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白熱する議論 ②

 カーベン州の代表は、資料を手にしながら即座に言葉を続ける。


「我が州のように、文書が日常の流通と連動している交通要所では、印紙税がかかる対象数は一日単位で千を下りません。軍事上の整備や行政の整理を理由に、我々民間の業務を圧迫するのは、合理性を欠くと考えます」


「過剰な憶測だな」


 低く呟いたのは、ハーヴェル州代表。だがその声を拾い上げたのは、アシュレイン州代表だった。


「いいや、誇張ではない。そもそも、本国からの通達には“必要に応じて適用範囲を拡張する可能性がある”という文言も見られます。実質的な白紙委任に等しい」


「文面をどう捉えるかは、各州の解釈に委ねられている」


 そう返したのは、再びソルディアナ州代表。だが今度は、ノルヴァ州代表が小さく首を振った。


「解釈で乗り切れるなら、ここに集う意味はないでしょう。行政文書に税をかけることが、“秩序”や“整備”に直結すると決めつけるのは早計です。我がノルヴァ州でも、漁業証明や契約書類の数は少なくない。課税による影響は看過できません。とはいえ、財源が必要なのもまた事実。我が州では、増税ではなく、税制度全体の再設計が議論されるべきだと考えております」


 言葉が交錯するたびに、円卓の空気は濃くなっていく。議論の熱は確実に高まっていた。


 その緊張の只中、椅子を引く音と共に立ち上がったのは、サルベリア州の代表だった。年配の農政官で、顔には深い皺が刻まれている。手元の資料を一瞥すると、重々しい声を響かせた。


「……我がサルベリア州は、大河と農地を抱え、食料供給の安定を最優先としています。印紙税が直接的な負担になるとは断定できませんが、流通と契約の煩雑化が生産性に影響を及ぼすならば、反対意見も当然あがる。とはいえ、国家全体の財政基盤も無視はできぬ……判断は、なお慎重を要するでしょう」


 サルベリア州はどっちもつかずな意見であった。


 サルベリア州は、相変わらずの“どっちつかず”だった。農業を背景とする巨大な票田を抱えながらも、中央との関係も一定に保ちたい――慎重な言葉選びの裏には、両天秤を測る思惑が透けて見える。


 アイリーンは無言のまま、視線を資料に戻した。こうした態度は、交渉次第でいずれにも傾く可能性がある。だがそれは裏を返せば、今この場で確実な味方ではない、ということでもある。


 サルベリア州の発言に続き、エルトワーズ州の代表が立ち上がった。


「交易の自由こそが我が州の基盤です。課税による通商の遅滞は避けたい。しかし秩序維持の必要性も理解しています。よって、我が州は中立を維持しつつ、協議には応じる構えです」


 続いて、ガラン州の代表も口を開いた。


「支援の見返りとしての課税であれば、容認はやぶさかではありません。ただし、州民の信頼が揺らぐような制度なら、再考の余地もあります」


 賛否が交差する中、ローエン州の代表が、静かに立ち上がった。


「我がローエン州は、州権の独立を何よりも重んじます。中央による一方的な課税は、たとえ名目が秩序であろうと、看過できません。今のところ、反対の立場を取らざるを得ない」


 その言葉に、会場の視線が一斉にアイリーンへと集まった。


 賛成三、中立四、反対六。


 数だけを見れば、反対派がわずかに優勢――しかし、それは油断できる差ではなかった。中立四州の動きひとつで、均衡はたやすく崩れる。


(……ここまでは想定通り。問題は、これからだわ)


 そのとき――円卓の一角から、低く落ち着いた声が響いた。


「一つ確認させていただきたい。フェレグリード州は、今回の動議においていかなる立場を取るのか?」


 静寂が、会議の場を一瞬にして覆った。声の主は、イストリア州の代表。文官然とした細身の男で、これまで一言も発していなかったが――その発言は明らかに“誘い”だった。


 アイリーンは立ち上がる。


「我が州は、現状の印紙税強化案に反対の立場を取ります。理由は先に述べられた各州の主張と一致する部分も多いですが、なにより――この会議体そのものの自治的正統性を脅かす動きに対して、明確に抗議を示す必要があると考えます」


「アスナルクは王国出身の家系だろ? 何故、賛成側ではない?」


 その声は、円卓の一角――ガラン州代表から投げかけられたものだった。警戒心と挑発がにじむ低音。ざわめきが走る。


「まさか、反対を扇動して内乱を起こそうとしているのではないか? ――秩序を崩すつもりか?」


 言葉の鋭さに、空気が凍りつく。まるで火種を突きつけられたようだった。

 

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