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否決の代償 ⑤

 声音には、先ほどまでの冷静さとは異なる、明らかな苛立ちが滲んでいた。


「本案は否決された。それは良い。しかし、これにより国家の防衛網が崩れたのも、また事実である。よって、我が州は当面の間、合同治安維持協定の履行を見直す方針を採る」


 ざわっ――と、会場が揺れた。


「見直す、とは……どういうことだ」


 アシュレイン州の代表が身を乗り出す。


 ハーヴェル代表はあくまで冷静に答えた。


「条約に明文化されている通り、我々は“国家的危機における緊急出兵”には対応する。だがそれ以外、つまり“州単位の要請”に関しては、今後は慎重に審査し、拒否権を行使する場合もあるということだ」


 あからさまな圧力だった。


「それは……反対した州への制裁だと受け取ってよろしいでしょうか?」


 アイリーンが静かに尋ねた。


 ハーヴェル代表はわずかに口元を動かしたが、答えは返さない。


「秩序を維持するには、責任ある判断が求められる。今回の否決は、我が州の信任を裏切った。ならば、我々もまた応じる形を変える。それだけのことだ」


「しかし、それは本国の要請であり、この州には利得がありません」


 そう異議を唱えたのは、エルトワーズ州の代表だった。港湾を抱えるその州は、交易と外交のバランスの上に成り立つ。ハーヴェル州の発言は、均衡を脅かす火種になりかねなかった。


 ハーヴェル代表は反論をする。


「我々は本国とフェレグリードの橋渡しを是としてきたが、今のような姿勢が罷り通れば、協調よりも疑念が広がるだけだ」


 その言葉に、港州エルトワーズの代表が目を細めた。


「疑念を広げるのは、どちらの側でしょうか。我々はあくまで“条件付き容認”の立場を取りました。だがこのように、反対意見に対して兵力協定を盾に報復するなら――もはや協定そのものが、信頼の礎ではなく“威圧の道具”になってしまうのでは?」


 ハーヴェル州代表は無言で答えず、視線を横に流す。代わりに応じたのは、ガラン州の代表だった。


「……もっともな指摘だ。だが、秩序の維持には、時に強硬な対応が必要なこともある」


 皮肉混じりに言いながら、銀髪の代表はゆっくりと立ち上がった。


「仮に、今回の反対派の主張が、短期的な得失よりも理念や正統性を重視したものだとしよう。だがその理念が秩序を崩すならば――我々は、理念ではなく現実を守らねばならぬ」


「つまり、反対派は現実的ではないと?」


 今度は、ミルヴァン州の代表が立ち上がった。


「話が飛躍している。我々が反対したのは、“秩序のための課税”ではなく、“秩序を名目にした過剰な本国の支配”だ」


 ハーヴェル州代表は眉ひとつ動かさず、ただ一言、吐き捨てた。


「それはそちらの解釈だ。こちらにはこちらの線引きがある」


 その言葉とともに、彼は机上の一枚の通達を掲げた。


「いずれにせよ、決定は下された。――我らハーヴェル州は、当面の間、反対にまわった各州への防衛出兵を凍結する。合同治安協定への義務も、一時留保する」


 ざわ……と、議場が再び騒がしくなる。


「脅しだぞ、それは……」

「そんな……共通防衛の原則を……」


 各州代表の間に動揺が走る。アイリーンも、わずかに目を細めた。


「それは、協定違反では?」


「違反にはならん。あくまで“一時的留保”だ。秩序の混乱を招かぬため、出兵判断を一時停止するだけの話。各州が自立している以上、自衛は当然の責務だろう?」


 ハーヴェル州代表の冷徹な言葉に、誰も即座には反論できなかった。


 そのとき、ローエン州の代表が立ち上がる。普段は物静かな彼の声音に、明確な警告がにじんでいた。


「――過度な自己防衛論は、州間不信を生む。慎重にすべきだ」


「我々は慎重に判断している。だが、他州が国家の安定を脅かすような動きをすれば、我らもまた、自らの民を優先せねばならぬ。それだけの話だ」


 その言葉は、事実上の「共闘拒否」の宣言であり――“反対票を投じた代償”をにおわせる通告だった。


 やがて議長が重々しく立ち上がる。


「本日の議事はここまでといたします……これ以上は、各州で慎重に判断を」


 だがその閉会の言葉が告げられても、アイリーンの心には、拭えぬ感覚が残っていた。

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― 新着の感想 ―
本国からの物資を当てにしての、軍事的絶縁だとしたら、状況が全く見えてないとしか思えないんだけど
軍事力で他者に強制するなら、経済力(食料ほか軍事用材)で対抗されるのが定石だけどハーヴェル単体で自給自足できるのかな? 国内でも「売りたくない奴には売らない」って他所に販路開拓されちゃったら持久戦で詰…
これでなあなあでハーヴェル州も味方になるとかいうのはやめてくれよなア・・・
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