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第16話 ターレ村直売所 2

 直売所から戻ってきたダイキは、領主の家から持ち出した小麦粉を村人に配ることにしたのだが……



「皆に均等に配ると、あっという間になくなりますな。ご厚意は有難く存じますが……」困り顔の村長。


 ダイキが村長の屋敷で小麦粉の寄付を申し出たものの、コメの配布のつもりでいたら、全然足りなかったのだ。一人前の目方で言えば、米の半量か。


「う~ん、小麦粉って食いでがねえなあ」ぼやくダイキ。

「とりあえず各戸配布は行わず、まとめてパンを焼いて配布する方式にしましょう」

「悪いがそうしてくれるか。また粉を調達してくるから」

「助かります、ダイキ様」



 村長の屋敷を後にしたダイキは、キッチンカーに戻って出発の準備を始めた。

「出かけるぞ、二人とも」


 おう、と短く返事をして、そそくさと荷台の屋根に上るライサンドラ。


「どちらに行かれるんですか? ダイキ殿」

 片付けを手伝いながらフランツが尋ねる。


「とりあえず、街かな。買いたいものがあるんだ」

「食料でしたら一度屋敷に戻ってセバスチャンに相談なされては」

「あんまり迷惑かけたくないんだが……」


「元はといえば食料はすべて農民が作ったものですよ。あんな無茶な徴集をかけたのですから本来であれば補償はあって然るべきです」


「領主の部下のあんたがそんなこと言うとは驚きだな」


「我々を何だと思っておられるのか。そもそも主人がだらしないのが問題なのですから。その尻ぬぐいをよりによって勇者殿に押し付けているのが情けないのです」


「別に俺は好きでやってるだけだが……」


「いいえ。主の失態を捨て置けぬと立ち上がったのはダイキ殿であります。これが尻ぬぐいでなくて何なのかと」


「まあ、そう言えなくもないとは思うけどね。実際、領主は農民は奴隷だくらいに思ってるのではないかと……違うの?」


「確かに以前はそのような考えも横行していましたが、異界より勇者たちが来られるようになって以来、文明の進んだ異界の倫理が我々の世界を少しづつ変えてきたのですよ。ダイキ殿から見れば、まだまだではございましょうが」


「えっと、なんかごめん」


「いえ。異界の恵みは私たちの歪みを正し、暮らしを豊かにしています。ゆっくりではありますがね」


 歪みを正す。

 本当にそうなのだろうか。


 自分たちの世界こそ、歪みまくっているはずなのに、とダイキは思わずにはおられなかった。

 未来の技術で豊かさを与えられているというのなら、それは確かにそうなのだろうけども。


 果たして。


 自分たち異界の人間は、この世界の生態系の救世主なのか、それとも破壊者なのか。今の己に知る術はなく。


 けれども。


 目の前の飢えた子供を救うことくらい、許されてもいいのではなかろうか、とも思う。


「そうか。もっと住みよい世界になるといいな」

「ええ、ダイキ殿」

「じゃあ行こう。オッサンの家に」

「御意!」


 ダイキはキーを回し、フードカーの水素エンジンを始動させた。



     ◇



 村を出たフードカーは、あっという間に領主の屋敷に到着した。馬車を連れていなければ、自動車の移動速度なら遠い距離でもないのだ。



 田園風景を抜け、草原を抜け、石壁の城塞に入ると街が広がり、その奥に件の領主の屋敷がある。

 ダイキの記憶にある中世ヨーロッパが舞台の映画やアニメでおなじみの、ああいう地方都市。その大通りを真昼にフードカーで走っていった。

 とにかく目立って仕方がないのだが、他にどうしようもなく。ただ、領主の客人であることは広く知られているようで、わざわざ絡んでくる阿呆もないので、ダイキは居心地の悪さのみを味わっている。



「ただいま、執事さん」

 屋敷に入るなり執事に声をかけるダイキ。なおライサンドラはいつのまにか車の屋根からいなくなっている。きっと狩りにでも行ってしまったのだろう。


「何かご入用ですね?」

「なんで分かったんだい?」

「お顔に書いてございます故」


「ありゃ」

 照れ隠しに頬を掻くダイキ。

「それじゃあ、小麦粉とバターをそれなりの量……お願い出来るだろうか」


「もちろんでございます。あれらは元々、農民たちのものですから」

 執事はにっこり笑ってダイキを食糧庫にいざなう。

「でも、旦那様にはナイショですよ。あとで買い足さなければなりませんから」


「すまない、街の食品店で購入しようとしたんだが、フランツが執事さんに相談したらどうかと言うので……」ちらと後ろにいる御者を見るダイキ。


 フランツは目を細めて微笑んでいる。

 彼も主人の搾取には胸を痛めているのだろう。



 執事は屋敷のバックヤードの廊下を、ダイキとフランツを連れて食料庫向かっていた。絨毯の敷かれた廊下と違い、こちらは飾り気のない石床だ。

 主人たちと使用人が接触しないよう、貴族の館は二重構造になっており、清掃や調理などの作業者が移動する裏側の廊下や倉庫が用意されている。


「それにしても、坊ちゃまも、もう少々こらえ性があればダイキ様にこのような面倒をおかけすることになりませんでしたのに」


「というと?」


「近在の村の畑では、野菜のほかに豆や小麦も栽培しております。小麦の収穫にはまだ時間がかかりますが、豆はまもなくでございます。豆の収穫まで待っておれば、それなりに食いつなぐことも出来ましたでしょうに」


「豆か……」


「現在、野菜や果物の収穫をしても長期保存の出来るものは少ないですから、ほとんどは市場で現金化致します。そのお金で小麦や豆、肉などを購入し、次の収穫まで生活するのが一般的です」


 けっこうな自転車操業だ。悪天候や害虫害獣による被害、そして戦災などが発生すれば、あっというまに飢餓に襲われてしまう。


「急な徴用でそれすら行えず、あの村は過去の蓄えでギリギリ食いつないでいる状況でございましょう。こんなに追い込まれる前に、今ある作物を自家使用に回せておれれば……」


「それすら自分たちの判断では出来ないってことなんだな。農民がいなければ今日のメシすらまともに食えないってのによ」


「おっしゃる通りでございます」


 ずっと黙って話を聞いていたフランツが口を挟む。

「あの時ダイキ殿が炊き出しをしていなかったら、あの子供たちの何人かは生きながらえることも叶わなかったやもしれません」


「そうであって欲しいし、大きく育って欲しいと思ってるよ」


 フランツと執事は静かにうなづいた。


「港に駆り出されてんのって、あの村の連中だけなのか?」

「現在のところは。一番港に近い村でございます故」と執事。

「なるほどな……」

「坊ちゃまに領地経営など……いやこれは失言でございます。どうぞお忘れください」

「他に人材いなかったのかよ……」

「いっそダイキ殿が補佐役になられるというのは?」

「なんで俺。そんな頭良くもねえぞ」

「ダイキ殿の申されることであれば、主も聞く耳を持ちますからな」

「確かに」と執事まで同意する。

「むしろライサンドラはどうだ。ケツ叩いてでも言うこと聞かせるぞ」

「姫騎士殿は戦場にこそ咲く華なれば」

「戦場ないだろ。むしろ平時だろ」

「確かに」

「はあ……。とにかく村に戻らないと。あと、大鍋とかレンガも欲しいんだ」

「かまどにお使いですか? であれば薪もご一緒に、お車に積み込みましょう」

「助かるよ」


「いえ、全ては領民のため、領主が率先して行わなければならぬ事をまれびとたるダイキ様が御身を以て行って下さっていることですから、お礼を申し上げこそすれ、迷惑に思うことなど一切ございませぬ」


「そっか。でも少し安心したよ。貴族とか領主とかの側の人がみんな、領民は搾取対象としか思っていないんじゃなくってよ」


「左様でございますか。確かに異界の民が訪れるより前は、そのような振る舞いも当然とされておりましたが、数十年前よりイシキカイカクとかいう教えが伝わりました結果、王国内での非人道的な行いは徐々に減って参りました故」


「この世界に流れ着いたのが、俺たち日本人で良かったよ」

 ダイキは心からそう思った。



 執事から大量の救援物資とお土産をもらったダイキたちは、ウサギを数匹ぶらさげたライサンドラをピックアップしてターレ村に戻ってきた。すると、


「おじさーん! ここ、荷車とめて! ここだよ!」

「みんなで作ったのー!」

「ぼく板はこんだの~」

「おじさーん、ここだよ~」


 子供たちがダイキの車をしきりに誘導するではないか。


 見れば、村の入口近くに、なんとフードカー専用スペースが出来ていたのだ。

 重量のあるトラックのタイヤが轍を作らぬよう、石や板の敷かれた駐車スペースが、村のゲート近くに施工されていたのだ。


「ええ! これみんなが作ってくれたのかい?」

 運転席から身を乗り出してダイキが子供たちに問うた。


「そうだよ! 村長さんとか、おじいさんたちと一緒に作ったの!」

「ありがとう! すごく嬉しいよ!」


 なるほど、さすがに子供だけではなかったか。

 港の労務に徴集されなかった老人が材料や技術を提供し、子供たちはお手伝いをしたということなのだろう。

 しかし、駐車スペースなどと気の利いたことをしてくれるなんて。

 ダイキの炊き出しは、老いた村人たちの心にも火を点けたのかもしれない。


「フランツ、救援物資の方を頼む。俺は直売所を見てくるよ」

「お任せ下さい。村長宅に届けて参ります」

「私はどうする?」とライサンドラ。

「そのウサギでも解体していてくれ」

「わかった」


 ダイキは小麦粉の運び込みを御者に任せると、村を出て街道の直売所に向かった。


「よう、調子はどうだい?」売り子の女性に声をかけるダイキ。


「旦那かい。ものすごい勢いで売れてるよ! 最近店に野菜が出回らなくて困ってるって人も多くてさ、買った人から噂を聞いてきたお客が何人もいるんだよ」


「やっぱりか……。ありがとう。品物が足りなくなったら、また収穫して店頭に並べてくれ」


「まかしときな! ところで、たまに物々交換したいって客がいるんだが、どうしたらいいかね」


「村に必要なものなら交換してもいいんじゃないかな。量とかは、お姉さんの目利きにお任せするよ!」


「お姉さんとか言って~、異界の人は口が達者だねえ。わかった。任せとくれ」

「よろしく頼むよ。お前らもお手伝いありがとうな。彼女を助けてやっておくれ」


 売り子の子供たちの頭を撫でてやる。


「街から小麦粉を運んできたから、みんなの分のパンを焼いてもらうことになったんだ。あとで村長さんから配られると思うから食ってくれ。じゃあ、俺は向こうで料理するから。用があったら呼んでくれ」


「「「はーい!」」」



 フードカーに戻って来たダイキは、フランツを呼ぶと売り子第二号の選定を依頼した。


「でもどうしてです? 交代要員ですか?」

「いや、直売所の二号店を出すんだよ。一号店、すごい人気なんだ」

「それは良いですな。では早速行ってきます」


 フランツを見送ったダイキは、村人をつかまえて作物の収穫を依頼した。


 直売所で作物が飛ぶように売れている、という話をにわかに信じられなかったようだが、売り子を交代した子供たちからも異口同音に直売所の人気を語られると、やっと信じる気になった。


「ダイキ殿、お連れしましたよ。」

「売り子にって呼ばれたんだがね、私でいいのかい?」


 まもなくフランツが初老の女性を連れて戻ってきた。

 どうやら酒場のおかみさんらしい。


「ありがとう、もし良ければ直売所の売り子を頼みたいんだが。場所は、馬車の駅の中だよ」


「馬車の駅だって?」

「村の前だけじゃ間に合わなくってなあ。二号店をお任せしたいんだ」

「なんとまあ。分かった。私に出来ることがあるんなら、手伝うよ!」

「助かるよ」


 ダイキは、収穫された作物をコンテナに詰め、フランツと酒場のおかみさん、そして子供を数名乗せて馬車の駅に移動した。


 フランツを先に車から降ろし、駅の世話人に話を通してもらうと、ダイキは待合所の近くに売り場を設けてターレ村直売所二号店の営業を開始した。


「しかしまあ、よくこんな場所に店を出せたもんだねえ、ダイキさん」

 おかみさんが商品を丁寧に並べながら言う。


「ああ、領主様からもらった商人ギルドのパスがあるからね。責任者は俺ってことになってるから大丈夫だよ」


 ほらね、とダイキはおかみさんにパスを見せる。

 そして急ごしらえのメニューを店の前に置くと、呼び込みを始めた。


「さあさあ、紳士淑女の皆様方、どうぞ御覧じろ! こちらにありますは、近隣の畑より本日収穫したばかりの新鮮な野菜に果物だよ! 街の八百屋よりちょっと安くて、みずみずしいよ! さあ、買った買った!」


 腹の底から声を張ったダイキに、馬車の駅じゅうの人たちが注目した。

 何事かと人々が集まってくると、見慣れぬ服装や人種から、ダイキが異界人だと知れて、なおさら人垣が出来た。


 あらかた人が集まったところで、ダイキの口上が始まった。


「聞いておくれよ皆の衆、こちらのターレ村の子供たち、飢えて苦しんでいたところを見かねて、昨晩俺は炊き出しをしたんだ。

何故こんなことに? と聞いてみると、野菜や果物の収穫直前に、領主様から港の労務に徴集されちまったという。

収穫直前、ってことはつまり、市場に卸せないってことだ。卸せなければどうなる? 金が入らないってことだ。売る作物は山ほどあるのにだ! おかしいと思わないか? 思うだろう? 

そこで俺は考えた。市場に出せないなら、せめて少しづつでも売って子供にメシを食わせることは出来ないか、とね。

そこでこの店だ。この子らを哀れに思うなら、そして街で野菜が買えずに困っているのなら、どうか買ってやってはくれまいか? 今ならこの買い物バッグをおつけするぞ! さあ買った買った!」


 ダイキの口上が終わると同時に、一斉に客が群がった。我先にと野菜や果物を手にした人々を華麗に捌きながら、おかみさんはレジ袋に商品を詰めては会計をこなす。結構修羅場に強い人材のようだ。

 子供たちは、売れた商品を裏から補充するのに大忙しだ。それでも次から次へと売れていくのが嬉しくて、みな笑顔で客に礼を言っていた。


 横でダイキの口上を聞いていたフランツは、呆れ顔で彼を見ていた。

 そして小声で、

「まさか泣き売のために子供らを連れてきたのか」


「まさか。仕事を覚えてもらいたかっただけだよ」

 とダイキも小声で返す。結果的にそうなってしまっただけなのだ。


「えーっと、もっと大量に野菜とか果物が欲しい人は、ターレ村まで直接買いにいってくれ。獲れたての作物をご提供するよ!」


「ところで兄さん、あんた異界人だろ? なんで野菜売ってんだ?」

 一人の男がダイキに問うた。


「ああ、異界人のダイキだ。数日前にここに来たばっかだ。俺は元々料理人で、勇者でもなんでもねえ。子供が飢えていたり、食べ物が粗末にされるのが許せねえ、ただの通りすがりの男だ。縁あってターレ村の人々を支援している」


「勇者じゃないのか。なーんだ」


「そうそう。勇者なんかじゃねえよ。ただの料理人だからな。そんで、ほら、ちゃんと商人ギルドのパスもあるんだぜ。領主様からもらったヤツだよ」


 ダイキはピラピラと商人ギルドのパスを皆に見せた。

 その脇からフランツが前に出て、


「こちらのダイキ殿は、我が主たるティロッサ伯の庇護下にある。ダイキ殿にご用のある方は領主邸まで書状を出されるがよい」


「のようだ。俺はまだこちらの事はよくわからないんで、領主様のとこの執事さんにでも問い合わせしてもらえると助かる。それと」


 ダイキは急に凄みを出すと、

「ターレ村は俺の大切な場所だ。何かあったら……分かるよな?」

 と、人々にクギを刺すのだった。

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