「いつのまに」

「あまり村人に見せびらかさない方がよいでしょうし、厨房の中ででも」

「しゃあねえな。ちと狭いが」


 二人の男はフードカーの中に入って、弁当を広げた。中身はハムサンドだ。素朴な味わいだが悪くない。三分の一ほど残して平らげたあと、食後のコーヒーを楽しんだ。


「フランツ、悪いんだが屋敷でもらってきた材料でかまどを作ってもらえないかな。やり方わかんなかったら村人に聞いてくれ」


「了解です。ご期待に沿えるよう、精一杯勤めさせて頂きます」

「いやそこまで気張らんでもいいけど。煮炊き出来ればいいんだから」


 フランツはくすくす笑ってうなづいた。



 一服を終えたダイキは、いくつかの材料を台車に載せると、村長の家にやって来た。オーブンを拝借するためである。


 玄関先でダイキが、

「村長さん、悪いが厨房のオーブンを貸してもらえないだろうか」


 中からすっ飛んできた村長が、快くOKしてくれる。

「ああ、お連れ様から伺っております。どうぞどうぞ、お使い下さい。使用人がご案内致します」


 いつのまにかフランツが手を回していたらしい。気の利く御者である。

 領主は有能な人材を日頃からムダにしていたようだ。


「助かるよ」

「して、何をお作りになられるので?」

「うちの騎士殿が鹿を仕留めたんで、ミートパイを作ろうと思ってね」

「ほう、それは素晴らしい」

「旨そうだろ。でもこれは炊き出しには使わないんだ」

「みなさんで召し上がるので?」

「食べないこともないけど、うまく出来たら直売所二号店の売り物にしようと思って」

「なんと!」


「馬車の駅では待合の客が腹空かせてるから売ってみようかなと。あそこには水くらいしかないからね」


「それは思いもよりませんでしたな……」


「もともと俺はサンドイッチの移動販売をしていた料理人なんだよ。だから俺にしてみれば普通のことなんだがね」


「左様でございましたか。あの箱のような車で料理を売っておられたのですね。それで、こちらの世界でも販売をしようと」


「あくまで上手に焼けたらだよ。もちろん村長さんにも味見してもらうよ」

「楽しみにしております」


 二人の話を部屋の隅で、興味津々に聞いていた女性が二人。使用人らしからぬ服装だ。村長の家族なのか。


「そっちのお嬢さんたち、良かったら一緒にキッチンに来ないか? 途中で味見してもらいたいからさ」


「いいのですか? ああ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私たちは――」

 想像どおり、二人は村長の奥方とご令嬢だった。



 ダイキは台車に乗せた食材をゴロゴロと押しながら、村長宅のキッチンに案内された。領主の屋敷に比べれば手狭だが、フードカーのキッチンよりはずっと広い。なにより石窯オーブンが設置されているのがポイント高い。


 地球の西洋では、村で大きなオーブンが据えられているのは、教会や修道院と相場が決まっていた。だがこの村には教会のようなものは見当たらず、パン焼き小屋と村長宅くらいなのだろう。


 ゆくゆくは領主からのお小遣いで村立のオーブンを設置してもいいかもしれない、などと思いつつ、ダイキはオーブンの中を見物していたが。


「では、そろそろ始めさせてもらいますよ」

「これはホントにミートパイの材料なんですの?」


「そうだよ。道具は異界から持って来たモンだけどよ、材料はだいたい同じなんだよね。でも味覚まで全く同じか分からねえからさ、お嬢さん方に味見をしてもらいたくってな。よろしく頼むよ」


「「「はい!」」」


 ダイキは材料や調理器具を調理台に並べると、小麦粉の計量から開始した。

 住人たちは珍しそうにそれらを眺めている。さすがは異界の道具、まるで分からないねえ、などと言いながら。


 ダイキは、デジタルスケールにボウル、ふるいを乗せ、カップで小麦粉を盛っていく。次に粉をふるいにかけ、ダマがあればすり潰してボウルに落としていく。


「しょりしょり……と。滑らかなパイ皮を作るには、ダマをこうしてすり潰してやらんとな」


 そしてバターをナイフで細かく刻むと小麦粉の入ったボウルに放り込んだ。


「あー、失敗したな。ラップで包丁くるんでやりゃあ切りやすかったんだが、ま、いいか」


 などとブツブツ言いながら料理をする。


 ダイキはクーラーボックスから冷水の入ったペットボトルを取り出し、計量カップに注いで塩を二つまみほど入れてよくかき混ぜ、クーラーボックスに入れた。


「パイ皮なんて作るの久しぶりだから、上手くいけばいいんだが……」


 ぼそりと呟きつつ、ダイキは製菓用のカードを使って粉を混ぜ始める。


「粉とバターをこうやって切るように混ぜて……と。なんとなくまとまってきたら」クーラーボックスから水のカップを取り出し、「水をちょいちょいっと差してやって、粉っ気がなくなるまで切るように混ぜる。混ぜる。混ぜる」


 ダイキは手際よく材料を混ぜ合わせると、ボウルの中でパイ皮の生地が出来上がってきた。見た目や手ごたえは、小麦粘土を思わせる。


「こんなもんか。そしたらこいつは丸めて、乾燥しないよう何かで包んでから、しばらく冷やしておく」


 ダイキは丸めた生地を多少手で潰すと、用意していたジッパー袋に入れてクーラーボックスに仕舞った。


「ダイキ様、この箱は食べ物が冷たくなる魔法でもかかっているんですか?」

 村長の娘が訊いた。


「いんや。箱自体には特に仕掛けはない。ただ分厚く作ってあって、中の温度が変わりにくくなっているだけだよ。冷える方のカラクリは、こいつ」と言って、板状の保冷剤を取り出した。どこにでもある普通の保冷剤だ。

「これは物を冷やす箱に入れて凍らせた板。中身は水よりもねっとりしていて一度凍らせると溶けにくい。

この板をこの箱に入れておくと、ものを冷たいまま持ち運びが出来るんだよ。まあ氷でも理屈は同じなんだけど、板の方が長持ちするからね」


 ほお~、と全員が感心している。


「俺らの世界じゃ魔法は大昔に廃れちまっててね、その代わりに科学という技術が進んだのさ。俺が持って来た道具は全部、科学で作られたもんさ」


 皆が目を丸くしているなか、ダイキは生地作りの道具を片付けると、コンテナからパイの具の材料を出して作業台に置いた。


「さて、ここからは皆さんにも手伝ってもらうよ。ミートパイの中身を作る作業だ。多分、俺らの世界ととこっちの作り方は、あまり変わらないだろうな」


 野菜の下ごしらえ作業を女性陣に振り分けると、ダイキは嬉しそうに鹿肉の仕込みを始めた。



     ◇



 そして約二時間後――。


「「「おいしそ~~~~~!!」」」

「ま、見た目はな。さあ、切り分けるぞ」


 完成の報せを受けて村長も厨房にやってきた。

「勇者殿のミートパイ、ワクワクしますな!」


「だから勇者じゃねえっつの。料理人だ」


 見事に焼きあがった鹿ミートパイを前に全員が盛り上がる。

 太い指で小器用に編んだパイ皮を崩さぬよう、ダイキは丁寧にナイフを入れた。


「よし。ま、具は最初から火が通ってるから皮が焼けてりゃ食えるんだけどな」


 まんざらでもなさそうな顔をしながら、全員にパイを配った。

「さあ、食ってくれ。忌憚のない感想を頼むぜ」


 皆が一斉に口に頬張ると、


「ちょっと待ったあああああ――――!」

 シャウトと共に厨房のドアがバーン! と開かれた。

 どこから嗅ぎつけたのか、ライサンドラが襲来してしまった。


「んだようっせえな。試食中だから外で待ってろ」

「えええ~~~~」


 ダイキは皆に、どうぞどうぞとジェスチャーすると、

「これは売り物! お前は全部食っちゃうからダメだ」


「そんなああああ~~~」

「そんな絶望的な顔してもダメなもんはダメだ。屋敷に帰ったら食わせてやっから」

「でもぉ~~」


「今日俺が何のためにこの村に来たか忘れたのか! 男たちが戻るまで、なんとか食つなぐ方法をなんやかんやするためだろうが! この大食い女が!!」


「そうだった……すまん」

「でもま、お前が捕って来た鹿があればこそのミートパイだ。感謝してるよ」

「うむ。じゃあイノシシを解体してくる」


(あの短時間でイノシシを仕留めてきたのか、こいつは)


「お、おう。頼んだぞ」


 ライサンドラはトボトボと厨房を出ていった。

 家人たちが彼女を気の毒がるので、


「お気持ちは有難いが、うかつに食わせられないんだよ。あいつは、あるだけ食っちまうからな。それより、味はどうだい?」


「とても美味しいです! こんなに美味しいミートパイ、初めてです!」

「なんですかこれは! 貴族の食べ物ですか?!」

「ミートパイがこんなに美味だったとは……」

「おいしすぎて……これホントに売っちゃうんですか~~~?」


 感想は上々だった。


「気に入ってもらえて良かったよ。材料さえあれば、みんなにも作れるはずだから、いつでも食えるよ。このミートパイを村の名物にしようぜ!」


「「「「はい!」」」」


 ダイキはミートパイを切り分けると、ハンバーガーの包み紙で丁寧に包装し、フードカーに持ち帰った。


 車の近くまで戻ると、フランツに頼んでおいたかまどが完成していた。

 彼と共に老人たちが談笑していたので、手伝ってくれたのだろう。


「ただいま! おお、かまど出来てるな。お疲れさん」


「お帰りなさい、ダイキ殿。こちらの皆さんのおかげで、あっという間に完成いたしました」


「おお、皆さん、どうもありがとう! 助かります!」


「なんの、ダイキ様は村に恵みを下さった英雄、この老いぼれで役に立てるのなら、お安い御用でございますよ」

 老人の一人がダイキに応える。


「ところで、パイは出来たんですか?」とフランツ。

「ああ。思いのほかいい出来だ。村長さんちのオーブンが良かったおかげだぜ」

「左様ですか。それは何よりです」

「じゃあ、売りに行くから値札書くの手伝え」

「喜んで」


 ダイキとフランツがフードカーのキッチンに入っていった。

 フランツが現代日本の筆記具に目を回すまで、残り3分。

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