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【連載版】捨てられ令嬢は、今さら亡命してくる元婚約者を門前払いします  作者: 入多麗夜


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22/28

視察の日

出立の朝は、驚くほど静かだった。


 庁舎の東側通路にはまだ人影もまばらで、曇りがちな空の下、空気はひやりと肌を刺すように冷たい。だが、その張り詰めた空気は、むしろこれから向かう先を思えば自然に感じられた。


 アイリーンは、すでに旅装のまま応接室にいた。軽装ながら、防塵用の上着と長靴に身を包み、髪も動きやすいよう後ろで結っている。


 「荷の積み込み、完了しています。補給物資と予備の食料、水筒も全て確認済みです」


 フィアナが手早く報告を終えると、アイリーンは短く頷いた。


 アイリーンの問いに、フィアナはすぐさま手元の帳面をめくる。


「正規兵六名、州警備隊より四名。それに補佐官付きで、副官が一名同行。構成は、先行斥候二名、中間防衛四名、後衛四名で調整済みです」


「問題ないわね」


 無駄のない配置。だが、どれほど綿密に準備しても、現地で想定外が起こるのが常だ。アイリーンはそれを誰よりも理解していた。


「例の村、現地からの応答は?」


フィアナは一瞬ためらい、帳面を閉じるようにして答えた。


「……最後の応答は、三日前。以降、定時連絡は一切なしです」


 情報遮断、あるいは外部との接触を拒む意図的な行動。どちらにせよ、通常の行政区ではあり得ない対応だった。


 アイリーンは椅子を離れ、応接室の壁に掛けられた地図へと歩み寄った。視線を走らせながら、指で例の村の位置をなぞる。その周囲は山地に囲まれ、主要街道からも外れた辺境だ。


「……地勢としては、孤立に適しているわね」


 アイリーンは地図を見つめたまま、低く呟いた。


「先行班は?」


 背後から問われたフィアナは即答する。


「すでに出発済みです。現地周辺に到達するのは正午前後の見込みです。接触は避けるようにと指示しました」


「いい判断ね」

 

その言葉を最後に、応接室の扉を軽く叩く音が響いた。


「アイリーン様、準備ができました」


 扉の向こうから聞こえたのは、護衛隊の副官の声だった。


 アイリーンは一拍置いてから返事をした。


「すぐ行くわ」


 振り返った彼女に、フィアナが最後の確認を促す。


「ルートは郡道十四号線から。途中、給水地を一度挟みます。最短ですが、地形が悪い箇所がいくつかあります。馬車の速度は抑えめに」


「分かってる」


 アイリーンは手袋をはめ直し、腰の書類鞄を確認する。最低限の装備。無駄なものは何一つ持たない。それが彼女のやり方だった。


 フィアナが先に扉を開け、護衛副官がすかさず敬礼をとる。すでに中庭には、出発準備を終えた一行の姿が見えていた。荷馬車一台に騎馬隊、警備兵たちが整列を完了している。


 今回、ロウとフィアナは共に留守を預かる立場にまわっていた。一度に複数の重役が前線を離れることは避けるべき――それが庁舎内の総意でもあり、アイリーン自身の判断でもある。


「くれぐれも慎重に。報告は定時でお願いします」


 そう言ってフィアナは、無意識に書類鞄へ視線を落とした。すでに何度も確認したはずなのに、気が抜けないのが彼女らしい。


「任せるわ。あなたとロウがいるなら、州政務は問題ないでしょう」


 アイリーンは軽く微笑み、馬の前へと進んだ。副官が手綱を整え、すぐに騎乗を補助する態勢を取る。


 そして一同が彼女の動きに合わせて整列するなか、中庭の空気に緊張が走る。


 遠くで鐘がひとつ、静かに鳴った。午前六時の合図だった。

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一部文章が2回連続で書かれていますよー
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