第15話 ターレ村直売所
「お待たせ! メシ出来たぞ~!!」
「一列にならんでくださーい。子供さん優先でお願いしまーす」
「うまいぞー! ダイキのメシは最高だからな!!」
キッチンカー前に配給所を設営したダイキたちは、村人たちに鹿肉入りスープとタマゴサンドの提供を始めた。
透明なラップに包まれたタマゴサンドに、みな戸惑っていたが、これは異界の包み紙で、食べるときは手が汚れないよう一部だけ剥くのだ、と教えた。
不思議なものは何でも異界のもの、で説明が済んでしまうのもどうかと思うが、衛生状態の悪い中、手づかみで食べさせるよりマシだとダイキは判断した。
「この透明なやつは、食べ終わったら食器と一緒に持って来てくれ。また使うから」
実際には再利用などしない。だが、処理方法の分からない連中に石油化学製品を持たせておくのは危険なので、回収しなければならない。その方便が『また使うから』なのである。
皆に行き渡った後、ようやくダイキたちも食事を始めた。
昨日の肉はウサギだったが、今日は獲れたての鹿肉だ。牛肉には劣るがウサギには十分勝っている。
「俺、新鮮な鹿肉って初めて食べるよ、リッサ。案外旨いな」
「新鮮じゃないのなら食べたことがあるのか?」
「ああ。カレー……えっと、香辛料漬けの煮込みになったやつならね。香辛料が多すぎて、正直あんま味がわからんかったよ」
「それは災難だったな。なに、いつでも捕って来てやるからな。今度はあの丸いサンドイッチにしてくれ」
「鹿肉バーガーか。豪勢だなあ。じゃあ、まずはパンを作るところから始めないとな。領主んちのパン、みんな細長いもんなあ」
「なるほど。あと、お前の作ったやつ、パンがとても柔らかかったぞ。やはり特別なのか?」
「いや、普通だよ。小麦粉の配合が違うだけだから、こっちでも作れると思うぞ」
「なるほど。楽しみにしているぞ。あと、衣の中に白い乳のソースが入ったやつのサンドイッチもな」
「あれかー……。あれはこっちで作るの、ちょっと大変かもしれない。でもなんとかするよ」
「大変なのか。そうか。でも私のために作れ。お前のアレが食べたい」
字面だけ見ると相当エゲツない発言をしている自覚のないライサンドラ。
ダイキは思わず苦笑する。
「ああ、作ってやるよ。そしてまた、お前を唸らせてやるぜ」
くっころさんは、ふふ、と笑うと大口を開けてタマゴサンドを放り込んだ。
◇
食後、ダイキはライサンドラの解体した鹿肉の一部を冷蔵庫に保管すると、残りは村人に分け与えた。どのみち全部を冷蔵保存することは出来ないのだから。
捕って来たライサンドラ当人も、また捕まえればいいからと快く提供に同意した。
「さてと……。ちょっくら散歩してくるわ」
ダイキが車を離れ、村を出ていこうとすると子供たちがついてくる。ぞろぞろと子供らを引き連れて行った先は、街道だった。
村の入口は街道から横道を数十メートルほど入ったところにある。街道の両脇に広がる農地は柵で区切られている。ところどころ柵が壊れているので防犯上の不安があったが野菜泥棒が発生していないところを見ると、この国の食糧事情はそう悪いものでもなさそうだ。
ダイキが柵に寄りかかり、街道を行き来する馬車や人を眺めていると、子供らも意味が分からないまま彼の真似をして柵に寄りかかって往来を眺めた。
「おじさん、何見てんだよ。なんもないだろ~」
早速飽きてきた子供がダイキに尋ねる。
「いや、あるよ。ここをどのくらい馬車や人が通るのか、それを見てる」
「なんだそれ、つまんなーい」
他の子供も面白そうなことがないと分かるや、ぞろぞろと村へ帰っていった。
「そりゃそうだ。交通量調査なんて、ガキが面白いわけねえよ」
腕組みをしながら、ぼそりと呟くダイキ。
しばらく街道を眺めていたダイキは、やがて村へと戻り村長の家に向かった。
「村長さん、ちょっと話があるんだが」
「どうされました? ダイキ様」
村長に椅子を勧められて腰かけながら、
「働き手を今すぐ全員呼び戻すことは難しいが、あとで港に行って交渉してみるよ」
「そんなことが可能なんですか?」
「もちろん。いきなり大勢を引き抜くのは難しいが、多少であれば可能だ」
「ああ、助かります。……己の無力さが情けない」
村長さんが落ち込んでしまった。
「あんたは悪くないよ。それより、ちょっと相談なんだけど」
「なんでしょう?」
「このまま黙って男らが戻るのを待ってたら、みんな飢えてしまう。だから、商売を始めようと思うんだ」
「商売、ですか?」
「ああ。村の入口で、野菜と果物の直売所をやりたいんだよ」
「直売所……?」
「そうだ。俺のいた国には、八百屋や市場もあったけど、畑の近くで農家が作物を売る店ってのもあるんだ。それが直売所」
「なるほど……。この村では農作物は全て、まとめて市場に卸していましたから、直売所なんて考えてもみませんでした!」
「とにかく当座の食い扶持を、少しでも稼げたらと。それで時間稼ぎをして、男たちの帰りを待ってもらおう、ってな。だが俺は作物の値段が分からないので、相談に来たんだよ」
「値段、ですか」
「ああ。市場の価格じゃなくて、キャベツ一個あたり、リンゴ一個あたり、でどのくらいかって。値段を板に書いて、野菜の横に置いておく。それを通りがかった人なんかに売る。個人に売るわけだから、少ない分量あたりの値段が必要なんだよ」
「市場ではなく、個人に売るんですね。でも勝手に商売なんて始めても大丈夫でしょうか……」
「問題ない。俺は領主から、商人ギルドのパスをもらってる。領主の推薦状つきだぜ。ほら」
ダイキは昨晩もらったばかりの商人ギルドパスを村長に見せた。
「おお……確かに商人ギルドの上級パスですね。これなら問題ありませんな」
「あんたらの悪いようにはしねえよ。ホントにな」
「ですが、どうしてここまでご親切にして下さるのですか?」
「それは――子供が腹いっぱいメシが食えないのが、許せないだけなんだ」
「そうですか……そうなんですか…………」
村長は目頭を押さえ、鼻を啜っていた。
◇
ダイキは子供たちと一緒に、直売所で置くための作物を集めに行った。なかでも、極力見栄えのよいものを選び、大きさを選別し、汚れを落として形も整えた。
「こいつも使うか。どうせ文字は読めねえし、目立てばいいもんな」
キッチンカーから平たいポリタンクと竿、そして何かが書かれた布を取り出した。タンクには水を詰め、竿には布を取り付けた。
「ダイキ、これは何だ?」不思議そうな顔でライサンドラが見ている。
「旗の一種だよ。ノボリって言うんだ。目立つだろ?」
「たしかに」
ダイキはポリタンクと竿を手に、ライサンドラは折り畳みテーブルを持って、街道まで運んだ。
「ま、このへんでいいだろう。テーブルを広げてくれ」
「分かった」
ライサンドラがテーブルを広げる横でダイキはポリタンク――ノボリの重りを置き、そこに竿を立てた。そよ風がノボリをゆらゆらと、はためかせている。
盗難防止に彼女を留守番に置いておくと、ダイキは村に戻り、売り物の入った木箱を台車に積んで戻ってきた。
「お、早速注目されてんな。通行人がガン見しながら歩いていくぞ」
「お前はここで何をやるつもりなんだ?」
「お店。野菜とか果物を売るんだよ」
「こんな路肩でか?」
「いいか、リッサ。いまこの村には男手がなくて、こんなに作物があるのに収穫できない。収穫できないから市場に売りに行くことも出来ない。市場に売れないから現金収入がない。ここまでOK?」
「う、うむ」
「だが、今すぐに男たちを港から連れ戻すことが出来ない。だから、ここでチマチマと作物を売って、子供らが飢え死にしないように時間稼ぎをするんだよ。俺らが港から男たちを連れ戻すまでな」
「時間稼ぎ、か。ん? 私たちで男共を連れ戻す? どうやって?」
「港に行ってから考える」
「なるほど? ……わからん」
「まあ、数人くらいならすぐ戻せるはずだ。領主から路銀をもらっているからな」
「そうか。まあよくわからんが、肉ならいつでも捕って来てやるぞ」
「お、おう……頼むわ」
やはりライサンドラには難しい話のようだ。
ダイキは、マジックでメニューを書いた木の板をテーブルの前に立てかけ、レジ袋に野菜を詰めるとテーブルの上にいくつか並べた。
「ダイキ殿、お連れしましたよ」
まもなく中年女性を伴ってフランツがやってきた。
「急なお願いで申し訳ない、どうかご協力ください」
ダイキは中年女性に頭を下げた。
彼女は村で小間物屋を営んでいる商人で、貴重な売り子経験者だった。
いきなり子供たちに物販を任せるのが不安だったため、フランツを使って経験者を探してもらっていたのだ。いずれはお手伝いをしてもらうことになるだろうが。
「品物を買ってくれた人に、この袋をサービスでつけてやって欲しい。一人一枚だけな。袋がなくなり次第、サービスは終了だ」
見たこともない素材で作られたレジ袋を見て、小間物屋のおばさんがビビってしまった。
「こんな貴重なものを……野菜なんかと一緒にくれてやってもいいんですかい?」
「かまわないさ。今日は開店初日だからな」
これが日本なら、開店初日には記念品が配られるのは普通のことなのだが。
「それとな、もっとたくさん作物を買いたいって人が来たら、別途対応。他の人を呼んでその場で収穫してもらおうぜ」
「わかりましたよ、お兄さん。ガンガン売ってやるからね」
不安そうだったおばさんが、いつのまにか笑顔になっていた。
ダイキは考えていた。
考えるのはあまり得意ではなかったが、頑張って考えた。
この直売所が成功したら、どんどん支店を出して収益を上げようと。
二号店は道の駅に。三号店は川の船着き場に。そして四号店は港に。
支店には野菜や果物のほか、すぐに食べられるようなものも置き、交通の要所を利用する市民の腹も満たしたい。そう考えた。
たとえば菓子パンや総菜パン、手作りジャム、果物ジュース、野菜スープ、そして肉を使った何か――たとえばパイやキッシュのようなもの。
このようなものを内製出来れば、きっと村の名物にもなろう。子供らにも十分食べ物を与えられるし、教育にも手が回るかもしれない。
――そうか。
ダイキは気づいた。
己のやろうとしていることは、ただ子供を満腹にすることではなく、この先もずっと子供達を幸せにしようとしているのだと。
直売所や食品製造は、その手段にすぎないことに。
だけどそれは、村長や領主の仕事じゃあないのか?
これだから大人は――。