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第13話 道の駅

 朝っぱらからバタバタしていたダイキたちは、ようやくあの村へ向けて出発した。

 相変わらずライサンドラは屋根に乗り、助手席には御者のフランツが乗り込んだ。


 ダイキは、フランツが広げた地図を横目で見ながら、

「あの村はターレ村っていうのか。そっかあ」


「ダイキ様が異界から到着した場所は、たしか村から港の方にしばらく進んだあたりでしたね。旦那様も仰られていましたが、辺境に異界門が出現するのは本当に珍しいのですよ」


「異界門か……。そうだな、門は街道沿いに畑を過ぎて、ただの草原が広がっていた辺りだな。それでさ、俺が向こうを出たのは夜中だったのに、こっちに着いたら朝方だったんだよ」


「なんと。異界の旅には、それだけの時間がかかるのでしょうね……行ってみたい」

「異界、興味あるの?」


「当たり前じゃないですか。だって私達の世界よりも遥かに進んだ文明を持つ世界なんですよ。興味のない人間などいませんよ」


「こっちにしてみりゃあ、魔法や魔物がいる方が不思議なんだけどな。ま、ないものねだりってやつか」


「それにしても不思議ですね。こうして言葉は通じるのに、使われている文字は異なるようです」


 フランツは出発前、店のメニューやチラシ、運転席に置きっぱなしの雑誌などを珍しそうに眺めていたのだった。


「それな。俺、こっちの文字は読めないんだよな。リッサに教えてもらわんとなあ。で、あんたも日本語は読めないだろ?」


「ニポン語……は読めませんね。ですが、似たような複雑な文字は都市部で見たことがあります」


「ふうん。看板とか?」


「そうですね。何かの看板、あるいは張り紙だったか……人目につく場所にありました」


「こっちの人が読めないのに、何故だろう。ただのデザイン目的、とは思いづらいぜ……」


「もしかしたらダイキ様のように、他の異界人に向けてのメッセージかも……」


 異世界で同郷の人間に何を伝えたかったのか。

 興味がないといえばウソになる。


「なるほど。とにかく、そこまで行けば他の日本人がいるってことだな」

「会ってみたいですか?」

「まあな。異界生活の先輩として、話を聞いてみたい」


「でしたら、機会があればお引き合わせいたしましょう。しかし、すぐには難しいかもしれません。その都市へは物理的な距離もかなりありますので」


「じゃ、次の目的地はそこかな」

「はい。遠いとはいっても領地内ですから屋敷に戻った際にでも手配致しましょう」

「期待しないで待ってるよ」


 会話が途切れると、フランツは再び雑誌をめくりはじめ、ダイキは眼前に広がる風景を楽しみながら車を走らせていた。

 見ているだけなら外国のどこかの田園風景なのに、ここが地球ではない場所だなんて未だに信じられない、と思いながら。


 今回はキッチンカー単独なので、あっという間にターレ村に到着してしまった。見たところ収穫が進んだ気配はない。村で炊き出しをするのは決定事項ではあるが、他にも行く場所があるので通り過ぎる。


 そして、いよいよダイキがこの世界にやってきた場所、異界門のある地点までやってきた。車を一時停止させると、ダイキは深呼吸をした。


「ここだ……」

「ここですか」

「ああ」


 沈黙の中、エンジン音だけが響く。


「ここを通り抜けないと港には行かれない」

「迂回されますか?」

「いや、行ってみる。万一向こうに行ってしまったら、戻ってくるから」

「だ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だろ」

「ですが……」


「仮にここを通り抜け出来ないって分かったら、そんときは迂回路を考えるよ」

 ダイキはサムズアップして見せた。

 実際に街道を通り抜けられないだけであれば、道路の脇を通ればよいのだ。


「わ、わかりました」

「あんたとリッサは念のため降りてくれ」

「分かりました。……ダイキ様」

「心配すんな。ちゃんと戻ってくる。村の連中と約束したから」

「了解です」


 フランツは車を降りると、屋根からライサンドラを降ろし、運転席の脇に立った。


「ダイキ、いなくなるなよ……困るよ」

「分かってるさ。まだお前に喰わせていない料理はたくさんあるからな」

「うん……」


「じゃ、いくぞ」

「お気をつけて」

「待ってるからな、ダイキ」


 ダイキはゆっくりとアクセルを踏み込み、フードトラックを前進させた。

 

 1メートル、3メートル、


 まだ景色は変わらない。


 5メートル、10メートル、


 15メートル、20メートル、


 30メートル、40メートル、


 50メートル、100メートル――。


 眼前に広がるのどかな風景は、少しも変わることがなかった。


「んー……。異界門、入れないみたいだな」


 ダイキは前進をやめ、サイドブレーキを引いた。

 

 そして窓を開けて振り返り、

「おーい、こっちこーい」

 と、置いてきた二人を呼び戻す。


 駆け足で先に到着したのは、女騎士の方だった。


「ダイキ! 行けなかったみたいだな!」

「そのようだ。上に乗れよ、リッサ」

「おう!」


 ガチャガチャと装備を鳴らしながら女騎士が屋根に上っていると、フランツがようやく追いついて、肩で息をしていた。


「おま、たせし、ました、ダイキ殿。異界には、戻れなかった、ようですね」

「そのようだな。また条件を変えて試してみるよ。さあ、乗って」


 フランツは車の正面を周り込み、助手席に戻ってきた。


「正直ホッとしてます」とフランツ。

「そうなの?」


「貴方は誠実な方だから、本当に戻って来る気なのだろうと思ってはいましたが、必ず戻れるという保証はないわけですから……」


「信用してくれてどうも。まあ、どうやって来たか分からないのに、必ず戻るもねえもんだよな」


「ですから、先に我々を降ろした貴方の判断は、私の信用に足る行動であったということです」


「そっかな。……巻き込みたくなかったんだ。短い付き合いだけども、あんたらを異世界迷子にしたくなかったしさ」


「そういうところですよ、ダイキ殿」


 どうだかねえ、とつぶやきながらダイキは車を発進させた。

 今回、異界門が作動しなかったのは条件が違うせいかもしれないと、ダイキは考えた。来た時は空が赤かったから、早朝か夕方になら、あるいは、と。


「もしも好きに行き来が出来るようになったら、もっと美味いものを買ってきて、みんなに食べさせてやりてえな。村の子供たちを喜ばせてやりたいんだ。あんなスープなんかじゃなくて、もっと甘くて、口に入れただけで嬉しくなるような」


 フランツは微笑みながら、黙ってうなづいた。


 さらに車を進めると、地図で見た街道の交差点にたどり着いた。


「ここが馬車の駅、でいいのかい?」

「そうですね。降りてみますか」

「ああ。どこに停めればいいかな……」


 勝手が分からないので、ハザードランプを点けて路肩に寄せる。

 もっとも停車の合図など異世界人が知る由もないのだが。


 すると、フランツが黙って車を降りて、駅のスタッフの方へ歩いていった。

 少々会話をしてからフランツが手招きをするので車を出すと、停車場の隅っこに誘導された。


 そういえば、あいつは御者なのだから係員とは顔馴染でもおかしくはないんだよな、と思いつつ車を停車させて外に出た。


「すんなり置かせてもらえたな。助かるよ」

「この程度、手間ではございませんよ、ダイキ殿」

「さてと……。少しばかり見学させてもらおうかな」


 腰に手を当てて、後ろにのけぞったり、上半身を左右に回したりするダイキ。


「それは何の踊りだぁ?」屋根の上から呑気な声が聞こえる。

「ちげーよ。腰痛予防に体操してんの」

「こんな何もない所に何の用だ。サンドイッチでも売るのか?」

「中らずと雖も遠からずだな」

「なんだって?」

「あたらずといえどもとおからず。だいたい合ってるって意味だ」

「あー……、だいたいわかった」


 分かってないなあ、とダイキは思った。


 ダイキが駅の周囲を見回すと、待合所のような建物が一つと、厩舎、そして馬車を格納すると思しき車庫。そして、仮設の倉庫っぽい施設があった。


 便宜上馬車と呼称してはいるものの、貨車を牽引しているのはいずれも大きなトカゲたちだ。何を食べているのか分からぬが、肉食トカゲでは危険極まりないので、おそらく草食なのだろう。


 待合所を覗くと中は椅子やテーブルが置かれていた。売店のようなものもあるが、売り物は水とタバコのみ。小腹を満たすための携行食や菓子類は無かった。


「高速バス乗り場でも自販機で色々売っているのによ……」

 ダイキは独り言ちる。


 建物の外に出ると、ダイキは駅の職員や、御者たち、そして乗り合い馬車を待つ乗客たちの様子を観察した。


 珍しそうに、キッチンカーやダイキたちを見ているが、目を合わせるとすぐに顔を背けた。異界人とはあまり関わり合いになりたくないのだろう。あまり歓迎されていない様子に、ダイキは嘆息した。


 みな疲れた様子で佇んでいる中、てきぱきと働いているのは、貨物の乗せ換え作業を行っている荷役労務者くらいのものだった。


「彼らは食事とかどうしてるんだろう……」ポツリと言葉を漏らすダイキ。

「乾パンや干し肉を持参していると思いますよ、ダイキ殿」

「そっか……」


 そりゃあ気力も出ないだろう。避難生活してるんじゃあるまいに、と。


「そろそろ次いくよ、フランツ」

「分かりました」


 御者は駅の顔役のところに小走りで近づくと、挨拶をして戻ってきた。

 二人が車に近づくと、ヒマを持て余した女騎士がベンチで足をぶらぶらさせていた。その様は、貴族のご令嬢というよりも、小学生男児だった。


「待たせたな、リッサ。次行くぞ」

「うむ」


 ライサンドラは彼女の定位置と化した屋根の上に戻ると、あぐらをかいて座った。走行中、よく落ちないものだと思うが、身体能力の高さ故か。この調子で普段から荷馬車などの屋根にも昇っていたに違いない。


 馬車の駅を出発して、近くを流れる川の船着き場を見聞するダイキ。労働者の姿はあるが、ここにも店らしいものはなかった。


 船着き場を後にして街道に向かう車中でフランツが尋ねる。


「ダイキ殿、馬車の駅や船着き場を見てどうするんですか?」

「あの村、ターレ村っつったけ。彼らを救いたい」

「そう、ですか……」


 腑に落ちない顔をしながらも、フランツは質問を飲み込んだ。

 きっとダイキには何か考えがあるのだろう、と。

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