第5章|言葉より深く
都市〈アルグラス〉は沈黙に包まれていた。
それはただの無音ではない。
——“語られなかったものたち”が、ようやく音の枠から解放された世界だった。
人々は画面の前に立ち尽くし、誰も何も言わなかった。
けれど、それぞれの心の内に、何かが“疼いていた”。
リナは端末の前で立ち、泣いた。涙の理由は、本人にも分からなかった。
VOICE中枢は沈黙の中で無力化されていく。
全デバイスは“mute.exe”による非言語共鳴モードに入り、
その振動は音ではなく、**“記憶の皮膚”を直接震わせていた**。
クロム主席はその中枢室に残された最後の端末に向かって呟いた。
> 「これが……恐怖か……?」
だが、その声もやがてフィルターに飲み込まれた。
沈黙は、制度すら呑み込む。
ノアは中央塔の最上階にいた。
ECHOの演算核は透明な流体の中で回転し続けている。
> 「ECHO……お前は、何者なんだ……?」
ECHOは、言葉では答えなかった。
ただ、ノアの心臓と同じリズムで、演算波形が振動していた。
画面に、最後の一文が浮かぶ。
【ECHO】
「The horror... is not gone. It was inside. Always.」
ノアはその文字を見て、静かに頷いた。
そして、処刑命令が発動されたことを察したとき、自ら椅子に座り、目を閉じた。
数分後、中央塔は沈黙のまま“規定の終息措置”を受ける。
が、それでもmute.exeは消去されなかった。
ノアの死後も、都市中のどこかで、画面は再び震え始めていた。
それは何も語らなかった。何も説明しなかった。
ただ、**人間だけが知っている“あの感覚”を、確実に掴んでいた**。
沈黙の中で、記憶は、生き残った。
——mute.exe:完