カウボーイの回顧
――あいつは、俺の命を一度、買ってくれた男だった。
もう十年前の話だ。まだ若く、名前も名乗れりゃ十分だと思ってた。まともな寝床も、地図に載る町もない砂漠の地平線を、雇われ兵として転々としていた。任務のたびに銃を渡され、命令のままに撃つ。ただそれだけの暮らしだった。
そいつの名前は、エルヴィン。腕の立つ、黙ってると威圧感ばかりある無口な奴だったが、妙に人の話だけはよく聞いてくれた。口を開けば一言で済ませるくせに、こっちの言葉は最後まで待ってくれる。そんな兵士、そうはいなかった。
出会いは最悪だった。俺がバカな真似をして、民間人に発砲しかけたとき――引き金を止めて、殴り飛ばしてきたのが、あいつだった。
「撃たなくて済むなら撃つな。銃ってのはな、何かを“終わらせる”ためにある」
そう言って、俺の目をまっすぐ見てから、さっさと去って行った。
説教も怒鳴りもしない。ただそれだけを残して立ち去った。その姿が妙に胸に残ったのを、今でも覚えてる。
妙なやつだった。
任務が終わっても、酒場にも来ず、賭場にも寄らず、空き地の石の上に腰かけて黙って空ばかり見ていた。夕焼けの中、ひとりで銃の手入れをしていたあいつの背中が、なぜか今でも鮮明に浮かぶ。
だが、気がつけば、あいつと一緒に動くのが当たり前になっていた。無駄な口は利かないが、判断は早く、背中を預けても不安のない男だった。
――そして、あの日のことだ。
補給部隊の護衛任務。中立地帯を抜けるだけの、簡単な仕事のはずだった。無線も通じていた。偵察も済ませていた。……なのに、途中の渓谷で、俺たちは待ち伏せを喰らった。
は用意周到だった。高所を取り、道を塞ぎ、退路まで完璧に封じてきた。あっという間に包囲され、最初の銃撃で前衛の二人が即死した。次に狙われたのは、俺だった。
胸に穴が開いたと思った瞬間、視界が裏返った。
でも、倒れたのは俺じゃなかった。エルヴィンだった。
あいつは俺を突き飛ばし、代わりに弾を受けた。
「走れ……馬鹿野郎」
それが最後の言葉だった。
俺は――気がつけば、逃げていた。叫び声も、銃声も気にせずに、ただ夢中で走っていた。
味方の救援と合流して戻ったとき、谷にはもう誰もいなかった。焼かれた補給車と、弾痕だらけの岩と、乾いた血の痕だけが残っていた。
俺達を雇った奴らは「交戦中の事故」として処理した。報告書には戦死者三名、生存者一名、任務失敗と記された。
だが、あいつの名前は記録には残っていなかった。どこにも載っていない。もともと、登録すらされていなかったんだ。
俺だけが生き残った。あいつの命で買われたこの残りの人生を、俺は背負って生きることになった。
それ以来、俺は傭兵をやめた。名前も捨て、辺境に潜り込み、地図にも載らない村々を渡り歩いてる。雇い主の命令ではなく、自分の意志で銃を構えるために。
誰の命でも、守れるわけじゃない。だが、あのときのように、引き金の前に立つことはできる。
エルヴィンなら、きっとそうしたはずだ。
そして、俺はいつの間にか巷では「二丁拳銃のガンマン」なんていう、ダサい呼び名までついていた。
――まったく、笑える話だ。
俺は正義の味方でもなけりゃ、英雄になりたいわけでもねえ。
引き金を引く理由も、立ち止まる理由も、あいつの言葉が残ってるからだ。
俺は今も――あいつが背中で教えてくれた生き方を継いでいるだけだ。




