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第10話 領主んちに泊まる 3

「ふふ、楽しみだな。どんな反応すんだろな……」


 ダイキはウキウキしながらキッチンに戻ると、残した一切れを口に入れた。

「んまいにきまってんだろ。さすが俺」


 ニヤニヤ顔で、もしゃもしゃと咀嚼しながら、ダイキは次々にリブサンドを作っていく。皆の反応が楽しみすぎて仕方ない、と顔に書いてあるくらい彼は浮かれていた。彼が一番欲しいもの、それは『おいしい』の一言なのだから。


「おーい、ダイキ! 遅いだろ。私は何をすればいい?」

 リブサンドが完成した頃、屋敷からライサンドラがやってきた。

 

 ダイキは窓から顔を出して、

「お前の仕事は試食だ。テーブルの上のやつ、1つだけ、絶対に1つだけ食って感想を聞かせろ」


「何故一つだけなのだ! こんな小さいものでは腹の足しにならん!」

「バカモン! だから味見だっつってんだろ。完成品は別にある。味を言え!」

「味見だけか? だけなのか?」

「だから後でちゃんと食わせるって言ってんの分からんのか? この脳筋め!」

「誰が脳筋だ! もっと食わせろ!」

「味見しないのなら一つも食わせないぞ。いいのか?」

「ぐっ………………。わかった。味見してやる」


 ライサンドラは渋々、試食用リブサンドの包みを取ると、ガサガサと広げて口に放り込んだ。


「んむ!?」

「ふっ。俺の勝ち、だな」

「んんんんんんんむううううううううう!?」

「味わえ。そして感想を言え。それがお前の仕事だ、ライサンドラ!」


 ライサンドラは目を白黒させながらリブサンドを咀嚼し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。そして、しばらく唸って……立ち上がった。


「なにやってんだ?」

「感想……考えてた……」

「そんなに難しく考えなくても良かったんだが……で、味はどうだったんだよ?」

「異界料理、ヤバイ」

「は?」

「ヤバイ」

「………………長考した末がそれか? もうちょっと具体的な感想ねえのかよ?」


「えええ……」

 ライサンドラは困惑した。


「はあ……、とにかく、旨かったんだよな?」

「うむ! 食べたことのない味だ! ヤバイ!」


 くっころはとうに語彙が崩壊していた。


 追っかけ御者と執事も到着し、試食を開始。そして――


「ヤバイ」

「ヤバイ、ですな」

「ヤバヤバイ」

「究極にして至高にヤバイでございます」


 何故か残りの二人まで語彙が崩壊していた。


「つーか、なんでこっちの人間がヤバイ連呼してんだよ。流行ってんのか?」


「申し訳ございません、ダイキ様。ヤバイ、とは異界における最上級、マキシマム、スーパーにしてウルティメイトかつゴッドネスにしてプレミアム、という意味と存じ上げておりますが……間違っておりましたでしょうか?」


「あー………………だいたい合ってる。で、なんでこっちでみんなその言葉使ってんのよ?」


「それは異界の勇者様が広められたせいではないかと……」

「ああ……」


 そいつが発生源か。うなだれるダイキ。


「とにかく、二人とも旨かった、ってことでいいんだな?」


「そのとおりです、ダイキ殿」

「もちろんでございます、ダイキ様」

「それが聞ければ満足だ」


 異界人三名が旨いと言うのなら、多分大丈夫だろう。

 ダイキは安心してキッチンに戻り、完成したリブサンドの並んだバットを手に戻ってくると、ニヤけながら皿に並べていった。


 みな旨いと言ってくれた。

 ああ、自分はこのためにメシを作ってるんだよな……とダイキの胸が熱くなる。



 ――俺は旨いと言ってもらって嬉しい。

 みんなは旨いものが食えて嬉しい。

 やっぱ料理はWIN-WINじゃなくちゃ、続かねえよな。



     ◇



「待たせたな! さあ、出来たぞ! 食べてくれ!!」


 ダイキたちは皿に盛ったリブサンドを持って領主の待つ食堂にやってきた。

 空腹に耐えかねたのか、領主は果物を食べていたようだが、ダイキの登場で目の前の皿を明後日の方にはねのけると、椅子をぶっ倒して立ち上がり彼の元に駆け寄った。


「待っておったぞ! 待ちかねたぞ! たまらん! もう匂いからして美味いのが分かるぞおお! 早く! 早く食べさせよ!」


 すっかりガン決まった顔で迫る領主に臆することなく、ダイキは、


「あっはっは、大歓迎だな。まあ座ってくれ。料理は逃げたりしねえよ!」

 と言って皿を彼の席に置くと、倒れた椅子を起こし、領主の肩を掴んで椅子に座らせた。


「うおお、これが、これが異界の料理――! なんたる行幸! ワシは、ワシは……ううう……生きているうちに食せるとは……」


 なぜか領主は泣いている。食ってから泣いてほしい。


「食う前から感動してるところ悪いんだが、いいからとにかく食え。それから感動しろ。料理人に失礼だぞ」


「そ、そうであったな。うむ……して、どのように食せばよいのだ?」


「持って食うんだ。手が汚れるから、包み紙ごと手で持ってガブっといってくれ。旨いソースがたっぷり入っているからな! アッハッハ」


 領主は恐る恐るリブサンドを手にすると、どこから齧ればよいのか分からず首をあっちにやったりこっちにやったりしている。


「こう、でございますよ、旦那様。旨味たっぷりのソースを余すことなく味わうために、なるべく大きく口をお開けになって下さい」


 助け船を出したのは執事だった。他の皿のリブサンドを手にし、口の前に持ち上げて、ガブリと齧る仕草をして見せた。


「さ、左様であるか……。旨味たっぷり……ソース……」


 領主はゴクリと唾を飲み込んだ。日に焼けていない色白の肌に唇の紅さが目立つ。彼は意を決して、あんぐりと口を開けると、タプタプのほっぺたも引き延ばされ、その表面に生える髭も同時にその面積を広げていく。そして――


『ガブリ』


 固唾を飲んで見つめるダイキ。

 その後ろで腕組みをしながらドヤ顔で見守る女騎士。


 領主は鼻でふーふーと荒く息をしながら、口いっぱいに頬張ったリブサンドを必死に咀嚼している。味や感想どころの余裕は全く伺えない。


「んんんんんんんんんんんんんんんんんん――――――――!!」


 よし! と同時にガッツポーズをするダイキとライサンドラ。

 勝利を確信していたのは女騎士。当然という顔だ。

 だが、おおむね確信してはいたが、一抹の不安を抱えていたダイキ。喜びよりも安堵の成分がやや多めに漏れる。


 領主はといえば、一口目を胃の腑に落としてからというもの、一心不乱にリブサンドを喰らっている。これが貴族様なのか、と失望しそうになる。


 執事は、ソースで口の周りをベタベタにしている主の顔をナプキンでぬぐいながら、

「旦那様、確かにダイキ様の異界料理は我を失うほどの美味でございます。しかしながら、品位を失うようなお召し上がり方はさすがにいかがかと存じます。もう少し落ち着いてお召し上がりになってはいかがでしょうか」


「うーんーうーうーんんん-ううーんー」

 何を言っているか分からないが執事は理解しているようだ。


「ご安心下さい。まだまだサンドイッチはございますし、ここだけの話ですが、別の――」


 ダイキはパっと手を広げて執事を制した。


「おっと! 執事さんよ、そこまでだ。食べる人の楽しみを奪っちゃいけねえ」


「これはこれは、大変申し訳ございません、ダイキ様。左様でございますね、思慮が足りておりませんでした。それは旦那様自身がお確かめになることでしたな……」


 うむ、と大きく頷くダイキ。

 そして不思議そうに二人を交互に見ながら二皿目に手を出す領主。

 だがダイキはその皿を取り上げ、違う色の包み紙を敷いた皿を領主の前に置いた。


「悪いが、お代わりは後にして、次はこっちを食べてくれないか? ブッ飛ぶぞ!」

「? あい……分かった」


 領主はキョトンとしながら、言われるままに二つ目のリブサンドを手に取り、ガブリとかぶりついた。


「んほおおおおおああああああああああ――――――!!」


「へっへっへ……やったぜ」

 領主のオーバーリアクションを見て、大満足のダイキ。


「当然の結果だ」と、くっころライサンドラ。


「ほへは! ほへはいっはい! ひはうあひは!」

 相変わらず何を言っているのか分からない領主。

 だが。


「最初にオッサンが食ったのはBBQ味、そして今食っているのはテリヤキ味だ。何故かこの屋敷に醤油があったんでな、せっかくだから作ってみたんだよ。うまいか?」


「うまい! そんなうまいものが屋敷にあったのに何故! 何故だれも作っていないのじゃああああ!?」


「かなり昔からあったみてぇだが、誰も使い方が分からなかったんだろうな。醤油ってのは俺の国で古くから作られている液体調味料の一種だ。

 こっちにもあったなんてな。おそらく他の異界人が作っていたのを商人経由でオッサンのご先祖が買って、そのまま食糧庫に放置してたんだよ」


「そうなのか……我が祖先たちよ……」


 領主はご先祖に感謝していいのか、何故使い方を聞いておかなかったのかと怒っていいのか分からず、複雑な表情をしていた。


「ダイキよ、異界の勇者よ、ワシは心から礼を言うぞ。このような美味な晩餐を用意したのみならず、我が祖先の貴重な遺産を我が前に供し、その素晴らしさを明らかにしてくれた……感謝に絶えぬ。十分な褒美を取らせたい」


「あー……喜んでくれたのはいいんだが、もう食べなくていいのか? まだたくさんあるんだが」


「た、たた、食べるぞ! 食べるに決まっておろう! もっと持ってくるのじゃ!」


「御意」

 すかさず領主の前に新しい皿を置く執事。老紳士がニッコニコである。


「そなたらも食すがよい。そこに座るがよいぞ」

 半ばモグモグしながら言う領主。すでに威厳もへったくれもない。


 ダイキとライサンドラは執事に席を案内され、領主と共にリブサンドを楽しんだ。


「待った、リッサはまずこれから食え。お前には野菜が足りない」

 ダイキはライサンドラの前にボウル一杯のサラダを置いた。


「なぜだあ! 私はお前のサンドイッチが食いたいんだ!」


「だまらっしゃい。お前は食いつくし女だからヨーイドンで始めたらオッサンの分も俺の分もなくなっちまうんだよ! まずそのサラダを空にしろ。でないと食わせねえ」


「だってだってだってえええ~~~~」ジタバタする女騎士。

「女児かよ。騎士なら潔く食え」

「元だ。今は流しの冒険者だ」

「流しって、モグリかよ」

「えー………………と」

「さてはお前、食いつくしで騎士団クビになったんじゃねえだろな?」

「ぐは……」図星のようだった。


 精神的ダメージを喰らったくっころさんは、大人しく大盛サラダを食べ始めた。

 ダイキはいくつかの皿を彼女の前に並べて、


「お前の分はここに置くぞ。それ以外に手を出したら金輪際俺の料理を食わせない。いいな?」


「うう……わかった」


 ダイキはライサンドラを大人しくさせると、ようやく席に着いて己の作ったリブサンドを食べ始めた。


「んー。我ながら旨い。にしても、このパンなかなかイケるな。粉がいいんだろうか? そしてパティに使ったイノシシ肉。野生種のはずだが、思ったよりも柔らかいし臭みも少ない。野菜類の味はほぼほぼ同じだな。キャベツに似たこいつ、畑に生えてたやつとちょっと違うんだが、高級品なのかな。見た目よりも柔らかくて、レタス代わりに使っても、量を加減さえすれば問題ない。千切りの方はキャベツより若干歯ごたえが少ないから冷やすのがジャスティスだな。玉ねぎも甘みがあって旨い。これで煮込みを作るのも良さそうだな……」


「お前も大人しく食え、ダイキ」


「すまんすまん、つい分析してしまったぜ。なにせ俺の国とこっちの素材の違いを把握しきれていないからな。料理は素材の理解が足らないと、その力を十分に発揮させてやることが出来ない。無能な将が兵士を使いこなせないのと同じだ」


「なるほど……理解したぞ、ダイキ」

 まもなくサラダを完食したライサンドラは、お待ちかねのリブサンドを手に、大口を開けてガブリと喰らいついた。


「く~~~~~~~、見事だダイキ! やはり旨い! 旨い旨い旨い! なんだこれは! さっき味見したのと違う味だ! 旨すぎるだろ! 先日のサンドイッチも至高だったが、こいつも本当に旨いぞ! どうなってるんだ!」


 おそらくライサンドラがさっき食べたのは、BBQ味の方であろう。


「いま食ってるのはテリヤキソースの方だな。マヨネーズつけるともっと旨いぞ」

「あるのか?」

「あるけど」

「もってこい」

「やだよ。疲れた」

「じゃあ持ってくる」

「許可出来ない。お前にキッチン荒らされてたまるか」


「ぐぬぬぬぬ……ぬうう………………ううう……マヨネーズ…………マヨネーズ………………」


「はあ。せめて一本食わせろ。それからだ」

「やったあ!」


 ダイキは根負けした。

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