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【連載版】捨てられ令嬢は、今さら亡命してくる元婚約者を門前払いします  作者: 入多麗夜


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郡道十四号線を越えて

 州都を背に、一行は西へと進路を取った。


 郡道十四号線は、山間部を抜ける主要経路のひとつとはいえ、舗装は古く、車輪の轍が斜面のあちこちに刻まれている。とくに雨が多いこの時期にはぬかるみやすく、馬車にとっては決して走りやすい道ではなかった。


 だが、目的地へ最短で到達するには、この道を避けるわけにはいかない。前日のうちに雨は止んでいたものの、まだところどころぬかるんだ土が足元に残り、騎馬の兵たちも常に手綱を意識している様子だった。


 隊列は、先頭を斥候、次いで護衛の一部、馬車、アイリーンと副官を含む中核、そして後衛がしっかりと守る構成で進んでいた。歩みは慎重だが無駄がなく、荷馬車を含めた全体が一定のテンポで進む。


 朝の空はまだ雲が厚く、陽光は地表に届かずとも、空気は次第に暖まりはじめていた。風は穏やかで、まばらに伸びた高木の枝葉がざわりと揺れるたび、鳥の羽ばたく音が重なる。


「速度はどうかしら」


 アイリーンが背後の副官に尋ねた。


「予定よりやや遅れていますが、許容範囲内です。このままいけば、給水地には昼前に到着できる見込みです」


 副官は手元の簡易地図を確認しつつ応じた。荷馬車が泥にはまりやすい箇所では速度を落とす必要があったが、それでも斥候たちの誘導は的確だった。


 街道の両側には徐々に森が増え、周囲の視界は狭まっていく。とはいえ、手入れされた道沿いの木々は伐採されており、見通しの悪さは最小限に抑えられていた。途中、狩人らしき村人が遠巻きに隊列を見送る姿も見えたが、干渉はしてこない。


「このあたり、以前の巡察では村の若者が道路補修を担っていましたね」


 副官が思い出したように呟く。


「ええ。土嚢の積み方も覚えていて驚いたわ。あの時はまだ――」


 アイリーンは言いかけて言葉を切った。いまは過去を振り返るときではない。


 道の両端には、野生の花々がちらほらと咲いていた。春の名残が残るその風景は、軍靴の音とは対照的で、行軍の一抹の緊張を和らげる。


 進行から一刻が過ぎ、隊列は一度小さな丘の上で休憩を取った。見晴らしの良い地点で、水筒の中身を交換し、荷馬車の車輪に泥が詰まっていないかを確認する。副官と数名の兵が手早く点検作業を行う間、アイリーンは地図と行程表を照合していた。


「道幅、次の谷あたりで狭くなりますね。荷馬車の通過、少し時間がかかるかもしれません」


「隊列を少し引き締めて通過しましょう。間隔は詰めて、ただし急がせないで」


 副官がすぐさま後方の兵へ指示を出す。指揮系統に無駄はなく、こうした実地の反応が、経験ある副官の腕の見せどころでもあった。


 再び歩を進めてからしばらくして、前方の斥候が軽く手を挙げた。簡易な橋の手前である。


 小川を跨ぐその橋は、幅も強度も旅商人向けの簡素なものだったが、ここも補修済みで問題はなさそうだった。木材がやや軋んだが、慎重に進めば問題ない。


「問題なし。後続、順次通過を」


 後方の兵たちが続けて馬を渡らせる中、アイリーンも副官とともに馬を進めた。橋を抜けた先は、道がわずかに上り坂となっていた。


 標高が少しずつ上がっているのが分かる。谷筋を越え、山道へと入る手前の区間だった。


 午前十時を回った頃、遠くに給水地の標識が見えた。山肌を削るようにして作られた小さな広場で、簡易な給水塔と水桶が並ぶ。街道の補給地点として設けられたその場所は、いまも巡回部隊や旅商人たちに利用されている。


「ここで十五分。人も馬も、水を補給しておいて」


 アイリーンの指示に応じ、兵たちは順に水を汲み、馬の手入れを始める。副官が記録を取りながら状況を確認してまわり、必要な調整を施す。


 水を口にしたあと、アイリーンは近くの岩に腰かけた。風が頬を撫で、軽く目を閉じると、遠くで鳥の声が聞こえた。


 ――このあとは、暫く給水地もない。


 目的地まで、あと半刻ほどの道のり。


 短い休息ののち、一行は再び進発の準備に入った。

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