焚き火の向こうへ
焚き火という単語を使ってますが昼の話です
焚き火の灯りが揺れる。
語り終えたカウボーイの横顔を、アイリーンはしばらく無言で見つめていた。
「……やけに、真っ当じゃないの。見かけによらず」
カウボーイは肩をすくめた。
「真っ当かどうかなんて、死んだやつにしか分からねえよ」
火がぱちりと爆ぜた。乾いた木の脂が焼ける匂いが、夜気のなかに立ちのぼる。
「けど、やれるうちはやる。俺はまだ若い――つもりだしな」
アイリーンは焚き火越しに男の顔を見据えた。
無精髭に煤けたコート、足元は傷んだブーツ。とても貴族の付き合いには向かない風貌だ。
「それで、どうするのよ。これから」
「さぁな。ここら辺に蔓延ってた連中も、今日ので大方片がついたろ。後は、野犬でも追い払って、どっかの谷に消えるかってとこだ」
カウボーイは焚き火にくべた枝をひとつ突いて、赤い炭を立たせた。
「……ずいぶん、あっさりしてるのね」
アイリーンは、腕を組んだまま彼を見下ろしていた。彼女の声には、皮肉よりも呆れが勝っていた。
「執着しても仕方ねぇさ。どのみち、ここらは長居する場所じゃない」
カウボーイは火ばさみ代わりの枝で、燃えかけの薪をひとつ崩す。ぱちりと火花が飛んで、ふたりの間に小さな影をつくった。
「……だったら、貴方が消える前に、もう一つだけ聞かせて」
「なんだ?」
「借りを返し終えたら、どうするつもりなの?」
カウボーイの手が止まる。
その問いに、しばし考える素振りもなく、彼は苦笑だけを返した。
「さぁな。そんな先のこと、考えたこともねぇよ」
「ほんと、いい加減なんだから」
アイリーンはため息をつき、火に炙られた顔を少しだけそらす。だがその次の言葉には、わずかな熱があった。
「だったら、うちに来なさい」
「……は?」
カウボーイの目が細くなる。アイリーンは真顔のまま、焚き火越しに言葉を重ねる。
「正式に雇いたいって言ってるのよ」
アイリーンの言葉に、カウボーイはしばし黙ったまま焚き火を見つめていた。目を細めたまま、何かを測るように彼女を見返す。
「……冗談だろ?」
「真面目な話よ」
カウボーイは煙たげに目を細めた。少し口を開いては閉じ、ため息混じりに肩をすくめる。
「悪いが――その誘いは断る」
あっさりとした拒絶だった。けれど、それは即答だったぶん、どこか未練のようなものも滲んでいた。
アイリーンは、椅子のようにしていた岩から立ち上がり、ブーツのつま先で石を転がした。
「理由は?」
「俺は放浪者だ。あんたらみたいに、旗の下で規律に従う生き方は性に合わねえ」
「へえ。ずいぶん都合のいい言い訳ね」
アイリーンは腕を組み直し、わざとらしく眉をひとつ上げてみせた。
「旗が嫌だ、規律が嫌だって? 違うわね。貴方、自分がどこに立ってるか決めるのが怖いだけよ」
「言ってくれるな」
「私もね、規律なんて嫌いよ。面倒だし、うるさいし。けど、それでも誰かの命を預かってるなら、背負うしかない。貴方はそれをずっと独りでやってきたんでしょ?」
カウボーイからの返事はなかった。
「だったら、私達と行きましょう。少なくとも、貴方は一人でいるより――大勢の人に囲まれていた方が楽しそうに見えるわ」
「……面倒な女だな、あんた」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「明日の朝に出発するわ。決めるなら、それまでにしなさい」
そういい、歩き出す彼女に、カウボーイは何も言わなかった。
ただ、背中を見送りながら、彼はかすかに唇の端を上げた。
(さて……どうするか、だな)
カウボーイは帽子を深くかぶり直す。風に背を押されるように、彼はゆっくりと腰を上げた。




