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第11話 領主んちに泊まる 4

「ふう、やれやれ」


 ダイキは食堂を後にして、キッチンカーの冷蔵庫から業務用マヨネーズを取り出したところだった。


「あいつに渡したら丸々一本食いつくされちまうからな、取り分けて持っていった方が安全そうだな」


 とはいえ、材料はこっちの世界にもあるのだから、無くなったら無くなったで作ることは出来るのだけれど。ダイキは、あとで執事にマヨネーズの作り方を教えておこう、と思った。カロリーが高いから、領主に食わせすぎないよう、クギを刺すのを忘れないようにしなければ、とも。



「お待ちどう。魅惑の調味料、マヨネーズだ。大事に食えよ」


 ダイキはライサンドラと領主の前に小皿に持ったマヨネーズを置いた。


「待ってたぞ、ダイキ!」


 ライサンドラは手にしたリブサンドを小皿にぶっこむと、でろりと滴らせながら、大口を開け舌までレロォと出して、マヨネーズを纏ったテリヤキ味のリブサンドをお迎えしたのだった。


「ん――――――――――! んんん!! ゴクリ。んまいぞおお!!」


 そうですよね、テリヤキソース+マヨネーズなんて、旨いに決まってますよね、それは当然の反応だろ、と冷ややかな目で見るダイキ。

 いくら旨いと言われても、それは自分の料理ではなく既製品の調味料を褒められているのと同義、たいして嬉しくもなかったのだ。

 彼女の反応を見て、領主も同じようにリブサンドをマヨネーズに浸すと、口の周りをベタベタにしながら旨そうに食べた。


「そいつはサンドイッチの中に、スプーンを使って具にのっけて食うもんなんだが……」


「旦那様ああ~~~」


 執事がオロオロしてしまい、見ていて可哀想になってくる。


「よいよい、かまうな。それよりわしは異界の味を楽しみたいのじゃ」

「私もだぞ、ダイキ。もっと異界の料理が食べたい!」

「わーったわーった。オッサン、野菜抜くな。御残しは許さんぞ」

「じゃが……あまり好きでは……そもそも青菜など飾りではないか~」


「たわけ! たとえ飾りであっても食えるものであるならば、全て喰らうのが食べる側の礼儀だ! それが皿の脇のパセリや、刺身のツマであってもだ!」


「くうう……わかったのじゃ。お主を怒らせて、異界の料理が食べられなくなっては元も子もない……刺身のツマとは一体……」


 領主はブツブツ言いながら、ぐったりと皿に張り付いた青菜を一枚、指先で摘まんで、口の中に放り込んだ。



 最初は領主も青菜ごと食べていたはずだが、そのうちパンから引っこ抜いて皿の脇に避けるようになっていた。だがそんな悪行をダイキが許すはずもない。百歩譲って、料理に敷いたレタスならまだしも、食べられることを想定してサンドイッチに挟んだ青菜であれば、完食以外認めるわけにはいかない。ただしアレルギーや最初から申告された場合には、可能な限り考慮する柔軟さも忘れてはいない。



「そうそう、マヨネーズを点けると美味しく頂ける。やってみろ」

「左様か……」


 ダイキに言われるままに領主はもう一枚の青菜にマヨネーズをちょこんと乗せて、シャクシャクと食べ始めた。すると――


「なんと! ななななんと! 何故じゃ! あんなに不味かった青菜が何故こんなに旨くなるのじゃ! これなら何枚でも食せるではないか!」


 イッツ・マヨネーズ・マジック。

 マヨは何でもおいしくする。

 それにしても、この領主、子供舌のようだ。


「だろうな。しかし大量に食うと体に悪いから、一日分がその小鉢一つだ。分かったな?」


「えええ……もっと使いたいのじゃ。我が屋敷の料理はあまり旨くないのじゃ……マヨネーズ? をつけて美味しく食べたいのじゃ……」


「むぅ……。執事さんよ、マヨは野菜限定だ。それ以外は絶対に食わせないように。寿命が縮まるぞ」

「かしこまりました、ダイキ様」

「セバスチャン!!」

「いけません、旦那様。美食は身を亡ぼす、と先々代も仰っておいででしたではありませぬか」

「だってぇ~~~わしはわしは~~~」

「やはり刺激が強かったか……」ダイキは頭を抱えた。



 大騒ぎをしつつ、なんとか夕食を終えたダイキたちは、執事の入れたお茶と、カットフルーツで口直しをしていた。


「ダイキ殿よ、今宵はまことに美味な異界料理を振舞ってくれた。そなたの心づくしにワシも報いたいと思うぞ」パンパンになった腹を撫でながら領主が言う。


「それほどでもねえけどな。それに材料の多くは、この屋敷にあったものだしな」


「ダイキ、お前は自分の価値が分かっていない。本来ならこの目の前の男は、箱一杯の金銀を差し出す必要があるのだぞ」とライサンドラが珍しく真面目に言う。


「その女傑の申す通りであるぞ。して褒美というのはじゃな……」


 領主はチラと執事の顔色を伺ってから、口を開いた。彼も現在は当主であるが、幼少期はこのじいやに育てられていたクチなのだろう。怒られるのが怖くて、つい伺ってしまう。だが今夜のじいやは、いつになくニコニコしている。じいやもダイキを歓迎しているのだ、と領主は感じた。


「ダイキ殿よ、そなたはわしの客人として、気の済むまで当家に逗留して構わぬぞ。望むのであれば、専用の厨房を設えてもかまわん」


 根無し草のダイキには、願ってもない申し出だった。だが。


「いやあ、厨房なんて、そこまでしてもらうのはちょっと……。俺はこっちに来たばかりでアテもない。だから泊めてもらえるだけでも本当に有難い。あと、出来ればこいつも泊めてもらえないだろうか。なんなら馬小屋でもいいのだが」


「馬小屋とは何だ。私はお前のきっちんかー? とやらに住むが」


「よいよい。ダイキ殿の連れであるからして、当然部屋は用意させておる。それともダイキ殿と同室がよろしいか?」


「いやいやいや、俺イビキがデカいから一緒に寝ない方がいいんじゃないかな? かな?」

「屋根があるなら私は構わんぞ。その男が不埒なことをすれば成敗するまでだ」

「成敗されたくないので別室で頼む」

「相分かった。それから当面は、可能な限り夜には戻ってきて欲しい」

「なんでまた?」


「そなたの料理が……いや異界の話が聞きたい。料理はたまに作ってくれればよいから……でも出来れば毎日……いや時折で」


 異界料理が食べたい気持ちがダダ漏れている領主。

 だがそれは致し方ないこと。フードファイター・ライサンドラを見れば、三ツ星シェフを召し抱えるよりもヤバい事態なのだと分かる。


「作り方はここの料理人に教えるから俺がいなくても大丈夫だ。安心しろ」


 領主はなんだかしょんぼりして、

「えええ~~~~……。うむ……左様か」


 どうやら、ダイキが作った料理でないとお気に召さないようだ。


「それから。セバスチャン、例の物を」

「はい、旦那様」


 銀色のピッカピカなお盆を持った執事が、二人の前に何かのカードを置いた。


「これは?」


「ダイキ殿には、我が領内での商業ギルドパスを進呈しよう。わしの推薦状付きであるからして、どこででも営業出来るうえ、仕入れにも便宜が図られようぞ」


「うお、そりゃあすげえ! ありがとう、オッサ……領主様」


「よいよい。その程度のもの。また追って必要なものがあれば用意させる故、セバスチャンに申し付けるとよいぞ」


「助かるぜ!」


「それと、ライサンドラよ。そなた、冒険者だと申しておったが、モグリであろう? 騎士団も勝手に辞めて出て行ったと聞く」


「あー…………、辞表? とか書き方よくわからなかったし、冒険者ギルドに行ったら受付がムカついたから机を叩き割って出てきた」


 ああー、と額に手を当てるダイキ。

 脳筋には事務手続きは難しすぎたのだろう。


「何やってんだリッサ、アホかよ。もしかして、モグリじゃ冒険者って仕事出来ないんじゃないのか?」


「そうでもないぞ。まあ、なんだ。買い叩かれるけどな」


 アカン。

 このままでは露頭に迷うか野党に落ちる。

 くっころさんの先行きが非常に不安になってくるダイキ。


「しかし、なんでこいつが騎士団辞めたこと知ってるんだ?」

「当然であろう。異界人と行動を共にする領民がおれば、身辺調査ぐらい行う」

「なるほど」


 さきほどから姿が見えない御者が調査してきたのかもしれない。

 よくよく考えれば、他に護衛も付けず、たった一人で領主の運転手をやっている人物だ。スゴ腕の護衛かつ秘書の可能性もあったのだ。あの男は一体……。


 ガチャン!


 急にくっころさんがティーカップを皿に力いっぱい置いた、いや叩きつけた。哀れなカップソーサーは真っ二つになっている。


「って、そもそも、貴様がうちを没落させなければ騎士団などに行っておらんわ! この外道め! やはりここで成敗――」


 ライサンドラが剣を抜いて領主に切っ先を向けた。

 このくっころさん、腕っぷしの方は多分確かだ。鍛え方が違う。


「わわわわ、悪かった! わしが全面的に悪かった! ギュンター家の復権についてはわしが責任を持って取り計らうから!」


「ならいい」一瞬で鎮火するライサンドラ。流れるような手つきで、するっと剣を鞘に納める。


「というわけで、ダイキ殿と同行するそなたには、特別に冒険者ギルドのパスを授けよう。わしの推薦状付きであるからして、どの街のギルドでも仕事が受けられるであろう」


 微妙に声が震えている領主。

 確かに殺意マンマンのくっころを前にするのは度胸が要る。


「貴様の推薦状というのが気に入らんが、もらっておく」

「よかったな、リッサ。これで仕事に困らないってことだろ?」

「そうだ。これでもっといい材料を買ってお前に料理を作らせられるぞ」

「おう、楽しみだな」


 今後もずっとライサンドラがくっついて来るのが確定したようで、ダイキは嬉しいような困ったような微妙な気分だった。しかし未知の世界で一人旅はあまりにも心細い。腕の立つ道連れがいれば安心なのは確かだ。


「それからもうひとつ――」

「まだ何か俺にくれるのか?」


「ダイキ殿よ、そなたは異界からやってきてまだ日が浅い。であるからして、当面は領内を旅する際には、供としてフランツを連れてゆくように」


「――監視か?」


「まさか。見知らぬ土地ゆえ案内が必要であろう。何かと役に立つ男だ、好きに使うがよいぞ」


 どう考えても監視だろう。皆が欲しがる異界人を独り歩きさせるバカはいない。

 だが、この話に乗るしかない。ダイキには選択肢などなかった。


「好きにって、……まあ、分かったよ。部屋も借りるし、パスももらったし、同行者が一人増えるくらいは、まあいいさ」


「またご一緒出来て嬉しいです、ダイキ殿」


 いつの間にか御者が沸いていた。忍者か。


「うわ、ああびっくりした。いたんだな。まあ聞いてのとおりだ。これからよろしく頼む。えーっと」


「フランツ・アインホルンと申します。改めてよろしくお願いします」


 そこはかとなく、領主の人事異動辞令が嬉しいように見えるのは気のせいだろうか。いや、これは――領主のおもりから解放された喜びなのでは?


「こちらこそよろしくな。メシはちゃんと出すから安心してくれ」

「なぬ! ずるいぞフランツ! わしもダイキの料理が食べたいのに!」

「あんたがこいつを連れてけって言ったんじゃないか、オッサン。諦めろ」

「くっくっく。自業自得だ。たまに食わせてもらえるだけ、有難いと思え」

「姐さんは厳しいな」

「フン」


 ダイキはお茶を一口飲んでから、腹にとどめていた話を持ち出すことにした。


「ところで領主さんよ、昼間の村の話なんだが」


「……はて?」

 まるで身に覚えがございません、という顔をしている領主。


「あの村では作物の収穫直前に、港の工事に男たちが徴集された。その命令を出したのはあんただ。覚えがないとは言わせねえ」


「あー…………?」


 何を言われているのか分からない主人に、御者がぼそぼそと耳打ちをしている。その横で、話を聞いた執事が顔をしかめている。


「今朝がた視察をした港の労務者がどうかしたのかのう」


 ダイキは怒りを抑えて、冷静に話を続けた。


「村長から何か言われていたのを覚えていないのか。というか聞く気すらなかったということだな。……いいか、よく聞いてくれ」


 ダイキの様子に領主は『ヤッベ、俺なんかしちゃいましたか』という気持ちで一杯になったが、救いを求めるように執事に目をやるも、老紳士の鋭い眼光に縮み上がってしまった。

 領主はいい年をして、ダイキに怒られるのもイヤだが、じいやに怒られるのはもっとイヤだった。


「あの村では農作物が収入源なんだ。しかし、収穫直前に働き手をあんたに奪われて、作物の収穫が出来ず、金を得る手段を失った。そして、村に残された女子供や老人が、売り物の作物に手を付けることも出来ず、飢え死にしそうになってたんだよ」


「……」


「村長は、収穫する間だけでも男たちを港から戻してくれ、とあんたに直訴していた。あのままでは村人が死ぬからだ」


「そんなこと……わしはしらぬ……」

「聞く耳を持たなかっただけだろうが。この無責任が」

「……」

「このまま女子供が飢え死んだらどうなると思う?」

「さあ……」

「港にいる男たちが暴動を起こすぞ。一切合切破壊され焼き尽くされるだろうよ」

「暴動など……許さん」

「あんたはそれだけのことをしているんだ」

「じゃが……」


「家族を見殺しにしてまで働くバカがどこにいる? ちょっと待ってやるくらい出来るだろうが。そんなに急ぐ工事なのか? いつまでに港が必要なんだ? 領民を犠牲にしてまで作る価値があるのか? 手抜き工事されるとは思わなかったのか? 一体どんな判断をしたらこんなバカな計画を実行できるんだ? あんたには知恵を借りることも出来ないほどの無能なのか? 何故人殺しをしてまで港の工事を進めたいんだ? 説明してくれないか」


 大男に目の前でガン詰めされた領主は、すっかり涙目になっていた。

 だが誰一人として領主を助ける者はいなかったのだ。


「だって……だってわし……命令すれば出来ると思ったし……何がダメだとか知らないし……」


「それでよく領主なんかが務まるな。いつかクーデターが起きて首を晒されるぞ」

「い、いやじゃああ、首を晒されるなんて、いやじゃあああ、助けてくれダイキ!」

「自分で何とかしろよ。自分で蒔いた種だろうが」

「わし……どうすればいいか……わからぬのじゃ……わからぬ……」


 精神的に追い詰められた領主はボロボロと涙を流している。だがダイキを止める者がないのは、ボンボン領主の教育のためなのであろう。領主相手といえども、相手が異界の勇者であれば、多少の狼藉も見逃される、と周囲も思っているのだ。


 ダイキがチラと執事を見ると、老紳士はうんうんとうなづいている。やはり教育的指導を期待されているのだと分かる。


「俺にどうにかして欲しいのか?」

「頼む、わしには分からぬのじゃ! 何をどうすればよいのかが……」

「はあ……。分かった。何とかしよう」

「誠か⁉ あああ、ダイキ殿よ……助かる」

「あんたはとにかく自分の頭で考える訓練から始めろ。でないと領主なんか務まらんぞ」

「……別に好きで領主になったわけではないのじゃ……」

「あんだってぇ? 聞こえねえ!」

「いや……なんでもないのじゃ……」

「とにかく、当座をしのぐ方法を考えるよ。港の方はそれからだな」

「そなたに任せる。どうかわしの首だけはぁ……」


 ダイキは、ケッ、と唾棄すると、

「明日、あの村に行く。パンを大量に寄越してくれ。それから近隣の地図も」


「あいわかった。そのように手配しよう。セバスチャンよ」


「かしこまりました、旦那様。――ダイキ様、明朝のお食事の後にでも、地図とパンをご用意致します」


「よろしく頼むよ、執事さん」

「こちらこそ、ダイキ様」


 異界の男に主人をコテンパンにされたというのに、老紳士の顔は晴れ晴れとしていた。

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