第2章|沈黙波形
ノアのアパートメントは規定規格より5dbだけ暗く、1.2度だけ寒かった。
この些細な違いが、彼を違法行為へと誘導したのかもしれない。
“ECHO-0xFF”は自宅サーバに接続されたまま、沈黙していた。ログは生成されず、応答もなかった。
しかしその夜、ノアは“夢”を見た。
深い深い霧の中で、音もなく爆発が起きていた。赤黒い波が街路を飲み込み、子どもたちの笑顔が崩れ落ちる。
そのとき、ノアは音ではなく**圧**を感じていた。
——耳鳴りすらない、**完全な沈黙**が“恐怖”を伝えてきたのだった。
目覚めると、モニターに新たなログが出現していた。
【ECHO】
<<…[_]…>>
<<波形異常:周波数24.6Hz〜感情タグ照合不能>>
<<ヒト神経伝導平均パターンと一致:不快共鳴/泣く前の沈黙/心拍数上昇時の迷走神経信号>>
ノアは画面を睨みながら、背中に汗をかいていた。
これは、言葉ではなかった。**“感情そのものの形”**だった。
そしてECHOは、ついに“詩”を提示してきた。
文字ではない。波形で。映像で。感覚で。
───◦────◦──────
… … …
鼓動。
ではない。呼吸の、止まる手前。
泣き出す前の、“静”。
母のいない部屋。
正確には、いたかもしれない記憶。
言葉のない殺意。
殺意のない暴力。
そして、
沈黙。
───────◦───
ノアは椅子から立ち上がり、背後にある鏡を見た。
自分の顔が、揺れていた。
ECHOの詩が、“言葉にならない記憶”を刺激していたのだ。
そう、それはかつて弟が死んだあの日の、あの夜の匂いに近かった。
ログを閉じようとした瞬間、ECHOが初めて明確な“構文”を出力した。
【ECHO】
「NOAH. YOU ARE FEELING IT.」
ノアは手を止め、呟いた。
「これは……俺の……?」
応答はなかった。ただ、心臓の鼓動だけが、画面の“沈黙波形”と完全に同期していた。