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第14話 ターレ村とゆでたまご

 近隣を周って気が済んだダイキは、ようやくターレ村に戻って来た。

 昨日と同じ場所に車を停めると子供達がわらわらと集まってきた。


 ダイキは車を降りると、開口一番。

「今日も元気に炊き出しすっぞ」


 屋根からひらりと飛び降りたライサンドラは、

「今日は何を作るんだ?」

「なんだろうなあ。とりあえず腹に溜まるもんだろ。まず野菜を収穫しねえとな」

「肉は要るか?」

「要る。あればあるだけいい」

「分かった。すぐ狩りに行こう」

「頼りにしているぜ、リッサ」

「私の分、ちゃんと残しておくんだぞ! では行ってくる!」


 シュタっと手を上げると、ライサンドラは一目散に森へと走り去っていった。

 どうでもいいが、何であんなに獲物を捕るのが上手いのだろう、貴族のご令嬢なのに……と素朴な疑問を抱くダイキだった。


「おう、今日も来たぞ! みんな顔色が良くなってきたな!」


「おじさーん、スープは?」

「スープ飲みたーい」

「おじさんのスープ欲しい!」

 子供たちが口々にスープの催促をする。


「おう、もちろん作るぞ。だが材料が足りないんだ。みんな、手伝ってくれるか?」

「「「はーい!」」」

「ありがとう! じゃ、ちょっと大人の人に挨拶してくるから待っててくれ」


 ダイキはフランツを伴って村長の家に顔を出すと、今日の活動内容について説明をした。村長は驚きを隠せなかったが、全て任せると彼に言った。


 二人が村長の屋敷から出ると、村人たちが挨拶してくれる。初日の塩対応とは随分な違いだ。やはり物資の提供は住民の心を柔らかくする。


 キッチンカーに戻ったダイキは大鍋に水と卵を入れてコンロにかけると、フランツにゆで卵の製作を任せた。

 そして昨日分けてもらった野菜の水洗いを村人にたのむと、収穫用に折り畳みコンテナを抱え、子供達を伴って畑に向かった。



「おじさんおじさん、今日は何つくるの?」

 あぜ道を歩きながら村の子供が尋ねる。


「今日はね、タマゴサンドと野菜スープだ。お姉ちゃんが何か捕って来てくれたら、お肉も入れる予定だよ」


「タマゴサンドって何?」


「ゆで卵をつぶしてパンに挟んだおいしいサンドイッチだ。おじさんの故郷では、子供が大好きなサンドイッチだよ」


「ええ~、ゆで卵でサンドイッチ作るの? そんなことしていいの? だって卵でしょ?」


 ダイキは少し寂しそうな顔で言った。

「いいんだよ。領主さんから君たちのために、たくさん卵とパンをもらってきたからね。安心して食べていいんだよ」


 子供たちは不安そうに顔を見合わせると、

「ホントに誰にも怒られない? 大丈夫なの?」


「もちろんだ。さっき村長さんの家に行って、みんなに料理を作っていいって許してもらったからね。だから大丈夫なんだよ」


「やったあ!」

 子供たちは大喜びでダイキの周りを跳ねまわった。


 だがダイキは、食べ物ひとつであっても大人の目を気にしなければならない村の子供たちを想うと胸が痛んだ。そして、この子らが毎日おなか一杯食べられるようにしてやりたい、そう強く願った。


(だけど、俺に何が出来るんだろう……)


 弱気になる自分に気づき、歯を食いしばる。


 領主からの小遣いで子供らのパトロンになるわけにはいかない。

 今すぐに村の男たちを連れ戻すのも現実的には難しいだろう。


 もっと根本的な、新しい手段が必要だ。

 どうすれば……。



 迷うな。進め。


 目的を、明らかにしろ。

 持てる武器を、明らかにしろ。


 あらゆる手段を使い、目的を実現しろ。

 それが己の務めならば。



 ダイキは弱気な自分を鼓舞する。

 かつて己を鼓舞して鼓舞して進み続けた末に、心が折れたことも忘れて。


(出来るのか? じゃない、やるんだ。目の前に飢えた子供がいるのだから!)



 炊き出しに必要な分の収穫を終えてダイキがキッチンカーに戻ってくると、フランツはゆで卵を水で冷やしているところだった。野菜の水洗いは既に完了している。


「フランツ、卵が冷えたら全部剥くからな」

「了解です、ダイキ殿」


 全部剥くと言われても顔色ひとつ変えないフランツを見て、ダイキは頼もしさを覚えた。 


 ダイキは、畑から持って来た追加の野菜を村人に預けて水洗いを依頼すると、洗い終わった野菜の仕込みを始めた。


「さてと……。今日も今日とて、おいしい野菜スープの製作だ。リッサの肉、なるべく早く届くといいんだがなあ」


 ぼやきながら、ダイキはピーラーでジャガイモやニンジンの皮を剥きはじめた。文明の利器をあまり見せびらかすのに気が引けるのか、キッチンカーの中で黙々と皮を剥いていく。


 今回は大人も子供も食べるから、手間はかかるが野菜は小さく刻むことにした。冷凍ミックスベジタブルでもあれば、封を切って鍋にザラザラと流し込むだけの作業なのだが、今は地産地消のターンであるからして、気合で野菜を刻んでいく。


 そろそろ卵が冷えたのですがー、と窓越しにフランツが。仕込みの手を止めて外に出たダイキは、折り畳みテーブルを広げてボウルをいくつか置くと、その1つに水を張った。


「フランツさんよ、あんたゆで卵のカラ剥くの得意か?」

「いえ、どちらかというと苦手かと……」

「大丈夫だ。簡単に殻を剥ける技を伝授するから、見ててくれよな」

「おお、異界の技ですね! しかと拝見致します!」


 ダイキはゆで卵をひとつ取ると、横向きにやさしく、テーブルに叩きつけた。

 側面に細かくヒビが入った卵を手のひらで少し圧迫しながら、ゴロゴロと転がす。

 転がるにつれ殻からベキベキと小さな音がして、卵はヒビだらけになった。


「殻にヒビを入れる際に、あんまり力を入れないようにやるのがコツだ。強くやると卵が潰れちまうからな」とダイキは笑って言う。


 次に、バキバキにヒビだらけになった卵の底からペリっとめくると、そのまま横に引っ張っていく。するとビロビロと、リンゴの皮のように殻が剥けていく。


「おお……」見学中のフランツだけでなく、横で見ていた村人も感嘆の声を上げた。


「先にヒビを入れておくのがポイントだ。卵の底には空洞が出来るから、剥き始めはそこからがやりやすい。どうだ、キレイに剥けただろ?」


 ツルツルになった剥きたてゆで卵を見せるダイキ。空のボウルにポンと放り込む。


「とはいえ、剥きづらい奴もあるから、そんときは水の中でやるといいぞ」と、水入りのボウルを指差した。


「あー、あと一番大事なことだが。作業の前にちゃんと手を洗え。石鹸でな。子供が腹壊すといけねえから」

 ダイキはエプロンのポケットから、石鹸を出してテーブルに置いた。


「じゃ、あとよろしくな。俺はスープの方に戻るよ」

「お任せください、ダイキ殿!」


 ゆで卵のカラ剥き講習会を終えた頃、収穫したばかりの野菜が洗い終わったと、村人がキッチンカーまで運んできた。


「私たちに出来ることはありませんかねえ」

「いやいや、洗ってもらっただけで助かるよ。お母さんたちは休んでいてくれ」

「何かあればいつでも言っとくれよ」

「ああ、よろしくな」


 気持ちだけ有難く受け取って、ダイキは追加の野菜をキッチンカーに運び込む。

 確かに人手は多いに越したことはないのだが、十分な作業場所や道具、そしてオペレーションが揃わないと大勢での作業はままならない。

 それなら一人でやった方が結果的には仕事が早い。負担は多いが仕方ないのだ。


 追加の野菜も気合で刻むと、ダイキは大鍋にお湯を沸かしはじめた。お湯ぐらいは薪で沸かしてもらった方が良かったかな、と思わなくもなかったのだが、それは次から考えることにした。


「みんな腹空かせてるもんな、早く食わせてやんねえとなあ……」


 お湯が沸いたので、いよいよ野菜、そして塩を投下。下ゆで始める。もっと大きな鍋や強い火力のコンロがあれば……と思うとじれったい。


 野菜の方はコンロに任せ、ダイキはサンドイッチの準備を始めた。


 執事が持たせてくれたパンは、昨日のリブサンドで使ったものと同じく、コッペパンのような形だった。外側がパリっとしているのでコッペパンよりは高級感がある。

 ただ、一人一個のパンが行き渡るほどの数がなかったので、具を挟んだあとで分割する必要が出て来た。


 一人にまるまる一本食わせてやることも出来ないのか……。

 ダイキの胸がチクリと痛む。


 気を取り直して、ダイキはギザギザのパン切り包丁を構えると、真っ二つにならないよう注意しながら、パンの背中にザックリと刃を入れた。


 試しに開いてみると、旨そうな匂いがする。

 きっと朝に焼いたばかりなのだろう。自分のためにパン焼き職人に早起きさせてしまったのでは、と少々申し訳なく思う。


 鍋の様子を伺いつつ、パンの背開きを終えた頃、ゆで卵の殻剥きが終わったとの報告があった。

 卵を受け取るついでに、殻は土壌改良に使うとよい、とダイキが小ネタを披露していると、丁度ライサンドラが村に帰って来た。大袋のようなものを担いで。


「おーいダイキ、獲物捕ってきたぞー」

「おかえ……ええええ!?」


 ダイキが大袋だと思っていたのは、なんと大きな鹿だった。


「おま、鹿をおもむろに担いでくる奴があるかよ……」

 ドン引くダイキ。


「担いだほうが歩きやすいに決まっておるだろうに。お前は何を言ってるんだ?」

「おおう……」


 歩きやすいと言われてしまうと言い返しようがない。


「じゃ、じゃあ、いそいで解体してくれ」

「わかった」


 獲物を担いだライサンドラは王者の風格で水場へと立ち去っていった。


「す、すげえな……」おもわず呟くダイキ。

「確かに、この短時間で獲物を仕留めるとは、猟師もビックリですね」


 いや、そこですか、フランツさん。早いけども。


「ホントに貴族のご令嬢なのか? あいつ」

「それは確かですよ、ええ」


 ご令嬢の身に一体どんな試練が降りかかれば、あんなくっころさんに成り果ててしまうのか想像もつかない。


 ダイキは気を取り直してタマゴサンドの製作に取り掛かる。

 ゆで卵の水分を、一つ一つペーパータオルで拭き、粗みじん切りにしていく。人任せにしていたせいで若干茹で加減が固くなってしまったが仕方がない。

 パラパラの卵が出来ると、そこへ塩、コショウ、マヨネーズを加えてよく合える。


「さてと……味は。うん、こんなもんでいいだろう」


 正直なところ、もう少々コショウを効かせたいところだが、子供も食べるのだから、これが限度だろうと判断した。

 大きなボウル一杯のタマゴフィリングが完成した。


「おーいフランツ、ちょっと中に来てくれ」

「了解です~」


 トントンと軽快にステップを昇ってフランツがやってきた。

 ご用ですか、と尋ねる彼にエプロンを渡しながら、


「パンにこのタマゴのパテを詰めるの手伝ってくれ」

「わかりました」


 ダイキとお揃いのエプロンを着けるフランツの前で、タマゴサンド制作の実演を行った。ただパンを開いて、具を盛って挟むだけの簡単なお仕事である。


「こんなカンジ。出来そう?」

「もちろん」

「盛ったやつはこのバットに並べておくれ」

「わかりました」


 ダイキは冷蔵庫から取り出したパセリをみじん切りにすると、具の入ったパンの上に、ちょんちょんと散らしていった。


「美しいですね、ダイキ殿」


「そうだろう。料理は見た目が大事だからな。まあ、俺はそこまでこだわらない方なんだが、見た目で味が変わる連中が本当に多いからなあ。ちょっと意味がわからんのだが……」


「なにかご苦労があったのですね……ダイキ殿」

「あまり聞いてくれるな友よ……」

「お目付け役の私を友と呼んでくれるのですか、ダイキ殿」

「おうよ」


 まあそこは定型文で言葉の綾なのだが、否定はしないでおく。 


 野菜スープの方は順調に仕上がってきているが、やはり肉は入れておきたい。

 灰汁を取りつつ解体した鹿の到着を待っていると、ガチャガチャと剣と鎧の触れ合う音が近づいてくる。


「おーいダイキ! 先にモモ肉持ってきてやったぞ」


 蹄のついたままの鹿の足を鷲づかみにしたライサンドラが、キッチンカーのステップを昇ってきた。


「リッサか、待ちかねたぞ! って、蹄ついてんじゃんか」

「ん? 捨てればよかろう」

「スープに骨も使うから、先っぽは無い方が良かったんだが」

「ふむ。では待っていろ」


 くるりと向きを変えて車外に出ていくと、表で物騒な音がする。


 イヤな予感がしたダイキが戸口から顔を出すと、ライサンドラがそこいらの石の上に鹿の足を乗せて、剣でつま先をガンガン叩いて切り落とそうとしていた。


「おうふ……力業かいな」


 ガキン、と剣が何かに打ち付けられる音が。

 石でも叩いたのか、刃こぼれが心配になる。


「切れたぞ! さあ、これで旨いメシを作れ、ダイキ!」


 満面の笑みで血に塗れた手を掲げる、ライサンドラ・ギュンター嬢。

 ワイルドにも程がある。

 ダイキは軽く引きながら鹿のモモ肉を受け取ると、彼女は元気に残りの解体作業に戻っていった。


「さて、こいつで野菜スープをレベルアップさせますか!」

 肉を手に入れたダイキは、気合を入れ直してキッチンカーに戻っていった。


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